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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第3章:永遠の記憶編
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第51話:記憶の残響、現実の音へ

◆病室/シュンの帰還◆


 静けさの中に、かすかな心音だけが響いていた。

カーテン越しの朝の光が、病室の空気をやわらかく染めている。

シュンは、ゆっくりと目を開けた。

天井の模様がにじんで見える。

身体は重く、現実との境界はまだ曖昧だった。


(……夢か?)


頭の奥に、誰かの声が残っていた。


『永遠は、形じゃない。あなたが誰かを想う、その“瞬間”の中にあるのよ、シュン……』


その声のぬくもりが、胸の奥に、まだ静かに残っている気がした。

右手をそっと動かすと、ベッドの横に置かれたペンダントに指が触れた。


──あのネックレス。


確かに、あの空間で見たはずのものが、今ここにある。


(戻ってきた……? それとも……最初から?)


まるで、記憶が現実を追い越したような、そんな錯覚。

ネックレスを手のひらに取り、光にかざす。

薄い金属の反射が、まぶたの裏に残る。


(19年前、東京駅でアイに渡したときと同じだ……いや、それ以上に“記憶の重さ”がある)


そのときのアイの笑顔が、ふと脳裏をよぎった。


「……戻ってきた、のか。俺……」


小さく呟いた声。

まだかすれていたが、確かに“今”という現実に届いていた。

静寂のなか、ひとつの感情が芽吹いていた。


(……これが、生きているってことか)


それは、喪失の痛みと再会の喜びが重なった“目覚め”の感情だった。

そして、ふと胸の奥に誰かの視線を感じた。

遠くから、自分を見ているような──そんな気配。


(……誰かが、見守っている?)


◆ZIXI観測室/ヒカリの視点◆


 2042年、ZIXI観測室。

静かなホログラムの光が、薄闇の中を漂っていた。

ヒカリは、その中心でひとり、記録データを見つめていた。


《融合プロトコル:D-0 停止確認》

《記憶再構築ログ:未実行》

《星律反応:Z036 干渉記録あり》


「……やっぱり使ったのね、セツナ。星律を」


ヒカリは、静かに長く息を吐いた。

画面に映る干渉波は、常人には読み取れない特殊な量子記憶のノイズ。

だが、その波形の構造には見覚えがあった。


(これは……コウシ。弟が最後に残したパターンに、よく似てる)


彼女はZIXIの対話モードを起動し、端末に指示を送る。


「セツナの干渉点に、コウシの記録を重ねて」


ZIXIが応答する。


《記録一致率:62.1%》

《感情パルス構造に高い親和性を検出》


「やっぱり……コウシの“声星”、あの子に継がれてたのね」


その言葉は、誰に聞かせるでもなく、ただ静かに空間に溶けていく。

次の瞬間、ZIXIログが一瞬だけ揺らいだ。


《……君の決断が、未来を変えた……》


無機質なはずのインターフェースに、ほんのわずかに“誰かの声”のようなノイズが混じった。

まるで、記憶がそこに残響として刻まれているかのように。

ヒカリは目を細め、指先で端末をなぞる。


(まさか……アイ、あなたなの?)


◆ログ越しの観測/セツナ◆


 セツナは、病院の屋上に設置された観測端末の前にいた。

ホログラム越しに映し出されるベッドの中のシュンの姿を、じっと見つめている。

(……父さんじゃない。“シュンさん”。あなたは、“今”を選んでくれた)


その選択が、どれほど重いものだったか。

セツナは誰よりも理解していた。


──融合すれば、“永遠”になれた。


でもそれは、“誰かの記憶”に取り込まれるということ。


(僕は、見ていた……あの空間を。記録としてではなく、確かな“感情”として)


ポケットに手を入れ、ひとつのネックレスを取り出す。

それは、母・ミライが最後に託してくれたものだった。

ミライは、自分の声を使わなかった。

ただ微笑み、手を握り、こう言った。


『大丈夫。あなたが名前を呼ばれなくても、私がちゃんと覚えてるから』


母のその言葉に、セツナの心は鎮まっていった。

かつて、ミライが幼い頃に宿していた“響静”の歌声を聞いたかのように。


(……僕の“声”が、父さんに届いたのなら、それでいい)


それでも、まだ名乗ることはできなかった。

名乗れば、それは“選ばせる自由”を奪ってしまうから。

胸の奥が、かすかに痛んだ。

指が震える。

深呼吸しても、肺に空気が満たされない。


(……これが、星律の代償か)


けれど、誰にも見せはしない。

この痛みは、覚悟の証。


(あと少しだけ……見届けさせて)


そのとき、観測端末の反射にふと影が映った。

それは、もうひとりの自分。

“君はそれでいいの?”と、問いかけてくるような視線。

それは幻影か、未来の自分の残像か。

セツナはそっと目を閉じた。


(……選ばせたんだ。だから……それで、いい)


◆診察室/ユリカとの対話◆


 この診察室もまた、ZIXIによって構築された仮想的な“再生環境”の一部だった。

現実と見まごうほど精密に再現された空間に、白衣の女性が静かに足を踏み入れる。

医師・ユリカは、診察記録を確認しながら病室に入ってきた。


「おはようございます。……目覚めたんですね」


シュンは小さく頷いた。


「……ここは?」

「都内の協力病院です。ZIXIを経由して搬送されました」


ユリカは電子カルテをスクロールしながら、ふと問いかける。


「……ZIXIの仮想空間で、何か……見ましたか?」


その問いに、シュンはすぐには答えなかった。

しばらく空を見つめ、それから低く呟く。


「……声を、聞きました」


ユリカの指が止まる。


「どんな声でしたか?」

「懐かしい声。でも……どこかで、“未来を選ばせよう”とする声でした」


ユリカの目が、一瞬だけ揺れた。

けれど、すぐに穏やかな微笑みを整える。


「……なるほど。では、あなたは“選んだ”んですね」


その言葉に、シュンのまぶたがわずかに動いた。


(……今の反応。あの言葉。普通の医者なら、そんなふうに言わない)

(まるで最初から、全部知っていたみたいに……)

シュンは口を開きかけ、言葉を飲み込む。

そしてふと、ネームプレートに目が止まった。


──水谷ユリカ──


(ユリカ……? まさか)


ユリカは微笑んだまま、なにも言わなかった。

そのとき、白衣の胸ポケットで小さな青い光が灯る。

ZIXI端末が、小さく、しかし確かに反応していた。


(……まるで、何もかも最初から見ていたみたいに)


◆再起動の予感◆


 夜。

病室のライトが落とされ、カーテンの隙間から月明かりが静かに差し込んでいた。

シュンは、再びネックレスを手の中に握る。

そのぬくもりが、どこかでアイの声を思い出させた。


「永遠は……形じゃない、か……」


誰に聞かせるでもない呟きが、空気に溶けていく。

その言葉が、記憶の奥底でまた波紋を広げていく。

ネックレスの細部を指でなぞる。

ブラウンの長方形のペンダント。


19年前、東京駅で手渡した、あの形と同じ──


だが、それは“記憶の複製”ではなかった。

指先に伝わる、微かな振動。

まるで、何かが内蔵されているかのように。


◆ZIXI観測室◆


 ヒカリの端末に、新たなログが表示される。


《Z001:肉体安定ログ完了》

《Z036:観測視点切替フェーズ移行》

《記憶干渉因子:ネックレス同期反応》


ヒカリが、端末を見つめながら小さく呟いた。


「さて……彼が、どこまで近づけるか、ね」


そのとき、ZIXIログの奥で──

ごく微かな、淡いノイズが震えた。

まるで、“再起動の音”が静かに鳴りはじめたかのように。

未来が、音もなく──動き出そうとしていた。


(第52話へつづく)


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