第38話:封じられた未来
◆セツナ・深層観測の異常◆
――ZIXI観測ログ/時刻:未確時点(記録整合未確定)
セツナの指がホログラムの表面をなぞるたび、空間に青い光の軌跡が流れる。
ZIXIの深層アクセスモード。
普段はセキュリティで隔離された領域。
《検索条件:2020〜2025年/融合未遂ケース/M-case_log_frag》
それが彼の目的だった。
だが――
《補足ログ検出:2033〜2038年/未分類記録》
画面の一角に、想定外のログが点滅した。
「……どうして、この時代の記録が……」
指先で選択すると、ノイズ混じりの映像が再生される。
荒い輪郭の中、誰かの後ろ姿。
光の中で微笑む女性――
(……ミライ……?)
だがその音声は途切れていた。
『――に選ばれるのは、わたしじゃ……』
再生が止まり、画面にアラートが表示される。
《感情タグ一致率:不確定》
《記録出所:強制挿入データの可能性》
「……これは、記録されたものじゃない。誰かが“見せた”記憶だ」
ZIXIの解析が追いつかない。映像と感情タグが不整合を起こしていた。
(この映像……“彼”の記憶と合致している?)
セツナの手元のログに、見覚えのあるコードが現れる。
《補正ログ接続元:Z001》
「Z001……ユイ。いや、まさか……」
セツナの思考が急速に回転する。
(ユイは人間のはず……それなのに、なぜ未来の記録が最初から埋め込まれてる?)
(融合プロトコルに先んじて“感情パターン”が与えられていた……?)
Z001――彼の観測対象。その存在に初めて“違和感”を覚えた瞬間だった。
(これは、偶然じゃない。誰かが融合を選ばせないために、先に“何か”を置いた)
(……でも、それは誰だ?)
セツナはふと視線を落とし、無意識のうちに左手の指先を軽く握る。
その仕草は、過去の記憶を呼び起こす鍵のように感じられた。
(母さん……もし、あなたが未来に仕掛けたとしたら、それは“誰か”を守るため?)
(でも、それが新たな存在を生み出してしまったのなら……俺は、それを見過ごせない)
◆シュン・記憶の裂け目◆
2026年、春の夜。
暗がりの部屋に、スマホの灯りが点滅していた。
ZIXIアプリのロゴが淡く光り、自動的にログ記録が始まる。
画面には、不可解なタイトルのログが浮かんでいる。
《ZIXI補正記憶ログ:再生中》
《記録元:不明/2033〜2038年》
映像には、どこか見覚えのある街並みと、もう会えないはずの誰かの声――
『ねぇ、あなたはこの未来を信じる?』
(……知らない……でも、なぜ“懐かしい”と感じる?)
シュンはゆっくりと喉に手を当てた。そこに“星”の感触はない。
だが――
(声じゃない……記憶が震えてる)
ZIXIが新たな表示を出す。
《感情タグ一致率:91%》
《記憶整合性:未確定》
――これは、本当に俺の記憶なのか?
喉が熱を帯びてくる。
言葉にはならない“何か”が、胸の奥からせり上がってきていた。
(もしも……記憶すら誰かに“見せられた”としたら――)
その瞬間、画面にユイの姿が映し出された。
カフェでの会話である。
「……セナさんって、紹介されたんですよね。“ラさん”でしたっけ……?」
(まただ……)
そして、ZIXIが表示する。
《融合候補:Z001/進行率:91%》
(また融合……その“先”に、何がある?)
ソファに沈み込みながら、シュンは思考を止めることができなかった。
ふと、ZIXIが再起動を始め、淡く点滅する文字が表示される。
《過去ログとの重複記録:検出》
《記録日時:2035年11月6日/発話主:未登録》
(2035年?……あり得ない)
その音声ファイルが自動的に再生される。
『……わたしの声は、もう届かない。でも、もし聞こえているなら――』
息をのむ。
聞き覚えのある“音のかたち”。
それは、18年前に聞いた、アイの声に――似ていた。
◆セツナ・ユイへの疑念◆
ZIXIのログに照らされたセツナの顔は冷静さを保っていたが、瞳の奥には明らかな迷いが宿っていた。
《対象:Z001/記録コード:PROTO-ZX01》
《初期感情記録接続先:2033〜2038年》
(Zモデル初期体の記録接続先が……なぜ未来?)
(ユイは、“今”生まれた存在じゃない……?)
ログの裏を読み解いていく。
(Z001は、本来この時代には存在しない。何かの“干渉”が生んだ)
その時、ZIXIの端末が警告を出す。
《TRGコード検出:TRG-∞》
《接続ログ元:ミライ/2038年6月末日》
「……トリガー……」
セツナの手が止まる。
(母さん……あなたが、仕掛けたのか?)
(それとも、ZIXIの意思か……)
映像の中で、ミライの声が重なった気がした。
『この未来を、忘れないで』
セツナはひとつ息を吐き、静かにログを閉じた。
◆ユイ・誰の夢を見ているのか◆
夜。
ユイの部屋。
照明は落とされ、ZIXIの画面が小さく明滅している。
ベッドに横たわるユイの額には、見えない汗が滲んでいた。
夢の中——青い光の中で、誰かが笑っていた。
『あなたの声が……私の中に入ってくる……』
(……誰……?)
目を開ける。
だが、現実と夢の区別がつかない。
「今の……記憶?それとも……私の感情……?」
ZIXIのログが表示を始める。
《REM活動レベル:異常低下》
《感情パターン交差:複数経路接続中》
(誰かの……夢の続きを、私が見ている)
そう呟いたとき、ZIXIが赤く光を帯びた。
《補正ログ進行中》
《Z001:意識接続変動/第3相領域へ遷移》
ユイは、自分の中で“何か”が動いているのを、確かに感じていた。
(私……何を見ているの……?)
◆ZIXIログ・補足記録◆
《ZIXIログ:Z001/Z036接触統合率:更新中》
《進行率:92.1%》
《M-case:不安定化》
《TRGコード:TRG-∞(起動中)》
――そのログの最下部に、誰かの声が添えられていた。
『“未来”が動けば、“選択”も変わる――だから、私は信じたの』
ファイル名は、やはり――無題。
(第39話へつづく)




