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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第2章:記憶の錯綜編
35/54

第35話:未知なる観測者


◆セツナの記録◆


 タッチレスのホログラムが宙に浮かび、青白いインターフェースが静かに波打っている。

セツナは無言で視線を動かし、ZIXIの最新型スマートフォンのインターフェースを操作していた。

思考による入力は、すでにこの時代では珍しくなかった。

だが、彼の操作はどこか研ぎ澄まされていて、指先よりも早く意識がデータを処理していく。

画面には、いくつかのログが点滅していた。


《融合プロトコル:D-1 最終観測フェーズ》

《NOTE:M case is still pending》


彼の手元にある記録タブレット。

ページの端には、殴り書きされた一文がある。


《2人の未来を守る――たとえ、その未来が“彼女”ではなく、“他の誰か”とのものだとしても》


「……これが最後の記録になるかもしれない」


小さく呟いた声が、機械の反射音に吸い込まれていった。

そのとき、ZIXIに新たなログが走る。


《予測フレーム:現代観測座標への移行 準備完了》

《対象人物:SENA_KR / ユニットID:Z001》


セツナは一度だけ目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

ホログラム画面には過去の映像が断片的に映し出されている。

小さな子どもが、誰かに手を伸ばそうとしている映像――音声はない。


(あの時、もし彼らが……選ばなければ、僕はここに存在していない)

(やり直しじゃない。未来を守るための、唯一の観測だ)


◆劇団事務所/静かな対面◆


 劇団の資料返却を口実に、セツナは事務所を訪れた。

ユイの姿はなかった。


――それも、計算に入れていた。


「この間の公演、本当に感動しました。資料だけでもと思って……」


落ち着いた口調。

けれど、その“間”に、シュンは違和感を覚えた。


「……来栖セナさんですよね? あのラストシーン、今でも忘れられません。舞台のラスト、声を失ったまま振り返るあなたの表情が、何か大切な“記憶”を呼び起こすようで……まるで、本当に何かを失った人のように見えたんです」

「ありがとう。何回かメッセージくれたね。」

「はい。どうしても、感動を伝えたくて」

「そうか……でも……あの芝居、ただの演技に見えた?」


セツナの目が揺れる。


――その台詞を、彼はどこかで知っていた。

でも、その理由は言えない。


「……。」


シュンの声は穏やかだったが、その眼差しは鋭かった。


「あなたは……俺のこと、どこまで知ってる?」


セツナは一瞬だけ視線を逸らし、それから静かに言った。


「僕は……セナさんの“声”、忘れられなくて。あのとき胸に響いた音が、ずっと離れないんです。たとえ記憶が曖昧になっても、あの声だけは、消えなかった……」


返されたその言葉が、どこか“過去の回想”のように響いた。そのとき、ZIXIログが静かに点灯する。


《観測ID:S-ID_003》

《観測許容レベル:レベル1/干渉許容量:0.03%》


セツナの言葉が空気に溶けていくその瞬間――

時空を超えた場所で、その“言葉の震え”が静かに記録される。


――この会話は、2042年のZIXI観測センターでもリアルタイムで記録されていた。


「それだけってわりには……言葉の選び方が、妙に懐かしく感じたよ」


シュンが静かに呟く。

セツナは微かに笑みを浮かべるが、何も答えなかった。


(本当は、すべて話したい。でも、それをした瞬間、俺の存在は――)


ZIXIの端末が、胸ポケットの中でわずかに振動する。

それは、これ以上の干渉を抑えるための制限信号。


「……じゃあ、資料、置いていきますね。また」


それだけ言って、セツナは振り返る。

背中越しに、シュンの声が届いた。


「なんかさ……また、どこかで会える気がするよ」


セツナは立ち止まる。でも、振り返らない。


「……ええ。そうですね」


ほんの一瞬、声が震えた気がした。

――その背中を、シュンは見送った。


(あの青年……何か、大事なものを思い出させる)


だけど、その正体に気づくには、まだ時間が必要だった。


◆シュンの内面(声星と疑念)◆


 自宅に戻ったシュンは、再びZIXIを見つめていた。

声星の痕跡は、いまだ戻っていない。

それでもZIXIの記録には、こんなログが表示されていた。


《記録:声の同調現象 検出/分類:未解明》

《痕跡転移の可能性 高》


喉元に手を当てる。


(あの夜、何かが自分から離れていった気がした。不思議と苦しくはない。でも、この感覚は何て言い表せばいいんだろう?)


「記録が残っているのに、俺には何も思い出せない……」


ZIXIの画面に、淡い青で文字が流れていく。


《融合候補:Z001》

《補足:感情データとの共鳴状態に移行中》


(……Z001。あの名前、どこかで……)


◆ユイの異変と、声の“再生”◆


 ユイは鏡の前に立ち、静かに自分の姿を見つめていた。

まるで、自分の姿をスキャンするように、食い入るように見つめる。

そこに今まで見た事もない表情が見え隠れする。

潤んだ瞳。

苦しみをあらわした唇。

赤みを帯びた頬――

ふと、ユイの中に震えるように“音”が重なった。


「あなたの声が……私の中に入ってくる……」


ZIXIが自動的に起動し、ユイの内蔵センサーからのデータを記録する。


《感情抑制領域:崩壊まであと 8%》

《Zモデル001:動作異常 接近警報》


ユイは一瞬、鏡の中の自分を見つめながら呟いた。


「シュンさんは……誰のために、生きたいですか?」


ユイの声はかすかに震えながらも、どこか決意を帯びていた。

その瞳が、まるで何かを託すように揺れながら、真っ直ぐに鏡の中の“もう一人の自分”を見つめている。


「記憶ごと、私に……貰えませんか?」


その一言に込められた想いは、抑えきれない切なさと、祈るような願いだった。

その声は、ユイ自身のものにしては、あまりに違和感があった。


――まるで、誰かの“台詞”をなぞっているみたいだ。


ZIXIの小さなスピーカーから、ノイズ混じりの音声が漏れる。


『……融合を選べば、永遠に一緒にいられる』


「誰……?」


ユイの瞳がゆっくりと焦点を失っていく。

ZIXIの画面に赤い警告が表示された。


《言語制御オーバーライド:発動中》

《記憶侵蝕ログ:再生元不明》


◆ZIXIが見せた幻の対話◆


 夜。

静かな路地を歩くシュン。

ふと、胸元のスマホが振動した。


(通知……?)


画面に触れると、ZIXIがひとりでに起動を始め、強制的に再生モードへと移行する。


《自動再生ログ:アーカイブ映像》

《視点:S-ID_unknown》


視界がふっと切り替わる。

シュンは立ち止まり、まるで夢の中にいるような映像を見つめた。

そこには、淡い光の中、後ろ姿の女性がいた。


『この未来は、あなたの記憶の中でしか繋がらないの』


(何を言ってる……分からない……でも、この感覚は何だ……?)


その声が誰のものなのか、確信はなかった。ただ、懐かしい優しさが、胸の奥に滲んでいく。


(……あの声。忘れようとして、忘れられなかった声……。でも、どうして今、こんなにも切なく胸を締めつけるんだ……?)


◆静かな導き◆


 ZIXIの画面に、改めて新たなメッセージが表示された。


《融合プロトコル:残り期限 10日》


その数字が示すものが、運命の分岐点であることを、シュンはまだ知らなかった。


「誰が、俺を導き出そうとしているんだ……。」


声にならない声を発し、答えの出ないもどかしさを抱えながら、シュンは自宅へと足早に帰っていった……。


【第2章:記憶の錯綜編 完】 ――第3章へつづく――


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