第27話:父の沈黙、母のまなざし
◆朝の静けさと、ZIXIのログ通知◆
早朝、カーテン越しの柔らかな光が部屋に差し込んでいた。
シュンは静かに目を覚ますと、枕元のスマホに手を伸ばす。
画面には、ZIXIからの新着通知が表示されていた。
《新しい記憶ログが開示可能です:2003年8月15日 今井家・居間》
(2003年……俺、23歳の頃か? そんな記憶、あったか?)
表示された日付と場所は、記憶の片隅にもなかった。
だが、ZIXIが提示するものには、必ず意味がある。
まるで記憶が、今この瞬間を選んで開かせているかのように──。
シュンは深呼吸して、再生ボタンを押した。
◆開かれた記憶:父と母の会話◆
再生されたのは、くぐもった環境音と共に、聞き慣れた両親の声だった。
『……ハヤトの話はやめて』
『でも、あいつは……あの子は“持ってる”。それが怖いんだ』
『シュンには、同じ思いをさせたくないの』
会話は短く、しかし重かった。
(……今のは……母さん?)
ハヤト。
あの名前が、また出てきた。
“あの子は持ってる”。
──持ってる?何を?
父の声は、演技の才能を指していたのか、それとも……。
シュンは無言でスマホを伏せた。
ZIXIは、ただ記録を再生しているだけのはずなのに、その音声は心の奥を激しく揺さぶった。
◆母のまなざしと沈黙の朝食◆
シュンは思い立って、夜公演だけの日に実家に向かった。
父は不在で、母が一人、朝食の準備をしていた。
「久しぶりね。舞台、頑張ってるのね」
「……まあね。観に来たら?」
「ううん、いいの。私は……こうしてるだけで十分」
「俺、母さんに観に来て欲しい」
「母さんも本当は観に行きたいけど、お父さんが……」
「そか……」
──俺は、それ以上言わなかった。
和やかな朝食。
けれど、母の視線には何かがあった。
優しさの奥に、張りつめたものを感じた。
「……母さん。俺って、小さい頃、何か……隠されてたことある?」
箸を持つ手が、ふと止まる。
「どうしたの、急に」
「ん?なんとなく。最近、昔のことが……思い出されてきて」
母は、笑ってごまかした。
「あなたはあなたよ。昔も今も、何も変わらないわ」
笑ったその目が、まるで本当の感情を覆い隠すように、わずかに泳いだ。
(本当に……そうだろうか)
◆父の書斎に残された断片◆
食後、シュンは無意識に父の書斎に足を運んだ。
そこには古いアルバムと、舞台関係の資料が無造作に置かれていた。
積まれた紙束の中から、一枚のチラシがこぼれ落ちる。
《特別演劇公演:出演 今井ハヤト》
──今井ハヤト?!
(やっぱり……)
裏面には、手書きのメモが残されていた。
《HAYATO. It's all for your future. - Dad》
(父さん……全部知ってたんだ)
兄は居たんだ。
本当に生きていたんだ。
そして父は、その兄を“未来のために”何かに差し出した。
ふと、棚の奥に貼られていたメモが目に入った。
《クラシック以外は禁止。あえて逆らわせるために、厳しく育てること。ギターは母から贈るように》
(なにこれ?これは……父さんの手書き? まさか、ロックをやらせるために?)
もう一枚、黄色く色褪せた紙にこう書かれていた。
《クラシックの声帯特性は、国家プロジェクトにより記録・分析される恐れあり。シュンの喉を守ること。》
(……俺がロックを選んだのも、父さんの“演出”だったってことか)
(あんなに厳しい父さんが、裏ではそんなことを……。母さんに“優しさの役”を託してたのか)
──その紙片に記された言葉は、やがて“声”にまつわる、ある計画の断片へと繋がっていくことになる。
◆ZIXIの映像ログ:少年ハヤト◆
自宅に戻ると、ZIXIが自動的に再起動し、新たなログを表示した。
《再生中:Visual Log - HAYATO_Stage_Prototype.mov》
映し出されたのは、舞台稽古の様子。
10代の少年ハヤトが、舞台上でセリフを吐き出す。
──これが、ハヤト、いや兄さんの姿……俺に、似ている。
『──ありがとう、じゃ足りないんだよ!』
演出家の声が響く。
『まるで記憶をなぞってるみたいだ。演技じゃない……まるで未来を演じてる』
カメラがパンすると、稽古場の隅に立つ父の姿が映っていた。
厳しくも静かな目で、ハヤトを見守っていた。
(父さん……)
言葉にできない何かが、胸に迫ってきた。
◆自分の“原点”と向き合う◆
その夜、シュンはZIXIのログをすべて閉じて、静かにギターを手に取った。
(なんで、俺は演じる道に戻ったんだっけ……)
最初は逃げ道だった。
ミライとの別れ、音楽の挫折。
でも今は違う。
演じることの奥に、誰かの声を感じる。
誰かの“意志”をつなごうとしている感覚。
(兄さん……)
遠い過去が、今の自分に重なってくる。
◆新たなページの気配◆
TINEに、ユイからの新着メッセージが届いた。
《明日、もうひとつの“脚本”をお渡ししますね》
──もうひとつの脚本?何を言っているんだ。
そう思い、そのメッセージを見つめながら、シュンはZIXIの画面に映った自分の記録に呟いた。
心の奥で何かが反発する。
運命ではなく、自分の意思で選びたいという願い──。
「俺はもう……誰かに演じさせられるだけの人生じゃない」
夜は深く静かに、更なる“記憶”を連れてやってくる。
シュンは、この記憶の交錯が、更なる“再構築”を引き起こす事になるとは、その時は知る由もなかった。
(第28話へつづく)




