第24話:繋がらない記憶
◆深夜のTINE通話◆
午前1時過ぎ。
静まり返った部屋に、スマートフォンの通知音が微かに響いた。
《TINE通話リクエスト:ユイ》
(こんな時間に……)
シュンは少し迷った末、通話ボタンを押した。
画面にユイの名前が表示される。
「……こんばんは、遅くにすみません」
イヤホン越しに、ユイの声が届く。
(この声……)
どこかで、何度も聞いた気がする声。
ユイのはずなのに、ふとした間の取り方、息継ぎの仕方、言葉の抑揚が、“誰か”に似ている。
「大丈夫。寝てなかったし」
「よかった……今日、少しだけ話したくなって」
シュンは頷く。
沈黙のままでも、会話は成り立つような感覚がそこにはあった。
「昨日の……舞台、本当にすごかったです。来栖さんの“あの台詞”、まるで本当に誰かを待っていたように聞こえました」
「……待ってたよ。誰かを。……でも、それが誰なのか、自分でも分からなくなってきてる」
ユイは小さく息を呑むような音を立てたあと、囁くように言った。
「来栖さんの“声”って、記憶を呼び起こす力があると思うんです」
「……俺の声が?」
「はい。私……たまに夢の中で、あなたの声を聞くんです。でもそれは舞台の稽古の記憶じゃない。もっと……昔の景色の中にあるんです」
◆記憶と夢の狭間◆
「それって、夢じゃなくて“記憶”ってことか?」
「分からないです。でも、“夢で思い出す記憶”って、ありませんか?」
シュンは、思い返す。
昔、母親がぼんやりとつぶやいていたことがあった。
——お兄ちゃん、舞台の上ではすごかったのよ……
その言葉の意味を、幼い頃のシュンは気にも留めていなかった。
でも今になって、それが“誰か”に繋がっているような気がしてならなかった。
「記憶って……本当に自分のものなんだろうか」
シュンがぽつりと呟くと、ユイは少し間を置いて答えた。
「それは、私もずっと考えてきたことです。だからZIXIにアクセスするのが怖いときもある」
◆音が記憶を呼び起こす◆
「私……小さい頃、ある声を聴くと、知らない映像が頭の中に流れ出すことがありました」
「映像?」
「はい。光の差す教室、ガラス窓に反射する影、人の名前。……だけど、現実にはそんな記憶はないんです」
(ミライもそんなことを言っていたような……)
「“音の記憶”って、誰かの想いと繋がる回路なのかもしれない」
ユイのその言葉に、シュンの胸がざわついた。
「……もし、記憶が“音”で伝わるなら、それはもう、俺たちだけの記憶じゃないな」
「はい。もしかしたら、それは“残された誰か”の想いかもしれません」
シュンは思わず、自分の声を一度録音し、それをイヤホンで聴いてみたことを思い出す。
自分の声のはずなのに、どこか“他人の声”のように聴こえたあの違和感。
——あれも、誰かの記憶を拾っていたのだろうか?
◆声が届く、その意味◆
ふたりはしばらく無言になった。
夜の静けさに、通話の呼吸音だけが流れていた。
「ユイ。……ひとつ聞いていいか?」
「どうぞ」
「俺の“ありがとう”って言葉、聞こえてた?」
ユイは一瞬、言葉に詰まった。
「……はい。でも、あれ……どこから聞こえたのか、分からなかったんです」
「それ、どういう意味?」
「来栖さんの口が動いていたのかも、分からない。ただ、音として“届いた”んです。胸の奥に、直接」
(やっぱり、俺……あのとき、声を出してなかったのか?)
ZIXIの音声ログには、確かに“自分ではない声紋”が記録されていた。
「声って、どこから来るんだろう」
「たぶん、心から。でも、それが別の“心”だったとしても、届けば意味があると思います」
ユイのその言葉に、シュンは目を閉じた。風のように通り抜ける“言葉”。
形は違っても、確かにそこに存在する想い——。
「……たとえ“記憶の代弁者”としての声だったとしても、それで誰かの想いが届くなら、それはきっと意味があると思う」
「優しいですね、来栖さん」
「違うよ。ただ……俺がそうやって何度も助けられてきただけ」
ふたりは少しの間、黙って夜の音に耳を澄ませた。
◆変わっていくユイ◆
「来栖さん……」
ユイの声が、少し低くなる。
「もし……今までとは違う私が現れたら、怖いですか?」
「……どういう意味?」
「たとえば、私が違う名前で、違う姿で、違う時間に立っていたとして——それでも、あなたは“私”を見つけられますか……?」
「気づけると思う。きっと」
ユイはそれを聞いて、小さく笑った。
「……ありがとう。今、そう言ってもらえて、嬉しかったです」
その“ありがとう”の言い方が、どこかアイの声と重なった。
(これは……偶然か? それとも——)
まるで、“別の人格”がここに届こうとしているような、そんな気がした。
画面越しに、ユイが何かを言いかけたその瞬間——
ZIXIが自動的に反応した。
《発話解析中:照合率 91%》
《一致対象:A.I.》
(やっぱり……何かが繋がってる)
ふたりの会話は、そのまま夜明けまで続いた。
その内容のすべてを、シュンは覚えていなかった。
ただ、ひとつだけは確かだった。
——“声”は、確かに届いていた。
(第25話へつづく)




