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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第2章:記憶の錯綜編
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第30話:声が、重なった日


◆千穐楽の開幕前、父の来場◆


 舞台公演の千穐楽。

楽屋入りしたシュンの胸には、昨日の対話の残響が、ひとしずくのざわめきとなって残っていた。


昨日の父との会話——


たった数行の言葉が、まるで過去から舞い戻った残響のように、心の奥に沁み続けていた。

支度を整える手を止め、シュンは鏡に映る自分の顔を見つめる。

額のかたち、喉仏の輪郭、まなざしの奥。


(……父さんに、似てきたな)


そう思うたび、幼い頃に投げかけられた何気ない言葉がふと甦る。

それは厳しさに包まれていたけれど、今は優しさの匂いがする。


「今日は神回になる気がするな」


共演者のひとりが笑いながら声をかけてきた。


「……だな。千穐楽って、いつもと違う力が降りてくるから」


シュンも静かに頷く。

舞台袖に向かう途中、ふと客席を覗き込んだ瞬間——


(……え?)


観客の波の中に、ひときわ背筋の伸びた男の姿があった。


(父さん……?)


母からは「行かないって言ってた」と聞かされていた。

それなのに——父は、開演前の静けさの中、ただ黙って舞台を見つめていた。

その姿を目にしたとき、心の奥から言葉が立ち上がってくる。


——『お前には、自由でいてほしかった』


あのときの、あの目。

何も言わず、すべてを受け止めていた父の沈黙が、今になって胸を締めつける。


◆舞台中に起きる“異音”◆


 開演のベルが鳴り響く。

舞台には、千穐楽だけが纏う特別な空気が広がっていた。

それは緊張とも違う、静かな炎のような集中力。

クライマックスの場面——シュンが、大切な台詞を放ったその瞬間。

ZIXIは、自動で記録モードに移行していた。


《音声ログ収録中:一致率スキャン開始》


だが直後、その画面に異変が現れる。


《警告:音声の重複記録を検出》


(……重複?)


なぜZIXIが“重ね録り”と判断したのか——その答えは、舞台の上にあった。

不意に胸がざわつく。

舞台袖に戻った瞬間、胸騒ぎのままZIXIを手に取り、誰にも気づかれないよう再生を始めた——

そこには、たしかに“もうひとつの声”が重なっていた。


(この声……)


その響きは、かつてログの中で聞いた、兄の声に酷似していた。

その瞬間、時の流れが一瞬止まったような気がした。

カーテンコールが訪れ、舞台は無事終焉を迎える。

この千穐楽の舞台は、観る者、演じる者すべてに、どこか“異質な感動”を残した。

誰も明確に言葉にはできないまま、それぞれの胸の奥に、静かに沈んでいった。

舞台上では誰も気づかなかったようだが、演出家は不思議そうに呟いた。


「……今、一瞬だけだけど……セナくんの声が、二重に聞こえた気がして」


……


楽屋に戻ったあとも、共演者たちはざわめいていた。


「舞台の神が降りてたよね」

「……いや、降りたっていうより……誰かが“重なった”みたいだった」


観客のひとりも、帰り際にぽつりと呟いた。


「……主人公のあのセリフ、途中から……違う人が一緒に喋ってたように聞こえた」


終演の拍手は、どこか震えるような余韻を残していた。


——その時、ひとりの青年が劇場の後方席に立ち尽くしていた。


終演の拍手の中でも、彼の表情は微動だにしなかった。

まるで、自分の“出番”を待つ者のように——。


「……やっぱり、ここか」


ユイの芝居を見つめる瞳には、何かを確かめようとする光が宿っていた。

舞台の中盤、セナの声が一瞬だけ重なったとき、彼は確かに“何か”を感じていた。

けれど、それはまだ——誰にも言えない“違和感”のままだった。


◆打ち上げの静寂と父の姿◆


 共演者たちの笑い声が、打ち上げ会場へと遠ざかっていく。

シュンは、ただひとり舞台袖に残っていた。


(……終わったんだな)


通路の先、照明の落ちたロビーに、ひとつの影が佇んでいた。


——父だった。


「……良かったよ」


それだけを呟き、静かに視線を合わせる。

その瞬間、父の瞳がシュンの喉元へと一瞬向けられた。


「……“星”が、消えているな」

「え?」

「……いや、独り言だよ」


父の声には、何か過去と未来をつなぐような揺らぎがあった。


「……ありがとう、父さん」


言葉はそれだけでよかった。


◆消えた“声星”と、兄の記憶の気配◆


 帰宅後、シュンは静かにシャツを脱ぎ、鏡の前に立った。

喉元を指先でなぞる。

かつてそこにあった、小さな“星のアザ”——声星。


(……ない)


消えていた。

それは、名もなき星が旅立つような静けさだった。

まるで、誰かに受け継がれていったかのように。

ZIXIが、静かに起動する。


《ログ再生中:HAYATO_Overlay.mic》


再生されたのは、あの千穐楽のシーン。

舞台の上で放ったシュンの声。


——そこに、もうひとつの声が重なる。


それは、録音でも記録でもない。

まるで“記憶の奥”から浮かび上がってきたような感覚。


(……この身体の奥で、兄さんの“声”が目を覚ました気がした)


忘れかけていた感情、言葉にならない想い。

それらすべてが、兄の“声”に導かれるように、胸に染み込んでくる。


(あの夜、あの舞台で……兄さんの声は、俺の中に棲みついた)


◆TINEからの新着メッセージ◆


 スマホが震える。

TINEに、新着音声メッセージが届いていた。


差出人:非公開

メッセージ:「次は——“セツナ”の番だ。君は、もう気づいているだろ?」


(……セツナ?)


その名前を目にした瞬間、胸の奥で何かがざわりと動いた。


——既視感。いや、それ以上。


(聞いたことがある……いや、知っている)


そう、確信にも似た感覚が、脊髄を撫でるように走った。


(これは……これまでの“演出”とは違う)


物語は、新たな舞台へと進もうとしている。


(第31話へつづく)


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