第34話:融合の兆し
◆ZIXIのログと刻まれた期限◆
早朝、カーテン越しの光が差し込む静かな部屋。
シュンはベッドの上でまどろみながら、ZIXIのディスプレイに浮かぶ文字を再び見つめていた。
《融合プロトコル起動条件の確認中》
《対象記憶との同期率:87%》
《選択の刻限まで──残り12日》
シュンの喉元に、得体の知れない冷気が這い上がる。
それは、まるで“自分の知らない誰か”が静かにカウントダウンを見守っているかのようだった。
(……昨日より2%上がってる。何を基準に?)
画面には、他にも“音声データ”“映像記録”“接触履歴”などの項目が並んでいる。
(ユイとの会話も、カウントされてるってことか……)
ZIXIの記録機能は、シュンの身の回りのあらゆる出来事を、無機質に蓄積し続けていた。
(融合って……何を融合する? そしてその先に、何が待っている?)
喉元をそっとなぞる。
そこには、かつての声星の痕跡はなかった。
(声が出る、出ないという単純な問題じゃない。声を失ったとき、自分は“何か”を封じ込めた気がした)
ZIXIが記録する“ログ”と、自分の“声”が残す“想い” ──似ているようで、どこか違う。
(ログには残らない感情がある。消せない音がある。だから……)
◆ユイの観察と“感情”の兆し◆
昼過ぎ、再びユイと顔を合わせる機会が訪れた。
「昨日のコーヒー、おいしかったですよ。また行きませんか?」
言葉遣いは丁寧で柔らかい。けれど、その口調の“選び方”にどこか迷いのようなものが見え隠れする。
(最近、本当多いなぁ……ユイさん、俺なんか相手にしないで、劇団員とか、もっと若い人と行けばいいのに……。)
シュンはそう思いながらも、むげには出来ず、結局いつものカフェでお茶をする。
「……最近、記憶が重なるんです。人の名前や感情が、同時に思い出されてしまって」
「……夢でも見た?」
「いえ、起きて動いている時です。……少し変ですよね?」
ユイはそう言って、わずかに微笑んだ。
(起きて動く?相変わらず面白い言葉選びだ……)
「そんな時もあるよ……きっと芝居の影響じゃないかな。芝居していると、違う人格にならなきゃいけない。俺も、たまに自分を見失うことがあるよ。気にしない方がいい。」
「最近、記憶が重なるって言ったけど、“以前”って……いつのことになる?」
シュンが無意識に返した問いに、ユイは少し首を傾けた。
「それが、うまく言えないんです。いつからか、言葉の裏にある感情の順番が、自分の中でズレていくような……」
その言葉を聞いた瞬間、シュンの脳裏に、微かに音程のずれた旋律がよぎった。
──まるで心の奥で湧き上がる感情が、言葉になる直前でひと呼吸遅れてしまうような、そんな奇妙なラグが、彼女の話し方にはあった。
「それ、まるで……」
(記憶の再生……みたいだ)
口には出さず、心の中で呟く。
ユイの発言にはどこか“体験談”ではなく、“インストールされた記憶”のような不自然さが漂っていた。
「プログラムが狂った?」
──シュンは冗談めかして言った。
ユイが、それを聞いた瞬間、一瞬フリーズしたかに見え、そしてその動作も“重く”感じた。
やがて、ユイはカップを見つめたまま、微かに笑い、ぽつりと言った。
「たまに、自分が誰かの“台詞”を喋っている気がするんです。私が話しているのに、まるで誰かが話してるみたいな……」
(それは……もしかして)
シュンは返す言葉を失った。
店を出た帰り道。
交差点で立ち止まったユイは、信号が青に変わっても動かなかった。
その背中を見つめながら、シュンはふと感じる。
(ユイは、プログラム通りに動いているようで……揺れている)
◆再びのメッセージ◆
その夜、TINEにまたひとつ通知が届いた。
差出人:Ray Setsuna
本文:「すみません、どうしても気になってしまって。ZIXIを使っていたようなので……いくつか確認したいことがあります」
添付ファイルの形式は、ZIXIの互換形式。
開こうとした瞬間、ZIXIが警告を出した。
《外部ファイルからの同期要求》
《確認中……》
(外部?どうやって……)
だがその警告は、すぐに“承認”へと自動で切り替わる。
《Ray Setsuna:アーカイブ権限保有済》
(なんで、こいつが……?)
開かれたファイルには、あの舞台の音声が記録されていた。
けれど、ただの録音ではない。
──声が、重なっていた。
あの夜、自分が発したセリフ。
その奥に、もうひとつの声。
確かに兄のものに似ている。
「……やっぱり、そこからか」
シュンは、ZIXIの再生を止め、深く息をついた。
その瞬間、ZIXIに別のログが浮かび上がる。
《追記ログ:融合候補=ユイ・Zモデル001》
《推定プロトタイプ接触確認済/初期感情変動:検出》
(ユイ……?Zモデル……って、どういうことだ……)
──胸の奥に、ひやりとしたものが広がる。
知らされていなかった情報に、言葉にならない不安が押し寄せてくる。
(まさか……ユイが、最初から“仕組まれていた存在”だとしたら……?)
微かに震える指先で、シュンは再び画面を見つめた。
“融合”という言葉が、急に現実の重みを帯びて迫ってくる。
(ユイ……?Zモデル……って、どういうことだ……)
◆誰にも言えない違和感◆
その夜、シュンは誰にも連絡を取らなかった。
ユイにも、セツナにも。いや、“連絡できる状態じゃなかった”。
ZIXIは、黙ったまま次のログを記録していた。
《観測記録:Z001 感情抑制限界点への到達兆候》
その“Z001”が、誰を指すのか──今のシュンには、想像すらできなかった。
◆再生された“誰か”の視点◆
眠れぬまま、シュンはZIXIに再生命令を出す。
《記録ログ:Archive Playback》
《視点:S-ID_002(視線同期記録)》
映し出されたのは、あの舞台の千穐楽──自分とユイが向き合うラストシーン。
だが、そのアングルは明らかに“観客席”ではなかった。
(この視点……袖?いや、ユイの……)
動き、視線の揺れ、焦点の変化。
それらが、まるで“心”にリンクしているかのように、芝居の緊張と共鳴していた。
その視点の中に、一瞬だけ“反響音”が混じった。
微かに、どこかで聞いたような声。
(……アイ?)
思い出せそうで思い出せない響き──けれど、心に浮かんだその名前には、胸の奥をかすめるような懐かしさと、言葉にできない痛みが同居していた。
ZIXIが新たなログを表示する。
《補足:本データはZ001の主観記録に基づいています》
(Z001……やっぱりユイ、なのか)
だがその時、再生画面の片隅に、別のメッセージが点滅した。
《融合プロトコル:残り期限 11日》
カーテンの隙間から射し込む月明かりが、ZIXIのモニターとシュンの顔を照らしていた。
胸の奥に芽生える感情は、混乱と──かすかな期待。
(ZIXIが示す“融合”とは何なのだろう?)
──よく分からないが、この“融合”の先には、息を呑むような懐かしさと共に、忘れかけていた“誰か”の声が──まるで、もう一度自分を“呼び戻す”ために、遠くから届いていたような気がした。
(第35話へつづく)




