表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第2章:記憶の錯綜編
32/54

第32話:揺れる影と沈黙のサイン


◆静寂と空白◆


 舞台が終わり、静かな日々が戻ってきた。

次の仕事や舞台の予定もまだなく、シュンは久しぶりに予定のない朝を迎えていた。

インスタントコーヒーの湯気が立ち昇るキッチン。

味気ない朝食をかきこみながら、ふとテレビの音に耳を傾けるが、内容は頭に入ってこない。

舞台の余韻は確かにあった。

けれど、それ以上に“虚ろな静けさ”が心の隙間をゆっくりと満たしていく。


「……やっぱり、まだ戻らないか」


鏡の前で喉元に触れる。声星の痕跡は、あの日からずっと現れないままだ。

それなのに――舞台のあの瞬間、確かに感じた。


(もうひとつの“声”が、重なっていた)


兄の記憶。

過去の残響。

それとも――誰かの想い?

どんなに想いを巡らしても、心当たりは見つからない。

その問いは、答えのないまま胸の底に沈んでいった。


◆ユイからの誘い◆


 午後、TINEに通知が入った。

差出人はユイ。


『お久しぶりです。よかったら、お茶でもどうですか?』


それは、ただの挨拶のようでいて、どこか温度の測れないメッセージだった。

久しぶりに再会したユイは、以前と変わらず穏やかな表情を浮かべていた。

だが、何かが違っていた。


「最近、どうですか?」


そう訊かれて、シュンはうなずくだけだった。

声が出ないことは、すでにユイも知っている。


「……あの舞台のあと、私もしばらく休もうかと思って」


喫茶店の席で、ユイはそう言った。

カップに口をつける仕草は自然だったが、ひとつひとつの動作に“生気”のようなものが宿っていない気がした。

シュンはふとたずねてみた。


「ユイさん、コーヒーは好き?」

「味は……どうなんでしょう。まだよく分からないんですが」


そう言いながら、微笑を浮かべる。

けれど、その笑みには温度がなかった。


――シュンは一瞬、言葉の意味を読み取れずにまばたきをした。


(まだよく分からない?……何か、ずれてる)


舞台の稽古中から感じていた微かな違和感が、今こうして面と向かって座っていると、よりはっきりと輪郭を持ち始める。

ユイがスプーンをかちゃりと皿に置く。


「でも、思ったんです。何か変わったのかもしれないって」

「え?」

「来栖さんも、私も、あの舞台が何かを変えた……ような気がして」


ユイの声はいつも通り柔らかかったが、ふとした瞬間、瞳の奥にうっすらと陰が差したように見えた。


(……あの時の舞台、俺だけじゃなかったのかもしれない)


◆再び現れる名◆


「そういえば……」


ユイがふと思い出したように言う。


「“レイ・セツナ”っていう名前、覚えてますか?」


シュンは静かにうなずく。

忘れられるわけがない。


「また連絡があったんです。再演の企画に興味があるって。舞台についてもっと話を聞きたいとも」


その言葉に、シュンの背筋がわずかに伸びた。


「観劇アンケートの劇団サイトへの書き込みとは別に、直接、TINEの劇団グループアカウントに送られてきたんです。セナさん見ました?」


(……っ?!セナさん? 今までユイは“来栖さん”って呼んでたはず……)


「い、いや、最近グループTINE開いてなかった。でも、何でグループに入れるんだ?」

「そこが不思議なんですが、一先ず見てください」


ユイはスマホを差し出した。


《I'm interested in how that voice worked. If possible, I'd like to meet the actor personally.》


文末に記された名――Ray Setsuna


「この人、やっぱり……普通じゃないですよね」

「……普通って、何だろうな」


シュンは画面から目をそらし、小さくつぶやいた。


◆ZIXIの記録◆


 その夜。

部屋に戻ったシュンは、ふとZIXIのパネルを起動した。

画面に映し出されたのは、未読ログの通知だった。


《RECORD:SETSUNA_Overlay.log》


再生をタップする。

ノイズ混じりの音声の中、かすかに誰かの声が聞こえた。


『……観測は続いている。対象個体の“声”は一時消失。痕跡転移の可能性あり。』


その声に、聞き覚えはなかった。

しかし、誰の声かは思い出せない。


(誰だ……お前は……)


画面が暗転し、ZIXIの光だけが部屋を照らしていた。


「……この光に包まれると、まるで魂の輪郭が透けて見えるようだ……」


思わずつぶやいたその言葉が、誰かに聞かれているような錯覚を生む。

天井を見上げる。

指先が、小刻みに震えていた。


――心の奥に、何かが入り込んできている。


◆青年の記録ノート◆


 一方その頃、別の場所で――

カフェの片隅、ノートパソコンの前に座る青年が、ログ再生の映像を見つめていた。


「痕跡の移動……やはり、星の継承は始まってる」


小さく呟いた言葉は空気に溶けるように消える。

青年の前には一冊のノートが広げられていた。

そこには、こう記されている。


《対象:今井シュン/声星痕跡消失確認》

《第7公演データより異常反応を検出》

《関連個体:セナ・クルス(来栖セナ)への干渉開始》

《Note:The M case is unnotified.》


パソコンの画面に戻ると、そこでは舞台の千穐楽の映像が再生されていた。

だが、ある瞬間に画面が切り替わる。


――舞台全体ではなく、ある一点。

シュンの目線と同じ高さ、ユイの立ち位置からのアングル。


「……この視点……まるで……」


思わず身体を起こし、巻き戻しを繰り返す。


「やっぱり……これは観客席からのカメラアングルじゃない……」


唇を噛みしめながら、青年はノートに書き足す。


《記録映像に異常カットイン:俯瞰不可の内部視点確認》


「この映像、どこから送られてきた……?」


画面右上には、ZIXIのマークが小さく光っていた。

――それが、誰の意志による“送信”なのかは、最後まで記されていない。

だが、確かにそこに、“誰かのまなざし”のようなものが、滲んでいた。

青年は目を閉じ、静かに息を吐く。


「……時間は、まだある」


再び目を開いたとき、その瞳には、決意の色が宿っていた。


(第33話へつづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ