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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第2章:記憶の錯綜編
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第26話:記憶が選ぶ未来


中日(なかび)の夜、静かな再会◆


 舞台公演の折り返し――中日(なかび)

昼公演が終わった舞台裏では、共演者たちが手際よく衣装を片付け、楽屋の鏡前(かがみまえ)を整頓し、小道具を所定の位置に戻し次の公演へと備えていた。

シュンはすでに楽屋を後にし、指定されたカフェの一角でユイを待っていた。

店内には控えめなジャズが流れ、カップと皿が触れ合う音が、心地よい静寂をつくっていた。

ふと耳に入ったピアノの旋律に、シュンの指先が止まる。


(……この曲、聞いたことがあるような……)


単なる既聴感か、それとも――。

思い出せそうで出せないその音が、胸の奥を優しく揺らす。


(どこかで……でも、夢だったかもしれない)


そんな考えをかき消すように、軽やかな足音が近づいた。


「お待たせしました」


ユイが、柔らかな笑みを浮かべて立っていた。


「ううん、ちょうど来たところ」


ふたりは自然と、店の奥の静かな席に座った。


◆揺さぶられた感情◆


 ユイがアイスコーヒーにストローを差し、軽く口をつける。

グラスの中の氷が微かに揺れた。


「……今日の舞台、すごく、揺さぶられました」

「そう……だね」


シュンはゆっくりと頷いた。


「前より、自分の身体に“台詞が入ってくる”感じがした」

「わかります……私も、自分じゃない誰かの気持ちを借りて喋ってるようで。でも、それが不思議と自然で」

「……あの台詞、自然に出てきた。でも、台本に書いてあったみたいなんだ」


一瞬、空気が止まる。


(……あれ? このやり取り、前にも……)


不思議な既視感――。

まるで“繰り返された記憶”の中にいるような感覚。

シュンは言葉を続けるか迷いながらも、笑ってごまかした。


◆会話のズレと重なり◆


「来栖さん、覚えてますか?」


ユイが、少しだけ視線を逸らして言った。


「昔、稽古のときに……同じセリフ、言ってましたよ」

「えっ……」

「“信じてたんだ。君が来てくれるって”。あのときも同じトーンで、同じ間で……」


シュンは言葉を失った。


(俺は……覚えてない。けど……)


「でも、その稽古の映像、残ってないんです。ZIXIにも、私のデータにも」

「……残ってない?」


ユイは軽く頷いた。


「だから、たぶん……夢で見たのかもしれません」


――夢。


また、その言葉。


◆“誰かの記憶”と繋がる瞬間◆


「来栖さん、昨日のログ……何かありましたか?」

「……ああ、ZIXIが一つ、古い音声ファイルを開いた」

「記録、でしたか?」

「……そう。2007年の、舞台稽古の音。子供の頃の誰かの声」

「その声……誰だったと思いますか?」

「……俺に、似てた。驚くくらい」

「きっと、似てるんじゃなくて、“つながってる”んだと思います」


その言葉に、思わず視線が合った。

ユイの瞳の奥に、かすかな光が宿っていた。


「つながってる?」

「人の記憶って、たぶん一本の線だと思うんです。時々、違う記憶と重なり合って、まるで別の人の感情を、自分のものみたいに感じることある」

「……そんな風に、思ったことなかった」

「でも、来栖さんは……そういう記憶を持っている人だから」


◆自分の声ではない“ありがとう”◆


沈黙の中、シュンはあの夜の出来事を思い出す。


「……“ありがとう”って、あの夜、言ったんだ。確かに、俺が」

「はい」

「でも……ZIXIのログには、俺じゃない声紋が記録されてた」


ユイは微笑んだまま、何も言わない。


「それでも……君は、微笑んでくれた」

「だって、その言葉は……来栖さんの“心”から出たものだったから」


シュンの胸に、波のように静かな何かが広がっていく。


「言葉は、発した人のものじゃない。聞いた人の中で、意味を持つんです」


(……じゃあ、俺の声が届いていたってことか)

(記憶の代弁者――そういう存在も、あり得るのかもしれない)


◆同じ“問いかけ”の再演◆


 グラスの底に残ったアイスコーヒーを見つめながら、ユイが小さく言った。


『たとえば、私が違う名前で、違う場所に立っていたとして。あなたは、それでも私だって気づけますか……?』


その言葉。

昨日、電話越しに聞いた。

まったく同じイントネーションで、同じ“間”で。


(また、これか……)


心が静かにざわめく。


(どうなってるんだ……これは“記憶の再生”なのか?それとも“誰か”が操作しているのか)


「……それでも、君だって分かるよ」


シュンはゆっくりと答えた。


「俺の心が、ちゃんと覚えてるから」


まるで、用意された台詞のようにシュンはそうユイに語りかけた。

ユイは、少しだけ目を伏せた。


◆ZIXIと“選ばれる記憶”◆


 カフェを出ると、夜風がシャツの袖を揺らした。

別れ際、ユイはふと足を止めて言った。


「来栖さん……あなたの中にある“記憶”、きっとこれからも、誰かの未来に続いていきます」

「……未来に?」

「はい。記憶は選ばれるんです。必要な人に、必要なときに」

「想いも、声も――記憶と同じように、誰かの中に引き継がれていくんです」

「……選ばれる、か」

「ZIXIも、それを知ってるような気がします」


頷いたユイは、そのまま一礼して、夜の街に溶け込むように去っていった。

その直後、ZIXIの通知がスマホを震わせる。


《新規記録の収集開始:記憶選別アルゴリズムを適用中》


(……今度は、どんな記憶を見せてくるんだ)


それでも――


「俺は、それを“自分の言葉”にしてみせる」


夜空を見上げながら、シュンは小さく、決意のようにそう呟いた。


……


カフェの店内では、グラスを下げに来た店員が、ふとつぶやいた。


「……あれ? このお客さん、コーヒー、全然減ってない……?」


まるで、時間そのものが一時停止していたかのような静けさだった。


(第27話へつづく)


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