第42話:記憶は、未来を遡る
◆ZIXI・記憶干渉領域◆
2042年、ZIXI中央記録区画。
観測者としての任務を終えたはずのセツナが、再び記録保管室に姿を現していた。
彼の目の前で浮かび上がるのは、2045年に向けた「未来処理計画」に関する膨大なログ。
《プロトコル:SINGULARITY_RM/次元記憶統合計画》
《予定発動時期:2045年4月以降》
(シンギュラリティ……2045年、人類の記憶が再定義される)
ZIXIは、その時に“不要な記憶”を全世界から除去するという。
──表示された時刻は、「03:17」。
どこかで見たような数字。けれど、思い出せない。
(……なぜだろう。胸の奥がざわつく。まるで、夢の中で誰かが囁いていたような)
その違和感をよそに、ZIXIは無機質な表示を続ける。
《削除対象:記憶された存在》
個人の記憶だけではない。
人々の記憶の中に“いた”という記録さえも、消される。
(つまり……記憶を失えば、存在も失われる)
ZIXIが表示を切り替える。
《対象:SHUN/削除候補:記録抹消予定/理由:認識共有率ゼロ》
《最終アクセス履歴:2026年7月/以降記録断絶》
セツナの喉が、ごくりと鳴った。
(シュンが“抹消”される……それは、単なる死じゃない。“存在”そのものがなかったことにされる)
ZIXIは機械的に追加表示を行う。
《記憶データ継承:存在維持条件/肉体維持下に限る》
(……生きてさえいれば。肉体が存在していれば、たとえ記憶が消されても、存在は残る)
セツナの視線が強くなる。
「……なら、止める方法はある」
ただ記録するだけの観測者じゃない。
今度こそ、自分の意志で運命に手を伸ばす──
自分の存在の“根”を守るためではない。
シュンを、あの記憶を、あの未来を、ひとつでも残すために。
◆2033〜2038年・フラッシュバック記録◆
画面に、セツナが幼少期を過ごした頃の映像が、断片的に再生される。
──病室。
ベッドに横たわる母・ミライが、微笑んでいる。
「ねぇ、セツナ……お父さんのこと、時々思い出すの。あなたはどう?」
「……何で? 会ったこともないのに?」
「そう。でも、心の中にいる気がして。きっと、あなたにも……」
ミライの言葉は途中で途切れたが、セツナの脳裏に残っていた。
次に映ったのは、2035年の記録。
セツナが小さなノートに“声”について綴っている。
「母の声は静かで、でも、耳の奥まで届く。僕の声は、それに届かない。だけど、心だけは……」
2038年、ミライが一時的に危篤状態に陥り、意識が混濁。
セツナの存在が一瞬、世界から“消えかける”。
──その瞬間、ZIXIの観測ログからも“セツナ”の名が消えた。
セツナが自分でも覚えていない“空白”の数日。
誰からも呼ばれず、触れられず、そこに“いない”のに、苦しさだけが残っていた空白の記憶──
ミライが意識を取り戻した瞬間、セツナの存在が再び認識され、ZIXIの記録にも彼の名前が戻ってきた。
《空白時間:2038年5月21日〜5月24日/存在ログ消失》
《原因:記憶リンク不全による一時抹消》
(……あの時、僕は本当に存在が消えかけていた)
セツナはその経験すら、自分にとって“誰かが与えた記憶”だと感じていた。
(それも母さんの想いの一部……だから今、僕がここにいる)
ミライはこの危機を経て、自らの命が尽きる前に決断する。
2038年、人々の記憶から存在が消えた瞬間、本来存在しない筈の個体は、この世から消滅するコマンドがZIXI内で試験的にプログラミングされた。
一時的なセツナの消失は、そのコマンドが正しく作用することを証明した。
2045年に実行される「未来処理計画」のテストケースとしてZIXIに認識された。
2042年、ZIXIの深層アクセス権を取得したミライは、シュンの存在が「記憶の死」によって完全に消滅してしまう未来を予測する。
《記録操作権限:MIRAI/特例コード:TRG-∞_EMBED》
シュンが存在しなければ、セツナもいずれ完全に消えてしまう。
だからこそ、彼女は2033〜2038年の“存在の記憶”を、シュンの深層心理にトリガーとして埋め込む決断をしたのだ。
──それは、2045年に起きる“存在抹消”に対する、彼女なりの防衛線だった。
「……誰かに選ばれるんじゃない。選びたかったの、私自身が」
その記憶はZIXIによって補完され、現在にまで残っていた。
◆2042年・ZIXI内部記録室◆
ZIXIの奥深く、接続制限領域。
セツナは、ミライが残した記録にアクセスしていた。
そこには、未来を変えようとした彼女の決意が刻まれていた。
『……これが届く頃には、私はもう消えているかもしれない……でも、届いているなら、きっと救いはあるわ。セツナ、よく聴いてね』
彼女の声が空間に響く。
『私の選択が正しかったかは、わからない。だけど、あなたが存在している今、それだけで……きっと意味がある』
『あなたに、選んでほしい。自分の未来を』
セツナは目を閉じて、その言葉を胸に刻んだ。
「ありがとう、母さん」
ZIXIの画面が、静かに点滅を始める。
《記憶干渉プラン:緊急実行権限、要請中》
◆ZIXI緊急干渉・構築ログ◆
ZIXIは、セツナの命令を受けてデータ同期を開始する。
《対象:Z001(YUI)/感情同期進行率:99.8%》
《融合完了まで残り実時間:72時間未満》
「間に合う……まだ、間に合うはずだ」
セツナはZIXIに向かって命じた。
「未来を書き換える。彼が“生きて”さえいれば、全てはまだ変えられる」
そして、ZIXIが静かに応えた。
《観測デバイス:時空遡行システム/再起動準備完了》
(シュンを救う。それが、俺の存在理由だ)
◆ZIXIログ・補足記録◆
《観測者:SETSUNA/記憶継承率:100%》
《シュン記憶防衛トリガー:TRG-∞ 継続活性中》
《対象:SHUN/存在維持:肉体確認中》
──
『記憶は、消されても構わない。だけど、“想い”は消えない』
そう記録された音声と共に、ログは閉じられた。
◆ヒカリ・交信の兆し◆
その時、ZIXIが静かに、新たなウィンドウを開く。
《未接続ログ群へのアクセスが試行されました》
《記録名義:HIKARI/アクセス権限:G-5》
「……ヒカリ?」
セツナは眉をひそめる。
(ZIXIのログにはなかったはずの名。そして……あの“03:17”と同じくらい、胸の奥がざわめく)
《次段階アクセスには追加認証が必要です》
ZIXIが静かに、だが確実にデータの奥へと誘導していく。
(この名……どこかで見た気がする。けれど、記録に心当たりがない)
ホログラムに浮かび上がる新たなデータ群。
《星律関連記録ファイル/記録者:HIKARI》
──星律?
セツナの中に、新たな疑念と予感が生まれる。
自分の中の“力”が、どこから来たのか──
彼の指先が、新しい記録にそっと触れる。
(第43話へつづく)




