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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第2章:記憶の錯綜編
33/54

第33話:沈黙の中の呼び声


◆シュンの疑念と再確認(ZIXI・セナ・ユイ)◆


 部屋の片隅、ZIXIの端末が青白く光っていた。

その光は、夜の静寂を裂くように鋭く、冷たく張りつめたような空気を部屋に満たし、まるで“何か”が見ているかのような無機質な緊張を漂わせていた。

昨夜再生されたログの断片が、シュンの中で何度も反芻されていた。


『……観測は続いている。対象個体の“声”は一時消失。痕跡転移の可能性あり。』


(……痕跡転移?)


声星の痕跡は、舞台の千穐楽以降消えている。

喉には何の印もない。

だが、あの夜、確かに自分の声に重なる“もうひとつ”の響きが存在していた。

兄のものなのか、それとも……。

誰にも話せない。その声が、自分の中から発されたとは思えない。

ZIXIのログは、あの日から自動的に記録を続けていた。

だが、ノイズのせいか再生できないファイルも多い。


(……何かが記録されている。けれど、鍵がかかってる)


そして、セツナ——あの青年。

舞台を観に来た“ただの観客”としては、あまりに観察が深すぎた。


(何者だ、お前は)


◆セツナの行動(劇団訪問)◆


 その日、劇団の事務所にひとりの青年が訪れていた。

黒いコートの襟を立て、静かに名乗る。


「この前の公演で感動して……資料などを閲覧できないかと思いまして」


若手の劇団スタッフが丁寧に応対するも——


「ありがとうございます。個人の観覧は基本的にお断りしています」


と断る。


「そうですか……また出直します」


彼は名刺を差し出し、会釈して立ち去る。

名刺にはこう印字されていた。


——Ray Setsuna


その裏面には、手書きの英語でこう書かれていた。


“I’m not from here.”


スタッフはその文字を見つめたまま、しばらく動けなかった。

その手には、微かに震えが走っていた。

まるで、名前の裏に込められた“何か”を直感的に察知したかのように。


◆ユイの“ノイズ”◆


 カフェでの対話。

ごく日常的な再会のはずだった。

けれど、何かが“演じられている”ように感じた。


(それにしても、ここ最近、ユイさんからの誘いが多いな……)


「セナさん、今日も声……あまり出ないんですね」


その響きは優しかった。

だが——どこか、温度が感じられなかった。


「ああ、でも前会った時よりだいぶ出しやすくなったよ。日常会話程度なら、ボリュームは出ないけど、何とか。」

「良かった。心配していました」

「ユイさん……ずっと気になっていたんだけど、どうして、あの舞台に?」


ユイは少しだけ首をかしげる。


「たしか……あの公演と、シュ……セナさんを紹介してくれたの、ラさんだったと思うんですけど……」

「ラさん?」


(シュ?今シュンと言いかけた?……あ、そうか、ラさんってサラのことかもな)

(でもサラのやつ、何も言ってなかったよな)


「あっ……違いました。リカさん、だったかなリカさんに……勧められて……」


ユイ、少し黙り込む。


「……いや、アーさん、かもしれません」


シュン、眉をひそめる。


「アーさん?」


ユイ、表情を曇らせながら、少し笑って。


「すみません。記憶が……ちょっと混乱していて。名前が、時々、混ざるんです」


(……アーさん。妙に引っかかる響きだ。アイ、に近い。でも……まさか、そんなはずは——)


ユイはカップを見つめながら、ぽつりと言葉を漏らす。


「でも、どの方も……セナさんのこと、すごく気にかけてたって、そう記憶してます。なぜか……」


その瞬間、シュンの心に一瞬だけ波紋が広がる。

だが、ユイはすぐに話を続ける。


「遠い親戚のようなもので、あの舞台に出てみないかと紹介されて」


ユイは小さく首を傾けたまま、ふと笑った。


「……おかしいですね。最近、感情が……こう、言葉の順番に影響するんです。前はこんなこと、なかったのに」


ユイは言葉を選ぶように間を置きながら話していたが、まるで感情の起伏が、そのまま文法の配置に滲んでいるようだった。

言いたいことが途中で変形し、最後の語尾が急に別の意味を帯びてしまう。


(……結局誰のこと?なぜ、名前を濁した?)


何気ない一言の中に、どこかロジックの乱れのような“ノイズ”が混じっていた。


◆ZIXIログの自動更新/「融合プロトコル」◆


 深夜、シュンの部屋。

ZIXIが、自動的に起動された。

ログ画面が勝手にスキャンを始める。


《融合プロトコル起動条件の確認中》

《対象記憶との同期率:85%》

《選択の刻限まで——残り13日》


(……融合? 記憶の一体化? 何のことだ?)


その言葉の背後に、ZIXIという存在が無感情にこの“選択”を促しているという事実が、静かに——しかし不気味に——シュンの神経を締めつけていた。

ZIXIの冷たい光が、部屋の闇を淡く照らす。

その“融合”が何を意味するのか、まだ誰も知らない。


——その夜。

シュンは眠れずに、ZIXIの画面を見つめていた。


不気味なまでに沈黙するそのアプリが、ただそこにあることさえも、胸の奥に重くのしかかっていた。

ふと気まぐれに、再び舞台映像のファイルを再生する。


「……?」


シュンの眉がわずかに動いた。


《ZIXIログ:特別記録/視覚同期ファイルの再生を開始しますか? Y/N》

《Y》

《録画元:視覚センサー U-13》

《時刻同期:千穐楽公演・22時47分45秒》


映像には、自分とユイが演じるあの舞台のラストシーン。

だが、そのカメラの角度は通常のアーカイブとは異なっていた。


(このアングル……客席じゃない。まるで……袖から?)


息を呑むような違和感が、胸の奥にじわりと広がる。

しかも、その視線の揺れ方には、明確な“感情の波”が見えた。


(……これ、ユイ視点の映像か? そんな記録……残ってたか?)


画面の中のユイの表情が、どこか儚げに光っていた。


◆記録ファイル:Observation Log◆


《観測記録:第7公演において声星の反応異常。痕跡転移は確認された》

《干渉レベル:最小に抑える必要あり》


ZIXIの画面には、淡い光で点滅するログが浮かんでいた。


【M-Case : Log Access Pending】


誰かの声が、ひそやかに呟く。


「Mは……まだ見つかっていない」


その言葉を聞いた瞬間、シュンの胸の奥に、針のような記憶の引っかかりが生じる。


——“M”とは、何のことなのか。


語られぬまま、光だけが、ログを照らしていた。


(第34話へつづく)


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