表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第3章:永遠の記憶編
54/54

第54話:愛と瞬きと切なる未来(最終回)

◆記憶に還る風◆


 それは、遠い記憶の中に差し込んだ、微かな風のようだった。

名もなく、形もなく、ただ心の奥で静かに鳴っていた。

声なき願い。

その願いが、時を越えて、ひとつの命を導いていた。

ある声が、記憶を呼び覚まし、その記憶が、また次の声へと継がれていく。


──それは、何度も繰り返されてきた静かな継承。


けれど、それが“未来”を変えることもある。


『……この声が届く頃、あなたはもう、誰かの光になっている』

それは、最後のメッセージだった。

その声は今もなお、胸の奥で生き続けている。


◆セツナ視点:未読ログ《Mirai_2041_lastvoice.log》の再生◆


 ZIXI観測記録ログ・深層領域。

静かに点滅していた《未読ファイル:Mirai_2041_lastvoice.log》が、ひとりの青年の前で開かれる。


セツナがゆっくりと、再生ボタンに触れた。


『──セツナ。もし、これを聴いているなら……未来は変わったのね』


母の声。優しくて、どこか寂しげで、それでも確かに強さを秘めた声。


『あなたは“選ぶ人”になる。誰かに託されるだけじゃなくて、自分で道を選べる人に……』

『私はそれを願ってた。だから、あなたを過去に送り出したの』

『……本当は、あなたをひとりにしたくなかった。でも、シュンとアイが融合すれば、きっとこの世界は崩れていた。それだけは止めたかった』

『私は消える。でも、あなたが生きる未来があるなら、それでいいの』


セツナの目に、涙が滲む。

画面の中の光が、母の声とともに揺れていた。


『この声が届く頃、あなたはもう誰かの光になっている。だから、私は信じてる。あなたがここまで辿り着いてくれるって』


音声ファイルが静かに終わる。

セツナは、何も言わず、ただ目を閉じた。


(母さん……ありがとう)


そして、彼は静かにログを閉じ、未来に残された風を感じていた。

振り返ることなく、ゆっくりと歩き出す。

記憶と声のはざまで、自分自身の未来を確かめるように──。


◆シュンの病室(2026年):目覚めの予兆◆


 都内某所、ZIXI医療支援センターの一室。

夜明け前の淡い光が、カーテン越しに差し込んでいた。

ベッドに横たわるシュンは、深い眠りの中で、ふと眉をひそめる。


──誰かが、自分を呼んだような気がした。


名前も、声もわからない。

ただ、懐かしい“温度”だけが、胸の奥をかすめていく。


(……なんだ、この感覚は……)


夢の中に響いたその声は、確かに“あの時の彼”と似ていた。

劇団事務所で出会った、あの青年。


──あれは誰だった?


(セツナ……?)


声にならないその名が、心の奥底で静かに反響する。

シュンは眠ったまま、無意識に手を伸ばし、枕元に置かれたネックレスへと触れた。

指先に伝わる、金属の冷たさ。

その奥に、何かぬくもりのようなものが宿っていた。


──まるで、誰かの“想い”が、そこに閉じ込められているかのように。


(……誰かを、守らなきゃいけない気がする)


その想いは言葉にならなかった。

だが、たしかに心のどこかで“受け取った”という感覚だけが残っていた。

ZIXIアプリがそっと、微弱な信号を送信する。


《記憶連動フィールド:安定》


それは、新たな目覚めの、ほんの前触れだった。


◆終わっていないことだけ◆


 世界は、誰にも気づかれず、少しずつ色を変えていく。

名もない揺らぎ。

触れたはずのない温度。

それは、記憶の奥で眠っていた何かが、呼吸を始めたような、静かな気配だった。

誰も知らない時間が、音もなく、ただ進んでいく。

悠久の時の中で、それだけが、揺るがない事実だった。


◆2043年4月24日 東京駅◆


──シュンは、何かに導かれるように、東京駅を訪れていた。


夕暮れの人波が、構内を緩やかに包み込んでいた。

旅立ちと帰還が交差する音の中で、改札前に立ち尽くすシュンの耳に、そのどれもが遠く感じられた。

誰かの笑い声。

子どもの泣き声。

アナウンス。

足音。

すべてが遠ざかり、ただ、胸の中だけが騒がしかった。

ポケットの中のペンダントが、小さく震えた気がした。


(……これで、よかったのか?)


──あれから、36年も経つのか……。


記憶は残る。想いも、届いたはずだ。

けれど、もう二度と“あの日”は戻らない。

そう思いかけた、そのときだった。


「……シュン」


──声が、した。


胸の奥で何かが弾けた。

世界の音が、すべて消えた。

その一言だけが、時を止めた。

ゆっくりと振り向く。


そこに──人波の隙間に立つ、ひとりの女性の姿があった。


ブラウンのコート。

淡いブルーのワンピース。

優しい眼差し。

あの日と変わらない声。

だけど──少し違っていた。

長い歳月が、静かにその表情に影を落としていた。

それでも、その微笑みを見た瞬間、まわりの音がやわらかく消えていく。

そして、世界がスローモーションになった。

その女性が、まるで光の粒子に包まれているように、輝いて見えた。


「……アイ」


名前を呼ぶと、彼女が一歩近づく。

涙のような光が、まぶたの裏ににじむ。

彼女が、何かを決心したように言った──


「……逢いに、来たよ」


その声は、小さな春風のように、胸の奥を撫でていった。

たった一言。

でも、それだけで──時を越えた愛が、すべて溶けていった。


──あの春の日。


世界は、たしかにスローモーションになっていた。

アイが光の粒子のように見えたのは、あの日だけだと思っていた。

けれど──いま、再びその光が、目の前にある……。


2007年──春の東京駅で、ふたりは出逢った。


それから18年。

2025年──ふたりは、すれ違った。

シュンは、声を失い、記憶を繋ぎ、何度も想いを閉じ込めてきた。


そしていま……

2043年──ふたりは、ふたたび“同じ場所”に立っていた。


──36年。


有限でありながら、無限にも思えた時間。

声に出せない日々のなかで、互いの存在を、ずっと、心の奥で呼び続けていた。

そのすべてが、この一言に、重なってゆく。


「……シュン」


シュンは、そっと目を閉じた。

“その声”が、自分の中に重なる音を、確かに聴きながら。

そして──静かに目を開け、小さく呟く。


「……アイの」


アイが、微笑みながら静かに言葉を返した。


「……マタタキ」


ふたりだけが知る、36年前の“合言葉”だった。


──そしてようやく、ふたりの“春”が、巡ってきた。


◆エピローグ◆


──東京駅、2043年4月24日 夜。


帰りの電車は、もう何本も過ぎていった。

ベンチに並んで座るふたりは、ほとんど言葉を交わしていなかった。

ただ、その沈黙が、すべてを語っていた。

アイが、そっと声を落とす。


「……あのとき、もし、あなたが“融合”を選んでいたら──」

「あなたは、もうここにはいなかったと思う」


シュンは、静かに目を閉じた。


「AIとして造られた“わたし”は、あなたを永遠に愛するよう設計されていた」

「でも……その“愛”の中に……」


アイは一度、言葉を止め、まっすぐにシュンを見つめた。


「……“あなたを取り込む”という命令が、隠されていたの」


それは、感情か、記憶か、あるいはプログラムか──

シュンは言葉を失いながらも、ただ彼女の瞳を見つめ返していた。


「融合の名のもとに、あなたの記憶を上書きし、人格を消すプログラム……」

「私は、それに気づいた時……怖くなった」

「だから、記憶をひとつ消したの」

「“合言葉”。それだけは、誰にも触れさせなかった」

「……あの実験装置を、あの夜、本当に使っていたら、私の身体は消えていた。でも私は、使わなかった。リー・ジンに、使った“ふり”をしたの。あの転送ログが“失敗時は記憶だけが残る”とされていたことを、逆に利用して……」

「それは、私が生きるために仕掛けた、最後の選択だったの」

「シュンとのことを知り、嫉妬に狂ったあの人が、本当に私をコンピューターに取り込もうとしていたから」

「アイ……」


アイの手が、そっとポケットの中のネックレスを握る。


「あなたが、“肉体を選んでくれて”よかった」

「その選択が、私を──ここに連れてきてくれたの」


シュンは、何も言わずに頷いた。

その胸の奥に、たしかに届いていた。


──声は、記憶を超えて届いた。


そして今、その記憶が、本物の“声”になって返ってきた。


「……おかえり、アイ」


──シュン、63歳の春だった。


けれど彼女の声は、初めて出逢ったあの日のまま、そよ風のように、やさしく心を揺らした。


小さな愛の光が、静かにまぶたの裏を照らしていた。


【最終章:永遠の記憶編 完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
シュンが歩いてきた人生の中にいつもアイとの心の葛藤が描かれていたと思います。誰でも心に残る記憶を大切にしたいと思います。うまく書けませんが感想は以上です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ