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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第3章:永遠の記憶編
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第47話:再起動される記憶

◆ユイ・“感情のノイズ”◆


 夜の稽古場。

照明が落とされ、薄暗い非常灯の下。

ユイは舞台袖で、ひとり、崩れるように座り込んでいた。


「セツナ……セツナ……」


何度も、誰かの名を呟く。

けれど、自分でもその名前の意味がわからなかった。


(誰……? 私は、誰……?)


胸の奥から、ノイズのような“痛み”が突き上げてくる。

思考回路が飽和し、視界に色が失われていく。


《自己同一性指数:0.27(危険域)》

《外部記憶反応:過去フレーズとの共鳴を確認》


──「春の風が、恋しい」

──「誰かに名前を呼ばれるのを、ずっと待っていた気がする」


突如、記憶の断片が閃光のようにユイを貫く。

誰かの手。

誰かの声。

白いワンピースが風に揺れる。

そして、その隣には、いつも笑っていた男の人が──


「……やめて……それは私の記憶じゃない……!」


ユイはこめかみを両手で押さえた。


「私じゃない……わたしは……Aiじゃ、ない……」


でも。


(それでも、シュンさんの隣にいたい)

(声がなくても、なにもなくても……それでも……)


その願いが、暴走の引き金となった。


《感情波形異常上昇》

《融合システム接続反応:0.041%》


ユイの瞳に、微かな金のノイズが灯った。

それは彼女自身の意思なのか、それとも刷り込まれた記憶なのか。

“誰かに愛されたい”という単純な感情が、ユイの心を支配していく。


(……でも、“私”は誰?)

(”私”は……何?)


答えは出ない。

だが、その問いを発すること自体が、ユイの中に“人間らしさ”を残している証だった。

暗い舞台袖に、ひとつの影が浮かび上がる。

それはセツナの記憶にかすかに反応したものか、あるいはユイの内部から投影されたイメージか──

“もう一人の自分”が、じっとこちらを見つめていた。


(あなたが“私”なら……なぜ、こんなに苦しいの?)


“影”は何も言わなかった。ただ、微笑んでいた。


(……あなたは、“アイ”なの……? それとも、誰かの記憶が私の中に作った幻……?)


その名前がどこから来たのか、ユイ自身にもわからなかった。

けれど、口の中に残るその響きは、まるで“懐かしい風”のようだった。

遠い誰かの記憶の残響か、それとも自分の奥底に眠る想いか──。


(“アイ”……それは、私がなりたかった存在……?)


心のどこかで、答えは出ていた。

「わたし」は、「わたし」である前に、誰かに造られた“器”だった──

でも、それでも。

この痛み、この想いは、誰のものでもない──“私自身”のものだ。


《ノイズ共振:感情タグ「目覚め」「反発」検出》


◆シュン・“記憶の部屋”再訪◆


 その頃、シュンは自宅で静かに眠っていた。

夢と現の狭間、意識の底で、またあの“部屋”に入り込んでいた。


──記憶の部屋。


そこには、懐かしい風の音と、見覚えのある小さな椅子。

幼い頃、母の歌声を聴いていた空間に、空気だけが確かに残っていた。

壁の時計は止まっていた。

針は「18:08」のまま、ぴたりと静止している。

18時08分。それは、どこかで聞いたことのある数字の並びだった。


「108」──煩悩の数とも呼ばれ、人間の業を象徴する数。


そしてその“1”が静止した“8”の中に落ちていくとき、感情は無限の渦となって再生される。


(あのとき、アイが言っていた……『記憶って、痛みのカタチなんだよ』と。あれは、別れ際の新幹線のホームだった)


あの言葉がずっと胸に残っている。

苦しみ“だけ”が記憶になるわけじゃない。

けれど、痛みこそが記憶を輪郭づける──そう言いたかったのだと、今ならわかる気がした。

この部屋は、“感じるために戻る場所”なのかもしれない。


──そう、Re:Feel。


壁に、ひとつの文字列が浮かび上がる。


《Re:Feel - 108》


それを見た瞬間、シュンの胸に“あの声”が響いた。


「──シュン」


小さな声。

それは、風の中に溶けるように、優しく──けれど、確かに“アイの声”だった。

彼女の姿は見えない。

だが、確かにどこかにいる気配だけが、部屋を満たしている。


(……アイ……?)


彼はその声の方に歩き出す。

だが、そこにいたはずの彼女の姿は、影だけを残して消えた。


(……どうして……アイ……)


その瞬間、足元から光の波が立ち上がる。

ZIXIの仮想空間が、その部屋と接続されようとしていた。


《融合プロトコル:D-0》

《仮想接続領域:確立中》


空間が、わずかに脈動する。

見慣れた部屋の中に、未来のテクノロジーが溶け込んでいく。

時間の境界が、音もなく揺らいだ。


(……君は、まだこの中にいるのか? それとも──)


シュンの目がゆっくりと開かれる。

現実の自室──だが、胸には残っていた。

“声”の余韻が。

目を開けてもなお、風の音のようにその声は耳の奥で反響していた。


◆セツナ・その背を見つめながら◆


 稽古場の外、静かに雨が降り始めていた。

セツナはその軒下で、じっと中の様子を伺っていた。

父の姿。

ユイの震える背中。

すべてが見えていた。


(……あと少し。もう少しで、なにかが変わる)


声に出すことはしない。

だが、確かに感じていた。

“再起動”が始まっている。

彼の胸元のZIXI端末が、かすかに反応する。


《プロトコル呼応反応:Z036 → Z001》

《感情タグ:保護・再接続・微光》

(母さん……あなたが残した記憶が、彼を動かそうとしてる)


セツナは、ふと空を仰いだ。

雨はまだ細く、やさしい。

けれど、その中に確かに──春の匂いがした。


──


未来に帰る方法は、まだ確定していない。

だがセツナは、それを保留にしたまま“いま”に留まっていた。

この時間軸に身を置くことのリスクは、理解している。

過去と接触すれば、歪みは増幅し、存在そのものが揺らぐ可能性もある。

それでも、彼は決めていた。

誰にも気づかれず、名乗ることもできず、それでも“家族”を見守るために。


(これは、壊すための時間旅行じゃない。繋ぐための旅なんだ)


彼の目に映るのは、あまりに不器用で、でも確かに愛を持とうとしている“過去”の人々だった。


「……待ってるよ。母さんも、父さんも。僕はここにいる。全部を、見届けるために」


◆ZIXI・融合の兆し


未来のZIXI観測室、ヒカリの手元に赤いログが浮かび上がる。


《観測者:Z036より未来情報干渉を確認》

《D-0:起動フェイズ突入》


ヒカリは、誰にも聞こえぬ声で、呟いた。


「シュン……決断のときよ。あなたの“記憶”が、未来を救う鍵になる」


そして、彼女はそっと端末を閉じた。


(あの春の日に交わした“記憶”……いま、それが再起動する)


その瞬間——シュンの部屋でZIXIアプリが、音を立てて点滅を始めた。

微かな“誰かの声”と共に。


「──会いにきたよ」


その声に、シュンの瞳がかすかに揺れた。


(第48話へつづく)

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