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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第2章:記憶の錯綜編
29/54

第29話:沈黙の背中、父の真実


◆父の背中と、繰り返す記憶の声◆


 シュンはまた実家を訪れた。

それは舞台千穐楽の前日だった。

母は相変わらず優しく迎えてくれたが、家の中にはどこか張りつめた空気があった。

父──今井コウシは書斎にこもったまま顔を出さない。

居間に腰を下ろし、幼い頃に読んだ絵本がまだ棚に残っているのを見つけると、 無性に懐かしさが込み上げてくる。


(あの頃は、兄の存在なんて微塵も知らなかった)


そんな時、ZIXIからの通知が届く。


《再生中:音声記録 今井コウシ/1983年9月18日》


『……なんでだ……次男には出ないはずなのに……星が……?本来、“あれ”は……長男だけに現れる印のはずだ……』


(……これは、父さんの声? 星?)


ZIXIの音声は続く。


『このままでは、あいつと同じ道を辿ってしまう……。クラシックだけは……やらせてはいけない』


そのときの父の困惑と恐れが、そのまま音声に滲んでいた。


◆書斎での対話:父との静かな対決◆


 思い切って、書斎の扉をノックする。


「……父さん、話がしたい」


中から、重い沈黙のあとに微かな椅子のきしむ音が返ってきた。


「……入れ」


書斎に足を踏み入れると、父は背を向けたまま書棚の前に立っていた。


「父さん。俺、知ってる。ハヤト兄さんのこと……そして、さっきZIXIで“星”っていう言葉を聞いたよ」


その背中がわずかに動いた。


「ZIXIで、記録を見た。父さん……なんで黙ってたんだ」


しばらくして、父は振り返らずに呟いた。


「……お前には、関係ないことだった。そう思ってた」

「でも、その“星”って何なんだ?……俺には、記憶がない。けど、ZIXIは……あのときの音を、残していた」

「……まさか、あれを聞いたのか」

「次男には出ないはずなのに……星が……って」

「……そうだ。星は、本家の長男だけに現れるはずだった」

「だから、その星って、なんだよ!」

「お前、鏡で見た事あるだろう?喉仏の近くにある、痣を……」

「あざ?」

「あれは、今井家の本家の長男に現れる特殊能力の“しるし”なんだ」

「しるし?星が?」

「そして、その星を持った者の声帯は、特殊な能力を秘めている」

「特殊な能力?」

「そうだ。今井家、一子相伝のその能力を"声星(せいせい)"という」

「声星……」

「その星を持った者の声帯から発せられた声が、クラシックの音階、特に純正律と交わる時、驚異的な能力を発揮する。」

「純正律?」

「調律の話だ。現代の音楽は少しだけズレてる。でも純正律は、“本来の波長”に近い。……お前の声は、それと重なったとき、異常なまでの“共鳴”を引き起こす」

「……普通のクラシックでも、共鳴は起きる。だが、純正律──“自然界の周波数に限りなく近い音階”と融合したとき、能力は臨界点を超える」

「臨界点……?」

「人の心に直接、届いてしまう。記憶の奥底にまでね。だから……危険なんだよ。」


父は、ようやく振り返り、真っ直ぐにシュンを見た。

その目には、恐れと、深い後悔が混じっていた。


「クラシックと融合した時、お前の声は“響きすぎる”。 音が記憶を揺らし、聞いた者の感情に干渉する。……それは、もはや兵器だ」

「……俺が、そんな力を持ってるなんて思いたくなかった」

「だからこそ、私は……わざとクラシック以外を、特にお前が好きなロックを徹底的に否定した。“あれ”を引き出させないために、あえて反抗心を煽った。ギターも、母さんに持たせた。それが正しかったのか、今でも……。お前に力があると分かった瞬間から、私はずっと恐れていた。父として守らなければならないものと、国から求められる責任との狭間で、自分が壊れそうだった」

「母さんに“優しさの役”を託してたんだね。でも、そうは言っても、クラシック以外を禁止したら、俺もクラシックに没頭するかもしれないよね?いくらギターを渡したからって」


父は苦笑いを浮かべた。


「お前の性格は熟知している。お前は禁止されたら絶対反発する。私もそうだった。実を言うと、私は若い頃、ロックが好きでね……だがそのせいで能力は途中で消えた。ロックには“共鳴”を遮る性質がある。……本来の音の純度から遠ざかることで、声星の力は次第に鈍っていった。私は政府に入り、今井家を守るために“中から”立場を得るしかなかった」

「その頃にはハヤトに“星”が現れていた。あいつはクラシックしか興味を持たなかった。ロックをやらせても意味がなかった……」

「音楽から少しでも距離を取らせたくて、演劇を勧めた。音の力は弱まるかと思ったんだ。だが……むしろ“声星”の力が研ぎ澄まされてしまった。ハヤトは天才俳優と呼ばれるようになり、政府が動き出した」

「私はもう能力を失っていたが、さらに政府中枢に入り込むことで、せめてハヤトを守ろうとした。……だが、プロジェクトは止まらなかった」

「私は“味方のふりをする敵”としてプロジェクトに潜った。……それが、唯一できる父としての抵抗だった。だが、その代償は大きかった。何年もの間、家族を遠ざけ、正体を隠し、信頼すら失いかけた。それでも私は、子どもたちを守るために、その役を選んだんだ」

「だから、お前だけは……この地獄に巻き込みたくなかった。私に似てるからこそ、利用される未来が見えてしまった」

「……父さん」

「お前は、私が何よりも──愛している。だからこそ、離したかったんだ」


◆父から託された願い◆


 シュンは言葉を失ったまま、父の机に目を向ける。

そこには一枚の便箋が置かれていた。


「それは……私が政府と交わした最後の“契約解除”届だ」

「……え?」

「ハヤトの件で、今井家の声帯データはすでに提出済みだ。 お前まで差し出すわけにはいかない」

「これを出すまでに、何年もかかった……。組織の中で立場を得て、表も裏も演じ続けて、ようやくここまで辿り着いた。……だが、遅すぎたかもしれないな」


便箋には、今井コウシの筆跡でこう記されていた。

彼がこの契約に至るまで、どれほどの葛藤と覚悟を背負ってきたかを思うと、シュンの胸には言葉にできない熱が込み上げていた。


『今井シュンへの介入をこれ以上一切行わないこと。記録データは全て破棄されるべし。』


「父さん……」

「お前はもう、自分の声で、自分の道を歩め」


その言葉に、胸が熱くなった。

父は、不器用なやり方で、ずっと家族を守ってきたのだ。

シュンは深く頭を下げた。


「ありがとう……父さん」


(第30話へつづく)


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