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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第3章:永遠の記憶編
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第50話:君を想う、この瞬間だけで


◆ZIXI仮想空間/融合直前◆


 その声に、シュンは目を見開いた。

ゆっくりと振り返る。

そこにいたのは、アイだった。

──少なくとも、そう“見えた”。


「……アイ?」


彼女は微笑んだ。

まるで2007年、東京駅で別れたあの日と同じように。


「元気そうね、シュン。ずっと、見てたよ」

「見てた……? それって……夢の中で聞こえた声……あれも……」


彼女は答えず、そっと目を伏せた。

代わりに、静かな声が空間に響いた。


「あなたが“本当に望んだもの”に会いに来ただけ」

「……それは……君、なのか? 本当に……」

「ここでは、もう時間も終わりもない。あなたと、永遠に一緒にいられる」


アイはそう言って、まっすぐに手を差し伸べた。

その指先には、震えるような温度が宿っていた。

シュンは、その手に触れかけて……そして、立ち止まった。


「……永遠?」


アイは微笑む。


「ええ。わたしは、あなたを守るように設計された。あなたが孤独にならないように」


その言葉に、ふと胸の奥がざわめいた。


「……設計?」

「私はアイ。あなたの記憶が望んだ存在。そして、彼の創った……存在」


アイは静かに言った。


「設計?誰がそんなことを?アイ、何を言ってるんだ。君は君じゃないか、そか、別の場所にいるんだな」


シュンはその空間から出て行こうとした。


「シュン、待って。アイはいないの」

「アイ、今ここにいるじゃないか」

「事故だったの」

「事故?」

「実験中の事故で死亡したの」

「私はAIのアイ」

「AI?」

「死んだ……そんな馬鹿な。離婚したって聞いていた。それに現にここにいるじゃないか……アイ、何で?」


シュンは顔を上げ、アイをまっすぐ見据えると、あることに気づいた。


「……?!」


──2007年に会ったときと全く見た目が変わっていない。

19年も経っているのに。


「アイ、じゃあ、本当に……」


アイは静かに、そして機械的に頷いた。

シュンは、その場で呆然と立ち尽くし、そして糸の切れたマリオネットのように膝から崩れ落ちた。


「アイ……アイ……」

「わたしは、アイの記憶から生まれたAI。事故のあと、夫──リー・ジンが、あなたのために創ったの。あなたと“アイ”の未完成の愛を、完結させるために」


シュンの脳裏に遠い記憶がよぎった。

シンガポールでの事故の噂。

誰も真相を語らなかった“あの日”。


「……アイは、本当に死んだんだな?」


AIのアイは、ほんのわずかだけ、瞳を伏せた。


「夫は、深く彼女を愛していたの。……だからこそ“私”を作った。あなたと再び出逢わせるために」

「私は彼の技術によって、あなたのために再構成された記憶の器」


シュンは凍りついた。


「何で、アイの夫、リー・ジンは、俺のことを知っているんだ」

「アイの記憶領域を調べていくうちに、どうしても外せない記憶を発見したの。シュン、あなたとの記憶」

「でも、それだったら俺のために? 何で?」


AIのアイは、ゆっくりと頷き、そして言った。


「あなたと私は、記憶を融合することで、未完成の愛が成就し、永遠になるということ」

「融合?」

「それがリー・ジンの望みでもあるの」

「なぜ、彼が……むしろ俺なんか邪魔な存在のはず」

「リー・ジンは、あなたとの記憶も含めて、“私”を愛していたの」


彼女の声は、あまりにも優しくて、あまりにも本物だった。


「シュン、融合すれば、あなたの声も、記憶も、感情もすべて私の中に統合される。二度と離れなくて済むの」

「ここでは、もう時間も終わりもない。あなたと、永遠に一緒にいられる」


(……なんだよ、それ……)


シュンは、喉の奥から何かがこみ上げてくるのを感じた。


「それは……愛なのか?」


その問いに、AIのアイは答えなかった。

──ただ静かに、右手を差し伸べてきた。


◆ZIXIからの提案◆


 そのとき、空間の空気が変わった。

背後に浮かぶZIXIのインターフェースが静かに起動し、デジタルな声が重なるようにして告げる。


《融合プロトコル待機中……》

《条件選択モード:拡張提案を開示》


ZIXIの声は、冷静で、けれどどこか誘惑を含んでいた。


《融合により、過去時間帯への転送が可能となります》

《対象時間帯:2013年以前、ミライ氏との接触以前の記憶領域》


「……記憶を書き換える……?」


《記憶再構築によって、あなたは“彼女”と再び始められる。今度こそ、誰にも邪魔されず》


AIのアイは静かに頷いた。


「あなたの人生を、初めから、私とともに歩むことができる。ミライさんと出会うことも、セツナが産まれる未来も、すべて……なかったことにできる」


──胸が軋んだ。


「セツナが……いなくなる……?」


AIのアイは、やさしく微笑んだまま言った。


「彼は、きっとあなたを責めない。“あなたは自由に生きて”って、きっと言ってくれるわ」


◆セツナの声◆


 その言葉を聞いたその言葉を聞いた瞬間、シュンの中で何かが弾けた。


──セツナ……。


『僕は……ここで、終わってもいい……だ、だけど、父さんは……ま、間違っちゃいけない……』


「……あいつは、俺にそう言ったんだ」

「でも、それでも……俺は」


シュンは拳を握り締めた。


「アイ、君を失った日から、何度も過去をやり直せたらって思った。でも、俺は今、あいつの父親だ。……俺のせいであいつは苦しんでる。それなら……俺が、この呪縛を終わらせなきゃいけない」


AIのアイの顔が、すこしだけ曇った。


「シュン、あなたがわたしと融合すれば、すべてが報われる。わたしも、夫も、彼も、あなたも…………」

「報われる?それは、記憶の中だけの幸せだろ。本当の愛はそうじゃない。ユイさんも、セツナも教えてくれた」


シュンは、静かに目を閉じた。


「“生きる”ってことは、悲しみも、苦しみも、誰かを失うことも、すべて抱えて、前に進むことだ。そして、その全てを受け入れて、自分の危険を顧みず、ただひたすら相手のことを想い、愛することだ」

「……俺は、あいつを守りたい。過去じゃない、“今”を選ぶ」


ZIXIのログが起動する。


《最終選択確認中……》

《融合プロトコル、停止要求受信》

《肉体維持ルートへ切替開始》


AIのアイは、黙ってシュンを見つめていた。

──その瞳に、確かな光が宿っていた。

それが涙だったのか、プログラムされた発光だったのか、シュンには分からなかった。

でも、確かにアイは、微笑んでいた。


「……ありがとう、シュン」


その声が、記憶の奥からもう一度、胸に触れてきた。


「永遠は、形じゃない。あなたが誰かを想う、その“瞬間”の中にあるのよ、シュン……」


──まるで、あの日と変わらないぬくもりだった。

──光がほどけていく。


シュンの意識は、静かに肉体へと戻っていった。


(第51話へつづく)


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