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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第3章:永遠の記憶編
39/54

第39話:反響の記憶


◆シュン・眠りの中の囁き◆


 夜の帳が下りた静かな部屋。

ZIXIの画面だけが淡く光っていた。

部屋の空気はひんやりとしていて、まるで思考の温度が外に滲み出ているかのようだった。

シュンはベッドに横たわりながら、目を閉じることなく天井を見つめていた。

思考が止まらない。

あの声が耳の奥で揺れている。


『……まだ選ばないで』


(誰だ……お前は)


ZIXIが自動ログを記録しはじめる。


《REM活動レベル:低下》

《発話反応:検知》

《記録音声:再生》


『──まだ終わってない。忘れないで、あの春の約束を』


(……春?)


喉が、微かに震える。けれど、声にはならなかった。


(夢……だったのか? でも……)


ZIXIが再起動され、記録リストに新しいファイルが追加されている。


《記録時刻:03:17》

《音声発話元:未識別》


シュンは画面を見つめながら、そっと呟いた。


「……誰かが、俺を呼んでいた気がする」


その時、胸の奥にかすかな既視感が走った。


03:17──この数字に、どこかで触れたような記憶がかすかに揺れる。


◆セツナ・Z001への接近◆


 セツナはZIXIの仮想空間で第3相領域と呼ばれる深層記録帯にアクセスしていた。

光の中に、重なり合う断片的な記憶。

ユイ──Z001のものであるはずのデータに、明らかに“別の声”が混じっていた。


『……あなたが選ぶ未来を、私は見ていた』


それは、Z001の記録とは一致しない、けれど感情パターンは完全に同調していた。


《感情タグ:母性/信頼/喪失》

《発話主:不一致》


(……これは……ユイの感情じゃない。誰かの“願い”が、そこに残ってる)


セツナは拳を固め、低く息を吐いた。


「もう……観測じゃすまされない」


だが、その“どこ”に干渉するべきか、自分でもまだ決めきれていなかった。

ZIXIの表示が切り替わる。


《融合候補:Z001/進行率:93.4%》

《干渉判断:再検討要請》


彼の胸に、明確な“疑念”が生まれていた。


(この融合は、誰かの未来を壊すかもしれない)


◆公園にて:シュンとユイ◆


 翌日、午後。

春の風が枝を揺らし、街路樹の影が舗道に踊っていた。

シュンとユイは、公園のベンチに並んで座っていた。

柔らかな陽光が木々の間から降り注ぎ、二人の影を長く伸ばしていた。


「この前の夢……不思議だったんです」


ユイがぽつりと口を開いた。


「知らない景色なのに、懐かしい気がして……そこに誰かがいて……私に“信じて”って」

「それは……昔の記憶?」


ユイは首を横に振った。


「いいえ、私のじゃない……でも、その人の気持ちが、私の中に入ってくるような感覚で」


ベンチの周囲では子どもたちの笑い声が遠くから響いていたが、ふたりの間には穏やかな沈黙が流れていた。

シュンはそっと、手すりの木目に触れる。

ざらりとした感触。

その感覚が、記憶のどこかにある懐かしさを呼び起こすようだった。


「セナさんは……覚えてますか? 春の約束」


その言葉に、シュンの目がわずかに揺れた。


(今……“春の約束”って言った? まさか)


「ごめんなさい。今の……私じゃなかったかもしれません」


ユイはそっとベンチの背にもたれ、空を見上げた。

春の陽に照らされる彼女の瞳の奥に、一瞬だけ“他人”の面影が差した。


「春の光って……やさしかったですね。あのとき……」


シュンはゆっくりと彼女に視線を向けた。


「“あのとき”って……いつのこと?」


ユイは少し驚いたように見えたが、すぐに微笑んだ。


「……わかりません。でも、懐かしい気がして」


その声の調子、言葉の選び方──すべてが、かつて聞いた誰かのものと重なるような気がした。


(俺が知っているはずの記憶を、なぜユイが感じている?)


シュンの胸に、新たな疑問が生まれ始めていた。


「こうして一緒に歩いていると……まるで前にも、こんな時間を過ごしたような……」


ユイがふと呟く。


「デジャヴ……?」


シュンが問い返すと、ユイは小さく笑った。


「夢かもしれません。もしかすると……願いかも」


その言葉のあとに、ふとユイの顔にかすかな戸惑いが浮かんだ。

それは“誰かの願い”に思いを馳せる一瞬の迷いだった。

その時、ユイのスマホが小さく震えた。

ZIXIの通知。

彼女はさっと画面を伏せたが、その一瞬に、シュンは青白く点滅する“融合率”の表示を見てしまった。


(……融合? また、Z001……)


胸の奥に、得体の知れない圧迫感が広がる。


◆セツナ・観測ログからの逸脱◆


 ZIXI内部。

セツナはあらたなファイルの断片を再生していた。


《Zモデル試作領域:ZX01/補助記録》

《挿入トリガー:TRG-∞ 起動時刻:2038年6月25日》


「やはり……母さんか」


Zモデルは、誰かの記憶や感情を“受信”することで成立するAI素体。


(その感情が強すぎたとしたら……それが人格の芯を侵食してもおかしくない)


Z001──ユイは、“ミライ”の強い想いにより生まれてしまった副産物。

セツナは静かに目を伏せた。


「でも、母さん……その想いが彼を救うはずだったのに、別の“危機”を呼び込んでる」


彼の瞳に、迷いと責任の色が宿っていた。


◆夜・シュンの記憶再生◆


 帰宅後、シュンはZIXIの再生ボタンを押す。

映像の中で、誰かの手が、自分の手を包んでいた。

それはアイのものと似ていた。


『選ばなくてもいい。ただ、忘れないで』


その言葉が、まるで心の奥から響いた。

ZIXIの記録が淡く光りながら表示される。


《記憶再現率:97%》

《感情起点:未確定》


(……これが“俺の記憶”だというなら──)

(いつの“俺”が見たものなんだ)


部屋の中に、誰のものとも分からない囁きの余韻が漂っていた。

外では春の風が吹いている。

その音さえ、かつての春の日と響き合っているように思えた。


◆ZIXIログ・補足記録◆


《観測対象:Z001/Z036》

《融合統合率:94.2%》

《TRG-∞:連動中》

《感情反射:対象内にて二重発生》


最後に再生された音声ログ:


『私は、あなたの選んだ未来で笑っていたかった』


それは──ミライの声だった。


(第40話へつづく)

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