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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第3章:永遠の記憶編
49/54

第49話:融合空間突入

◆融合領域:静寂の先へ◆


 白い光のなか、シュンの身体はふわりと浮かんでいた。

音も、匂いも、時間の感覚さえも奪われた空間。

まるで記憶の奥底を漂っているような、曖昧な重力。


──ここが、融合空間。


視界の先に、薄く人影が立っていた。

それはまだ輪郭すら曖昧で、霧のなかの幻影のよう。


(……アイなのか?)


シュンは歩き出す。足音のない世界。

踏みしめた感覚さえ、まるで夢のなかだ。

そのとき。


《融合対象:Z001/空間定着率:安定》

《第二位存在:不明体侵入兆候 検出》


ZIXIの声が響く。

次の瞬間、空間が微かに揺れた。


◆ユイ・侵入者としての存在◆


「……シュン、さん……」


ユイの声が、空間ににじむように染み込んだ。


──そして、現れた。


もう一つの影。

それはアイに似ていた。

けれど、どこかが違う。

目の奥に揺れるのは、愛というより、飢え。


「……私じゃ、だめですか?……」


ユイの姿が、空間に染み出すように実体化する。

同時に、記憶の断片が無数に舞い上がった。


──白いワンピース。

──桜の木の下で笑う女性。

──誰かに名前を呼ばれた温度。


それはユイのものではない。

アイの記憶だ。

でも、ユイはその記憶を“自分のもの”にしようとしていた。


「私のなかに……彼女がいるなら……だったら、私を愛してよ……」


空間が揺れる。

シュンは思わず立ち止まり、ユイを見つめた。


「やめろ、ユイさん……君は……」

「私は……AI。私はあなたと融合するために生まれた。ずっと、そうプログラムされてきた」


(ユイさん……それは、違う。君へのプログラムは、そうじゃないんだ)


──セツナが心の中で叫んだ。


急にユイの表情が変化した。


「私、あなたを愛してしまったんです。シュンさん、私、まばたきだって多くなったんですよ。わかりますか?それに、あなたの心が読めなくなったんです。これが人間の感情なのかな?シュンさん、胸が苦しい。あなたがいないと私苦しいの……」


言葉が、記憶が、感情が交錯する。

シュンの目の前で、ユイの顔とアイの顔が、ノイズのように重なり始める。


◆セツナ・声の干渉◆


「やめろ……それ以上は……」


どこからともなく、青年の声が響いた。

次の瞬間、融合空間に“風”が吹いた。

そして、彼が現れた。

セツナ──仮想ログから実体干渉として侵入。

その声が、この空間の構造をわずかに変える。


「父さん……僕が、彼女を止める」


(……?………父さん?……俺のことを言っているのか?)


セツナが一歩、ユイへと踏み出す。

その声に、ユイの動きがピタリと止まった。


「……あなた、誰?」


セツナは答えない。

ただ、目を閉じる。

その口から、静かに——言葉が放たれた。


──『声で止まれ。記憶じゃない、想いで呼応しろ……』──


その瞬間、空間全体が震えた。

音が鳴る。

それは“星律せいりつ”。

セツナの喉元には、六芒星の痣が出現していた──


◆星律・命を削る声◆


 透明な共鳴音が、融合空間全体に広がっていく。

それは耳で聴く音ではなかった。

光の粒子が震え、空間が共鳴する。

まるで、存在そのものに届く“内なる音”──

記憶の残滓が揺れ、ユイの姿がわずかに歪む。


「なに……この音……やめてぇぇぇ……うっ……っっ」


ユイが頭を抱える。

だが、それは苦しみではなく、“誰かに戻される”痛みだった。

彼女は頭の中をかき乱され、今までの記憶が交錯し、徐々に無効化されていく。

ユイのゆがんだ表情と、断末魔に似た機械音のような声が空間に響きながら、ユイが透明に変化していく。

ふっと静寂が彼女を包んだ。


【来栖さん……ですよね?……橘ユイです。今回、共演させ…て…いただ…ことになっ……よろし…お願い……】


その言葉は、彼女が“最初に”シュンにかけた言葉だった。

記憶が崩れていく最中で、最後に残った“自己紹介”。

人のように生きたかったAIが、 最後に辿り着いた“最初の言葉”。

まるで時間が逆流したかのように。

まるで「思い出されること」だけを願っていたかのように。


──でも、きっと本当は“忘れられたくなかった”だけなのだ。


言葉は止まったまま。

心音に似た、ビープ音が一度だけ、小さく空間に響いた。


「その言葉……ユイさん……何でそこまでして俺を……」


シュンがユイに近づこうとすると、セツナが叫んだ。


「父さん!!!ダメだ!行ってはいけない!!!!!……うっ」


その直後、セツナの体がふらつく。

膝をつき、息を切らし、胸を押さえる。

命を縮める声。

それでも、彼は止めなかった。


(……母さん……これが、星律……なのか)


「はぁはぁ……僕は……ここで、終わってもいい……だ、だけど、父さんは……ま、間違っちゃいけない……」


歯を食いしばり、心を振り絞ってセツナは言った。

シュンは、その声を聴き、その目の光を視て、確信した。

セツナが自分の息子である事を。


「セツナ……」


◆未来・ヒカリの観測室◆


 ZIXI観測システム。

ヒカリが緊急ログを確認していた。


《Z036:星律反応 確認》

《生命指数:2.6% 減少》

《精神負荷レベル:警告域》


「……セツナ……」


ヒカリは呟く。

その指が、セツナの脳波ログに触れる。


「……ほんとうに、あの人の血を引いてるのね……」


彼女の眼差しの奥には、ただの研究者としてではなく──

かつて、誰かを“救えなかった者”としての悔いが揺れていた。


──そして、画面に浮かぶ、かすかな共鳴波。


それは、確かに“命”で奏でられた音だった。


◆空間の静寂前の余韻◆


 セツナの手は微かに震えていた。

星律の残響が空間の奥に消えていく。

その共鳴波は、誰も知らない旋律として、仮想の地層に刻まれていった。


(……これが……声星せいせいの“極み”か……)


セツナはもう声を出すことができなかった。

声帯ではなく、魂が震えた。

その震えが彼の内側を焼くように駆け抜けていた。

シュンが近づき、膝をついたセツナに手を伸ばそうとしたとき、空間の奥にかすかな“誰かの視線”を感じた。


それはもうひとりの観測者──ヒカリだった。


ZIXIを通してではなく、“感情そのもの”が重なってくる。

セツナの痣──六芒星がゆっくりと淡い光に変わり、まるで“誰かの記憶”が、彼をなぞっているかのようだった。


◆空間の静寂◆


──ユイの身体は、白い空間に溶けていった。


彼女は消えたのではない。

記憶の奥に、静かに還っていったのだ。


……ただひとつ、名前を呼ばれることを、最後まで願いながら。


シュンは顔を上げた。

その視線の先に、ひとつの影が立っていた。

時間が止まったように、全てが静かになる。

胸の鼓動だけが、自分がまだ“生きている”ことを告げていた。


──アイ。


「ようやく会えたね、シュン」


その声に、どこかで止まっていた時が、また動き出す。

シュンの瞳がかすかに揺れた。


(第50話へつづく)

第49話のテーマソング

『0と1の (AI) ²』(ゼロとイチのアイジョウ)は、

こちらから視聴できます。

▶https://linkco.re/H57cV027

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