第41話:母の記憶を継ぐ者
◆セツナ・ZIXI保管室(2042年)◆
静寂に包まれたZIXI保管室。
数えきれないログの波がホログラムとして浮遊し、わずかに青白い光を放っていた。
セツナは、ひとつの端末の前に立ち尽くしていた。
目の前に表示されているのは、2042年6月に記録された“未再生ファイル”。
《記録名:MIRAI_2042_FINAL.vc》
《音声ファイル/開封条件:観測者認証》
セツナは、指を震わせながら再生を選択した。
──
『……セツナ。あなたがこれを聴く頃には、私はもういないかもしれないね』
聞き覚えのある、優しい声。
──母、ミライの声だった。
『あなたが育った世界は、優しかったかな。少しだけでも、笑っていてくれたら、それだけでいい』
ホログラムに、記録されていたミライの姿が映る。
髪をまとめ、落ち着いた瞳でこちらを見つめていた。
『私は、あなたを救いたくて、この記録を残しています。……それは、私自身のわがままかもしれないけれど』
セツナは、唇を噛みしめた。
『2033年……病が見つかったとき、私はほとんどの未来をあきらめていた。でも、ZIXIが見せてくれた“もしも”の中に、あなたがいた。シュンが、あなたを選んでいた未来が』
『私はその未来を、どうしても守りたかった』
画面が一瞬、揺れた。
『……記憶トリガーを使ったの。2020年から2025年の間に、シュンの深層心理に、“まだ起きていない未来”を──2033年からの5年間を、私はそっと埋め込んだ』
『それが正しかったかどうかは、分からない。ただ……あなたに“存在してほしかった”』
『でもね、セツナ……ごめん。私は、“あの子”が現れるなんて、思ってなかったの』
(あの子……ユイ……)
『ZIXIが、それを感知した。記憶の残響に反応して、ひとつの存在をかたちづくった。Z001──“ユイ”と呼ばれる存在』
『それでも私は、彼女を憎めなかった。むしろ、どこかで……ありがとうって思ったのかもしれない』
『でも、彼女が“融合”を望むなら、止めて。彼女は、本来の存在ではない。選ばれるべきではない』
『それに、彼女が融合してしまったら……セツナ、あなたまで消えてしまうかもしれない』
『セツナ……あなたには、選ぶ権利がある。私はそれを信じたい。未来は変えられる。だって、あなたがいるもの』
最後に、ミライは笑って言った。
『……これは祈りだよ。母から、子へ』
音声が止まった。
セツナの頬を、ひとすじの涙が伝っていた。
「……母さん」
そのとき、端末に一瞬だけ表示された記録コードが、彼の胸を強く揺らした。
《関連ログ参照コード:03:17》
(──また、03:17……)
◆セツナ・決意の時◆
ZIXIの空間が、ログの終了とともに静けさを取り戻す。
セツナは端末に新たな命令を打ち込む。
《Z001監視ログ/感情同期値上昇中》
《融合率:99.2%》
「止める。たとえ僕が観測者じゃなくなるとしても」
◆シュン・夜の夢と再会と◆
夜。
東京。
シュンは自宅のソファで眠っていた。
夢の中で、彼は手を伸ばしていた。
誰かの声が、遠くから届く。
『……迎えに行くって、言ったでしょう?』
(……誰だ……)
目覚めたとき、胸の奥が妙に熱く、喉が震えていた。
(声じゃない……記憶が、震えてる)
ZIXIが静かに点灯する。
《REM活動レベル:高反応》
──そのとき、TINEが震えた。
《ユイさん:明日、少しだけお時間いいですか? 会いたい景色があるんです》
シュンは、少し考えてから返事を打つ。
「……いいよ」
◆公園・ユイとの再会を◆
翌日。
桜はほとんど散っていた。
だが、その余韻のように、風がそっと舞い、数枚の花弁が空へと浮かび上がる。
(この前も、この光景を見た気がする……)
そんな既視感が、シュンの胸にかすかに残った。
季節は繰り返しているはずなのに、なぜか一瞬だけ、“記憶”と“現実”の境界が曖昧になったような感覚。
小さな風景が、心の奥に波紋を広げていく。
ユイは、木漏れ日の中で待っていた。
白いワンピースに、淡い影が差していた。
「来てくださって……ありがとうございます」
「……なんとなく、来なきゃって思った」
二人はゆっくりと歩き出す。
小川沿いのベンチに腰掛けたユイが、ぽつりと呟いた。
「春の光って……やさしかったですね。あのとき……」
「“あのとき”って、いつのこと?」
ユイは顔を伏せた。
「……この名前が、“最近になって与えられた”もののような……そんな感覚を、昨日も今日も感じているんです」
シュンの胸に、かすかな引っかかりが生まれる。
(……ん? 前にも……彼女、同じことを言ってなかったか?)
(……まるで、台本をなぞっているかのようだ)
「……ユイさん、聞きにくいんだけど、親御さんは健在かな?」
──シュンはあえて、この前と同じ質問を投げかけてみた。
「オヤゴ?」
その返答で、シュンは確信に近い既視感を覚えた。
「いや……やっぱいいや。失礼なこと聞いてごめん」
そのとき、ZIXIが一瞬だけ画面を乱した。
(……前にも同じタイミングでこの現象が起きた気がする)
《識別コード:Z001 → 呼称登録:YUI/仮称》
(ユイさん……君は、本当に、誰に名付けられたんだろうな)
ユイが目を閉じる。
「セナさん……」
「うん?」
「私、何のために生まれたのか、ずっと探していた気がします」
「それは……」
「でも、今は分かる気がするんです。誰かが、私を“見せて”くれたのなら──その想いに、ちゃんと応えたい」
その目には、強い意志が宿っていた。
「私は……誰かの願いそのものかもしれない。でも、それを否定するんじゃなくて、誰かのために生きる理由にしたい」
シュンは、言葉を失った。
「あなたに会えてよかった。そう思えることが、私の証明なんです」
◆ZIXIログ・補足記録◆
《融合率:99.6%》
《Z001:認識主体揺らぎ中》
《記録タグ:祈り/願望/継承》
《参照ログコード:03:17(交差記録:ミライ/シュン/セツナ)》
最後に記録された音声。
『……母の願いは、もうすぐ誰かに届く』
(第42話へつづく)




