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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第2章:記憶の錯綜編
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第19話:光の届くほうへ


◆共鳴する稽古と、ユイの戸惑い◆


 稽古場の窓に、やわらかな陽が差し込んでいた。

桜の季節は終わり、街は若葉色の光に包まれている。

シュンは舞台の上に立っていた。

今日も、声は出ないままだった。

けれど、ユイとの芝居は不思議なくらい“噛み合って”いた。

ユイが台詞を落とす。

シュンが瞬きをひとつ。

たったそれだけで、次の流れが自然に生まれる。

セリフなんて、最初から必要なかったんじゃないか——そんな錯覚さえ覚えるほどに、舞台上の空気は研ぎ澄まされていた。


「……そこ、もう少し“感情”が伝わってくるといいな」


演出家の声が響く。けれど、それはシュンに向けたものではなかった。


「ユイちゃん、いまのラストの表情、ほんの少し“優しすぎる”かも」

「……あのシーン、シュンに惹かれてるんじゃなくて、切り捨てようとしてるんだよ」


ユイは軽く頷いた。

だがその表情には、ほんの一瞬、戸惑いの色が滲んでいた。


(……切り捨てる?)


シュンは、心の中でその言葉を繰り返した。


——ユイの瞳は、昨日と同じように。


——あのときの“アイの声”と同じように。


何かを伝えようとしているのに、伝えられずにいるように見えた。


(まるで、“届かない記憶”の中で、演じているような——)


◆解放された記録と記憶にない声◆


 稽古が終わると、ユイは静かに控え室を出ていった。

誰にも何も言わず、音もなく。

シュンはその背中を見送ってから、自分の荷物をまとめた。

バッグの中には、昨夜“再び現れた”ネックレスが入っている。

あのブラウンのペンダント。

過去の想いと、記憶と、未練が染み込んだままの、あの重み。


(なぜ……今、ここにある?)


バッグの奥に指を滑らせると、チェーンの冷たい感触が、指先を撫でた。


——その瞬間、ポケットの中のスマホが微かに震えた。


ZIXIからの通知。


《次のログが解放されました》


画面には、再生マークと共に表示されるタイムスタンプ。


【1997年6月4日 18:12】


(1997年……? 俺、17歳の頃……?)


再生ボタンに指をかける。

躊躇した。

だが、指は止まらなかった。


——再生。


スピーカーから、ざらついた空気の音が流れる。

誰かの足音。

ノイズ混じりの声。

そして、低く、穏やかに響いた男の声。


『……この声を聴いた誰かが、いつか答えに辿り着くことを願っている』

『人の記憶は、水のようなものだ。触れれば、すぐに揺れる。だが、ある条件が揃えば、永遠に留まる』


(……誰だ?)


声は、どこか聞き覚えがあるようで、ない。

懐かしくも、遠い。

だが、その話し方、息の抜き方、声の中にある“演じ方”——


(……これ、俳優の……)


昔、稽古中に共演者の一人が言っていた。


「来栖さんの芝居って、昔の“今井ハヤト”に似てるときあるよね」

「……え? 誰それ?」

「知らない?伝説の舞台俳優。若くして亡くなった人だけど、演技の空気が独特なんだよ」


そのとき気になって検索した。

古びた映像資料の断片。

記録映像の中で静かに台詞を紡いでいたその人の声。


(……あれに、似ている)


今、ZIXIから再生された“記録音声”の主と、あの記憶の声が、重なっていた。

だが、もう一度再生しようとしたその瞬間——

画面が突然、ブラックアウトした。


《アクセス制限:このログは再取得できません》


(……は?)


シュンは一瞬、手元のスマホを睨んだ。

だがすぐに、ZIXIのインターフェースが淡く再起動し始める。


(……やっぱりこれ、誰かが“管理してる”)


ZIXIは記録を開示するのではなく、“見せたい記憶だけを見せている”。

そんな気配がしてならなかった。


◆ユイとの夜道と、静かな疑念◆


 稽古場を出たのは、日が沈みきった頃だった。

夜風はまだほんの少し冷たく、首元のシャツをなぞってくる。

公園の脇を通りかかったとき、不意に声をかけられた。


「来栖さん……」


振り返ると、ユイがいた。

その姿は、どこかいつもと違って見えた。

ワンピースの裾を揺らしながら、夜風の中に静かに立っている。

今日の稽古で見せたあの“戸惑い”が、まだ表情に残っていた。


「こんな時間に……どうした?」

「……少しだけ、歩こうかなって思って。来栖さんも……一緒に、どうですか?」


歩くテンポは自然と揃った。

言葉はなかった。

けれどその沈黙が、まるで誰かに“許された”ように、心地よかった。

しばらく歩いたあと、ユイがぽつりと呟いた。


「今日の稽古、少し……変な感じでした」

「……そうか?」

「うまく言えないけど……来栖さんの“何か”が、変わったような……」


シュンは笑いながら首をすくめた。


「……俺も、自分でちょっとよく分かってないんだ。なんか、記憶が……混ざってる感じ」

「記憶……ですか?」

「頭の中で、急に浮かんだり、あったものが溶けていったり、最初は少しの違和感を感じるんだけど、その内それが前からあった記憶のように当たり前になっていく……そんな感じかな」


ユイの目が、一瞬だけ鋭くなる。

けれどすぐに、いつもの柔らかな表情に戻った。


「大丈夫です。記憶って、必要なときに戻ってきますから」

「戻ってくる?……その言い方、なんか含みがあるな」

「ふふ……そう見えました?」


笑うユイの瞳に、ふとあの音声の声の“間”が重なった。

そして思わず、シュンは口にしていた。


「……今日、ZIXIから変なログが出たんだ。昔の声の記録。誰かの“語り”で……でも、名前が……」

「名前、ですか?」

「“アマヤイヒト”って名前だった。……聞いたことある?」

「……。」


ユイは、ほんの一瞬だけ立ち止まった。

だがすぐに、何でもないように歩き出した。


「……さあ、どうでしょうね」


その言い方は、無関心にも、知っているようにも聞こえた。

風が、街灯の光をすべらせていく。

その中に、シュンはユイの横顔を見つめながら、どこか“誰か”に問いかけるように、心の奥でつぶやいた。


——アイ……君は、これを見せたかったのか?


(第20話へつづく)


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