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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第2章:記憶の錯綜編
21/54

第21話:声が響く理由(わけ)


◆声が“届く”場面◆


 舞台の上。

照明が落ち、場面が切り替わる。

暗転の中、次の立ち位置へ向かって歩くユイの背中を、シュンは無言で追っていた。

稽古の中盤。

演出家が投げたひと言に、稽古場の空気が張り詰めた。


「……セナくん、そのまま声出してみて。出なくてもいい。出そうとするだけでいい」


一瞬、場が静まる。

ユイが振り返った。

何かを確かめるように、シュンを見つめる。


(出ないはずだ……でも)


その瞬間、脳の奥に“響き”が届いた。

昨日の映像ログ——少女の歌声。


(音が……内側から、響いてる)


口が自然に開いた。

音にならない息。

けれどその“動き”が、確かに声を生もうとしていた。


「……ぁ……」


微かに、音が漏れた。

誰かの息遣いのような、それでも紛れもない“声”だった。

稽古場が、静かになった。

演出家がぽつりと呟く。


「……今の、使おう」


ユイが、小さく微笑んだ。


◆裏口の会話とユイの沈黙◆


 稽古終わり、裏口からひっそりと出ようとしたとき、ユイが後ろからついてきていた。


「来栖さん……少し、歩いてもいいですか?」


頷いて、ふたりは夜の歩道を並んで歩く。


「今日の声、すごく自然でしたね」

「……ああ、正直、自分でもびっくりしてる」


シュンがポケットに手を入れると、中のスマホが微かに震えた。

ZIXIからのログ通知だったが、画面は見ずに黙って歩く。


「……もし、記憶が音によって開くとしたら、あなたは何を思い出しますか?」


ユイの問いかけに、シュンは少しだけ足を止めた。


「……“ありがとう”って言葉かな。昔、大事な人に言えなかった」


ユイはしばらく何も言わず、ただ頷いた。

その横顔は、街灯に照らされ、どこか影のように淡く映っていた。


「言えなかった言葉って、記憶の中では繰り返されるんです。何度も……何度も……」

「……君は、誰に言えなかったの?」


ユイは答えなかった。

ただ、ほんの一瞬だけ、遠くを見つめるように目を伏せた。


◆再生される“もう一つのログ”◆


 その夜。

ZIXIから、もうひとつのログ通知が届く。


《補足音声ログを開きますか?》


シュンは迷わず『はい』をタップした。


『記憶とは、脳の保有する最も柔軟な領域であり、最も破壊しやすい構造でもある』

『よって我々は、記憶を“保存”するのではなく、“再編”することにした』


(誰の声だ?……これは、アマヤ……?)


『第1被験者・I.HAYATOは、記憶の深層において共鳴パターンを示した。特に“音”に対して、強く——』


そこで、ログは突然停止した。

音声が途切れた直後、喉の奥がひくりと動いた。

……声を出すでもなく、飲み込むでもなく。

まるで何かが“目覚めた”ような、奇妙な感覚。


——画面に浮かぶのは、いつものメッセージ。


《アクセス制限:記録の断片のみ表示中》


(やっぱり、全部は見せない……)


だが、シュンの中ではもう、何かが確信に近づいていた。


「音」と「記憶」——そして「声」


◆ユイの“記憶”に似た仕草◆


 次の稽古。

シュンは、自分でも驚くほど自然に声を使っていた。

完全ではない。

でも、身体が覚えているように、発声が戻り始めていた。


「……すごい、来栖さん」


ユイが言う。


「いや……たぶん、君のおかげだ」


ユイが照れたように笑いながら、小さく首を振った。

シュンはふと、自分の“声”がどこまで出ていたのかを考えた。

確かに喋ったはずだ。

だが、そのときの発声の感覚が、なぜか曖昧だった。

喉の震えを感じた記憶がない。

なのに、ユイはちゃんと返してくれていた。


(……ちゃんと声、出てたよな? いや、たぶん……出てた……はず)


何かが引っかかったが、言葉にするにはまだ形がなかった。


「……私、昔……誰かにそう言われた気がします」

「え?」

「“君のおかげだ”って……。あれは夢だったのかな……」


シュンはその言葉に、何かが引っかかった。

彼女はまばたき一つせず、まるで台詞を反芻するかのように呟いた。

まるで、彼女の記憶にも“記録”があるかのような——。

そしてふと、ユイの仕草が“誰か”と重なった。


アイ。


いや、それだけじゃない。


ミライ——そして、あの少女の歌声。


すべてが、どこかでつながっているような気がした。


——ZIXIが“記憶”を通じて、何かを再構成しようとしているなら。

自分は今、その“再構成”の中にいるのではないか——。


◆響いた“ありがとう”の謎◆


 夜、自宅で鏡に向かっていたシュンは、不意に立ち止まる。

鏡の奥で“揺らぎ”が走った瞬間、空気がわずかに震えた気がした。


——ありがとう。


…耳ではなく、胸の奥に直接響いた“声”。


(……今、声が……?)


誰かの声。

けれど周囲には誰もいない。

スマホもZIXIも開いていない。

でも、確かに耳元で“ありがとう”と聴こえた気がした。


(あれは……俺が、ユイに言った言葉だよな……?)


その瞬間、ZIXIの通知が入る。


《ログ再生:未確認音声》


表示された波形には「ありがとう」と記録されていた。

だが、声紋はシュンのものではなかった。


《音源:A.I.|記録時刻:本日20:41》


(……A.I.? アイ? いや……まさか)


ユイとの会話の直後の時刻だった。

そして“ありがとう”という言葉は、自分が言ったと思っていた。


(……もしかして、声に出していなかった?)


ならば、どうやって伝わったのか。

テレパシー? そんなバカな。

だが、あのときの会話が、喉ではなく“心”で交わされたように感じていたのも事実だった。

シュンは鏡の中の自分に問いかけるように、そっと目を細めた。


(俺は、いったい……何と話していた?)


(第22話へつづく)

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