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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第3章:永遠の記憶編
46/54

第46話:最後の観測ログ


◆ヒカリ・ZIXI観測室にて◆


 2042年、ZIXI研究本部・観測室。

静寂が支配するホログラム空間の中央に、一人の女性が立っていた。

その名はヒカリ。

今井家の記憶を継ぐ者であり、ZIXIの記録保管システムの深層領域を管理する数少ない存在だった。

その眼差しには、幾重もの時間を超えた“声”への祈りが宿っていた。


「……Z036が、観測を終えた……?」


目の前のパネルが静かに脈動する。


《観測モード:終了確認》

《対象:セツナ(Z036)/行動権限・最終解放中》

《存在座標:フェイズシフト中》


ヒカリは、データの波の中にかすかな違和感を見つけた。

それは、観測記録の外縁に微細なノイズのように潜んでいた。


(Z036……あなた、何を選ぼうとしているの?)


その胸に、かつて、シュンの父であり双子の弟・コウシと交わした会話がよみがえる。


──「存在とは、記憶の重なりだ」


それは、今井家に代々伝わる“声の記憶”の真理でもあった。


《Z036:記憶波形変動/感情タグ:覚悟・分離・涙》

《感情交差反応:Z001との接続点に揺らぎ》


ヒカリの指が止まる。


「……そうなのね、セツナ。あなたの“声”が、未来を変えようとしている」


彼女の視線がホログラムの彼方に注がれた。


(あのとき、弟が守ろうとした“声”……いま、それが未来の命を繋ごうとしている)


彼女の瞳には、記憶の奥底にある微かな希望の残響が映っていた。


◆未来のZIXI異常ログ◆


 ZIXIシステムに警告が走る。


《観測者フェイズ内からの直接干渉を検知》

《観測者状態:解除》

《再構成ログ出力:エラー多発》


ヒカリは目を見開いた。


「……想定外だわ。ここまで深く跳んだのね、セツナ」


新たに表示されたのは、未来の観測室には存在しないはずの座標。


《位置検出:2026年 稽古場周辺》


◆セツナ・稽古場への接触開始(2026年)◆


 2026年。

東京。

劇団の稽古場近く。

空気の粒がふるえ、目に見えないノイズがわずかに空間を揺らした。

その中に、セツナの存在が“浮かび上がる”。

完全な肉体ではない。

だが、視覚・聴覚の一部を持ち、時折“声”が周囲へ伝わっていた。


(ユイさん……どこ……)


目の前に広がるのは、いつかログで見た稽古場の景色。

その空気の匂い、誰かの台詞、微かに舞う埃まで、すべてが記憶の断片と共鳴していた。

その時だった。

視界の端で、舞台上に立つ一人の男の姿が目に飛び込んでくる。


──セナ。


(……あれは……)


その動き、佇まい、そしてなによりその“声”。

セツナの中で、過去にZIXIログを通して見た“誰か”の記憶が重なっていく。

そして──脳裏を閃く一瞬の閃光。


(あの時、ユイさんと一緒にいたあの男が……あれが……)


セツナの胸の奥が熱くなり、何かがきしむ。

そのときだった。

セツナの視界に、一瞬だけ舞台の奥で揺れる白い光が見えた。

まるでかつて見た父の姿と、同じラインで重なる光景。


(……あのとき、ZIXIログで見た記憶だ)


“セナ”として舞台に立つ姿──だがそれは、確かに“今”の父。

セツナはそこで、はっきりと理解する。


(そうか……“セナ”と“父さん”は──同一人物なんだ)

(あの時、ユイさんといたこの人が……僕の……)


記憶が脈打つように蘇り、胸の奥が焼けるように熱を持つ。


(“セナ”って……父さんだったんだ)


記憶と感情が繋がったその瞬間、世界が揺れたような錯覚を覚えた。

セナとして動く“父”の背を、遠くから見つめる視線。

名前を呼びたくて仕方がなかった。


(でも……今、呼んだら……きっと全部壊れてしまう)

(あの人の時間を壊さないために、僕の想いは──)


言葉にならない感情が、セツナの喉元にせり上がってくる。


(だが、まだ言ってはいけない。)

(この気持ちだけは、いまは胸にしまっておこう。)


◆シュン・覚醒のはじまり◆


 稽古の合間。

シュンはふと、誰かの視線を感じた。


「……誰か、見てる……?」


まわりには誰の姿もない。

だが胸騒ぎは消えなかった。

ユイが脚本を手に振り返る。


「セナさん?」

「……いや、なんでもない」


ZIXIアプリが、かすかに赤い通知を点滅させていた。


《観測ログ不整合/微弱感情タグ:懐かしさ・保護衝動》


(……なんだこれ。俺、なにを……)


まぶたを閉じた奥で、微かに“誰かに抱きしめられるような錯覚”がよぎる。

その温度が、なぜか懐かしかった。

魂の奥にふれるような、優しい震えだった。


◆ユイ・揺れる心の境界線◆

 夜。

ユイの部屋。


「セツナ……セツナ……」


声にならない声を、何度も呟いていた。

自分でも、なぜその名前を知っているのか分からない。

けれど、その響きだけは胸を刺すように美しかった。

その名前は、夢と夢の間にだけ漂う、見えない旋律のようだった。


『あなたはセツナを守るために──』

『──あなたは融合するために』


何回もこの2つの言葉が交錯する。


「どっちなの……教えて……」


涙が頬を伝う。

なぜ涙が出るのかも、分からない。


(春の風が……恋しい)

(なぜ、そう思ってしまうの……わからない、わからない……)


一瞬、ユイの記憶に“白いワンピース”と“笑い声”が走った。

それは、かすかな幸福の記憶のようで──

だが、それが誰のものかは、分からない。

ZIXIが警告を表示する。


《自己同一性指数:0.34》

《危険域に到達》


ユイの視界に、かすかに“セツナの光”が滲みはじめていた。


◆セツナの想いと迷い◆


 稽古場の壁際。

仮想と現実の狭間で、セツナが立ち尽くしていた。


(僕は、ここまで来た)

(でも……)


彼は、遠くに立つ父を見つめる。

声をかけたくてたまらない。

だけど、今それをすれば、すべての均衡が崩れる。


(父さん……いや、“セナさん”)

(このままあなたが歩んでいくなら、ユイさんと──)


迷いが、胸の奥で渦を巻いた。

それでも、その目は真っ直ぐだった。


(僕は……壊すためじゃない。守るために、ここにいる)


◆ZIXIのログ:ラストの観測記録◆


 セツナの視界に、ホログラムが浮かぶ。


《最終観測ログ:接続開始》


そこに映っていたのは、 ユイが、そっと笑う光景。

そして、シュンがどこか不安げに、それを見つめていた。


(このままでは、二人とも……どこかへ行ってしまう)


「……これが、僕のラストログだ」


セツナは呟いた。 そして、わずかに手を前へ伸ばす。


◆呼びかけ寸前で止まる◆


 (いま、名前を呼んだら……)


「と……父さん──」


声になりかけた言葉が、そこで止まる。

そのとき、シュンがふと振り返った。

誰もいない空間。

でも、視線だけは、すれ違った。

セツナは声を出さず、ただその場に佇んでいた。

ZIXIの未来ログに、微かな揺らぎが生じる。


《観測ログ:未来修正の兆し》


ふいに、未来の空間に風が吹いたような気配が走る。

どこか遠くで、微かな光が揺れたような──そんな兆し。


──未来は、まだ閉ざされていない。


(第47話へつづく)


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