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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第3章:永遠の記憶編
45/54

第45話:フェイズシフト


◆フェイズシフト直後:セツナ、ユイを探して◆


 空間が裂けるような感覚。

視界が、音が、すべてが飽和していく。

セツナの身体──いや、意識そのものが、時の狭間に流れ込んだ。

光と影の断片が乱反射する世界の中、彼はそこに立っていた。


──春の公園。

   誰かの笑い声。

    桜の香り。

     ミライの手の温もり──


(ここは……どこだ? でも……何かを、思い出してる)


セツナの足元には、無数の未来の破片が散らばっていた。

透明なガラスのように煌めく“未来の記憶”。

それは、存在しなかったはずの未来。

けれど、確かに彼の中に息づいている未来。

その中に、ユイの声が混じった。


「……セツナ……」


彼女の存在が、かすかに近づいていた。


(……ユイさん。待ってて)


だがその距離は、あまりにも遠かった。

そのとき、ふと脳裏に走る感覚があった。


──幼いころ、母の背中にしがみついていた感覚。

──ふわりとした春の日差しの匂い。

──膝枕で泣いた夜。

──「あなたは、ひとりじゃないよ」


(母さん……)


それはもう意識ではなかった。

けれど、確かに体に残っている“記憶の温度”だった。


◆シュンの異変:微かな覚醒◆


 2026年。

初夏の気配が漂う深夜。

東京の空には、ぼんやりと雲がかかっていた。

──シュンは、不意に目を覚ました。

目覚まし時計の針は午前3時を指している。


(……はぁ、まただ……いつもこの時間に目が覚める……)


シュンは頭を両手でくしゃっとさせ、光に目を向けた。

枕元にあるスマートフォンのZIXIの画面が、かすかに赤い通知を点滅させていた。


《微弱干渉反応:音声領域に揺らぎ》


シュンは思わず画面を見つめる。

その瞬間、胸の奥が、ひゅっと冷たくなる感覚。


(誰かが……俺を……呼んでる……のか?……)


その声は、アイでもなければ、ミライでもなかった。

でも──懐かしい。


(この感覚は何だろう……なぜ懐かしく感じるんだ)


“名も知らぬ誰か”が、いつも自分のすぐ傍で支えてくれていたような感覚。

まるで、過去の記憶のどこかで誰かに抱きしめられていたかのような、温かな錯覚。

夢か、記憶か、想像か。

その曖昧な境界で、彼はうっすらと涙を滲ませた。


◆ユイ・揺れる心の境界線◆


 白いワンピース。

春の光。

風に揺れる木漏れ日──

それらは、ユイの中に断片的に浮かび上がる記憶だった。

でも、それは自分のものなのか、それとも誰かの夢だったのか──わからなかった。


「……セナさんを……待っていた気がする」


ぽつりとつぶやいた言葉。

けれどすぐに、ユイは首を振った。


(それは……“わたし”じゃない。そう、たぶん)


ZIXIが警告を表示する。


《融合進行率:99.82%》

《感情記録破損:範囲拡大》


耳の奥で、誰かの記憶が囁いていた。


『あなたはセツナを守るために──』

『──あなたは融合するために』


「どっちが……ほんとうなの……?」


涙が、静かに頬を伝った。


(わたしは、ただ……“春の日差し”が恋しい……”ほんとう”なんていらない)


彼女の中で揺れているのは、誰かの記憶ではなく、自分自身の“願い”だった。

そしてふと、目を閉じたそのとき── ほんの一瞬、誰かが自分の手を取ってくれたような錯覚が走った。


(……セツナ……?)


◆セツナ、ユイとの接触未遂◆


 空間が揺らぎ始めていた。

セツナはユイの存在を、確かに感じていた。


(いる?!……そこに、いる)


手を伸ばす──けれど、届かない。

“あと1センチ”。


──その距離が、どれほど無限に感じられたことか。


「ユイさん……!」


声が、空間の粒子に消えていく。


「君は……君のままでいて、いいんだ!」


空間が震え、ユイの姿がかすかに揺れる。

ほんの一瞬、彼女がこちらを振り向いたように見えた。


(届いてくれ……お願い)


彼女の頬に流れた涙が、セツナの胸を貫いた。


(このままじゃ、また誰かが消える)


◆セツナ、覚悟を決める◆


 セツナの脳裏に、いくつもの名前が浮かぶ。


──母、ミライ。

──シュン。

──セナ。

──アイ。

──サラ。

──ユイ。


それぞれの想い。

それぞれの未来。


(僕は……誰かに“選ばれた”んじゃない)

(選ばれなかった誰かが、僕をこの世界に遺してくれた)


そして今、僕は“選ぶ”側にいる。

過去を受け入れ、未来を紡ぐために。


「消えてもいい……でも、誰も失いたくない」

「──僕は、未来を生きる」


ホログラムに指をかざし、セツナはZIXIに命令を送る。


《完全介入モード:起動》


ZIXIが応答する。


《観測機能、停止確認》

《SETUNA:行動権限・最終解放》


空間が震え、フェイズシフトが加速していく。


◆未来での小さな兆し◆


 ZIXIの未来ログの隅に、微かな修正の軌道が現れる。

光の流れが、わずかに揺れていた。

そのとき、セツナの記憶の底に、もうひとつの映像が浮かび上がる。


──幼い頃、ミライの膝の上で泣いていた。

──声にならない不安。

──でも、誰かがそっと背中を撫でてくれていた。

──「あなたは、ここにいていいんだよ」


その記憶に、温かな春の風が吹き込んできた。


(これは、観測なんかじゃない)

(──ただの、願いだ)


その風は──希望の風だった。

セツナは、そっと目を閉じて、心の中で祈る。


(父さん、ユイさん──絶対、助ける)


遠くで風が吹いた。


──そして、未来は、静かに分岐しはじめていた。


(第46話へつづく)


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