第43話:二人の血の証明
◆ZIXI・存在解析ログ◆
2042年、ZIXI記録帯の深層領域。
無数のホログラムが浮遊する空間に、セツナは静かに佇んでいた。
眼前に映し出されたのは、ZIXIによる存在構成因子の再解析ログ。
《対象:SETSUNA/解析進行中》
《判定要素:記憶DNA/音声同調周波数/感情遺伝子反応》
「……僕は、何者なんだ?」
ZIXIが再構築された音声で応答する。
《親和属性検出:SHUN(声星:VOICE_STAR_2)+MIRAI(響静:ECHO_SILENCER)》
《交差判定:STAR_RHYTHM(星律:音声干渉型固有能力)》
その名も知らなかった力に、セツナは一瞬、呼吸を忘れた。
(星律……?)
記録上、存在すら確認されていない“第三の力”。
──思い返せば、幼いころから何かが“重なる”瞬間があった。
誰かの怒りに震え、悲しみに涙し、幸せに胸が熱くなる。
けれど、それは自分だけの感情ではなかった。
「まるで……僕が、他人の心と、ひとつに混ざってしまうみたいで……」
幼い頃、母の背中にしがみついていた記憶がよみがえる。
あたたかな鼓動、歌うような囁き。
──あれが、母の“声”だったのかもしれない。
ZIXIは解析を進める。
《星律:VOICE_STAR(父)×ECHO_SILENCER(母)間の交差により発現》
「……じゃあ、僕の声は……」
表示が切り替わる。
《音声の発話により、対象の記憶・感情・同調体験を誘導/ただし使用時の脳負荷・寿命消耗あり》
セツナの手がわずかに震える。
「人の記憶を……動かせる? それって……」
ずっと抱えていた“他人の気持ちが入り込むような感覚”。
あれは偶然などではなかった。
(これが……父と母から受け継いだ、僕の力)
セツナは静かに目を閉じ、自らの掌を胸元に当てる。
伝わる鼓動──それは、自分だけのものではなかった。
(この声が……僕のすべてじゃない……じゃあ、僕は誰なんだ?)
胸の奥から沸き上がる震えを、なんとか抑えこんだ。
答えは、声の奥に眠っていた。
それは、遠い過去の約束──
誰かを救いたいと願った両親の想いが、声という形で彼に託されたものだった。
ZIXIは補足データを提示する。
《星律:未発現レベル2/発動条件:親の記憶共鳴・対象の自我覚醒》
「……まだ完全には、目覚めていない……?」
セツナは、自らの声の中に眠る可能性に、初めて畏怖と希望の両方を抱いた。
(でも……この力を使いこなす資格が、僕にあるのか)
(間違えれば、誰かの記憶を壊してしまうかもしれない)
小さく息を吐き、胸の奥に語りかける。
(それでも……誰かを守れるなら、この力を受け入れたい)
──その時だった。
過去の断片が、ふいに脳裏に流れ込んできた。
◆フラッシュバック:2038年・母との記憶◆
夜の病室。
静まり返った中、セツナはベッドに横たわる母・ミライを見つめていた。
ミライは意識が混濁し、うわごとのように呟く。
「……シュン……どこ……? 迎えに……きて……」
(母さん……シュンって、誰……?)
その瞬間、セツナの存在がふっと薄れていく感覚に襲われた。
自分の手が透けてゆく。世界から引き剥がされる。
(消える……? 僕が……)
必死でミライの手を握る。
「……母さん、僕、ここにいるよ!」
ミライのまぶたがわずかに動き、涙がこぼれた。
「……セツナ……」
その一言で、世界は再び繋がった。
思い出されたことで、存在を取り戻した。
そして──
(この記憶を、母さんはシュンに……)
──未来を託したんだ。
◆ユイ・内部同期の乱れ◆
その頃。
Z001、ユイ。
彼女の感情同期ログに、不穏な乱れが生じていた。
《融合進行率:99.3%》
《共鳴干渉レベル:過負荷状態》
静かな部屋、鏡の前。
ユイは座ったまま、かすかに震えていた。
「わたし……わたしは誰……?」
かつて“自分”を感じた瞬間があった。
誰かに呼ばれたとき、誰かを笑顔にできたとき。
温かくて、確かだったはずの存在感。
それが今、音もなく崩れ落ちていく。
耳の奥で、声が交錯する。
『あなたは……セツナを守るために生まれた』
──ミライの祈りの記憶。
だが、混線したもう一つの声が囁く。
『あなたは……シュンと融合するために在る』
「……どっちが、本当なの……?」
ZIXIが処理の限界を警告する。
《TRG-∞コード:矛盾情報を感情パターンに変換できません》
「わたしは……存在して、いいの……?」
その問いに、応える声はない。
彼女の瞳には、浮かんでは消える無数の感情が宿っていた。
鏡に映る“自分”が、自分ではないような錯覚。
「自分ではない”わたし”が、鏡の中から私を見ている。そう感じるときがあるの」
その瞳には、かすかにセツナの影が宿る。
《感情交差レベル:重複危険域突入》
《記憶源:MIRAI/同時再生:Z001主観記憶》
「セナさん……? いいえ、違う……セツナ……?」
微かに漏れた名。
それは、確かに彼女の中に芽生えつつある“誰か”への意識だった。
◆セツナ・母の記録に向き合う◆
ZIXIの中で、セツナはミライの最後のメッセージに耳を傾けていた。
『……セツナ、あなたは“選ばれた存在”じゃない。あなたは、“選ばれなかった私たち”が……この未来を生きてほしいと願った、たった一つの光』
母の声が、胸に深く突き刺さる。
『あの子は、偶然じゃない。私があなたを守ろうとした結果、生まれてしまった存在』
『でも、彼女が“融合”を望むなら、止めて。彼女は、本来の存在ではない。選ばれるべきではない』
『それに、彼女が融合してしまったら……セツナ、あなたまで消えてしまうかもしれない』
セツナは息を呑む。
(融合すれば、僕も……)
ZIXIが無言で表示を切り替える。
《融合完了予測:48時間以内》
《Z001:自我崩壊リスク高》
「止めなきゃ……」
けれど、足が動かない。
ユイの瞳が、脳裏に焼きついている。
(あの人は、僕を見てくれた。僕を“名前”で呼んでくれた)
観測対象としてではなく、“僕”として。
「……でも、それでも」
拳を握りしめる。
「僕は、父さんを消させたくない。母さんの祈りも、ユイの願いも、全部……本物だから」
そしてZIXIに向かって叫ぶ。
「僕は……黙って見ているだけの存在じゃない!」
感情の渦が胸を叩く中、言葉は自然にこぼれた。
「観測を終了する。これからは……介入する」
ZIXIが応答する。
《観測機能、停止確認》
《SETSUNA:行動権限・臨時解放》
セツナの背後で、光が静かに揺れた。
それは観測者ではなく、“選ばれた者”の背中を照らす光。
(僕は、父と母の“声”を受け継いだ──ただそれだけの存在じゃない)
(この未来を、僕の言葉で変えるために、生まれてきたんだ)
ホログラムの光が、彼の想いに応えるように、やさしく脈動した。
(第44話へつづく)




