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18年愛  作者: 俊凛美流人《とし・りびると》
第1章:記憶の狭間編
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第12話:2014年 それでも君を嫌いになれなかった


◆週刊誌の報道と、静かな波紋◆


 2014年初夏、ある週刊誌がミライの海外進出計画と共に、極秘結婚の噂を報道した。

見出しはこうだった。


『新進気鋭の歌姫ミライ、極秘結婚か? 同行する謎の男性の正体は?』


掲載された写真には、目隠しされた男性の後ろ姿が写っていた。 顔は映っていない。

だが、その髪型、肩のライン、身に着けているグレイのコートの質感——ミライには、それがシュンであることがはっきりと分かった。

記事は憶測まじりの内容だったが、業界内には瞬く間に広まった。

ミライの所属事務所はイメージ戦略を最優先にし、ミライに「一旦距離を置いた方がいい」と伝えた。

その夜、ふたりは静かな部屋で向き合っていた。


「……これ、どう思う?」


ミライがスマホを差し出す。

シュンは画面をひと目見ると、眉をわずかにしかめ、すぐに視線をそらした。


「俺のせいだな。ごめん。」

「違うよ、シュンは何も悪くない。」

「いや、俺がもっと配慮していたら、こんなことには。君は何も悪くない」


——シュン…いつも自分のせいにするのね。


ふたりの言葉は優しく、でも、どこかに深く突き刺さるものを含んでいた。


「……仕事のために、しばらく離れてみる?」

「そうだな。お互い、冷静になれるかもしれない。」


どちらも、心からそう思っていたわけではなかった。

けれど、その選択が正しいと、どこかで思いたかった。

ミライはあくまで仕事のためと自分に言い聞かせていたが、それだけではなさそうな、予感めいた感情を禁じえなかった。


◆音楽の終焉と、ふたりの境界線◆


 数日後、ミライの次回アルバムは海外の著名プロデューサーと制作されることが正式に発表された。

世間からは、週刊誌報道を発端に、ミライが自分は潔白であると示すためだと揶揄された。


「……そうか。よかったな。」

「本当に、それでいいの?」


シュンは、小さく頷いた。


「私は、あなたとこれからも一緒に作っていく気持ちに変わりはないよ。それに私はあなたを…」


その言葉を遮るようにシュンは言った。


「君の音楽が、もっと多くの人に届くなら。それが一番だよ。」


ミライはそれ以上、何も言えなかった。

かつては音楽がふたりを繋いでいた。

けれど今、その糸は静かにほどけていく。


——お父さん、本当にこれで良いのかな?


ミライは心の中でそう呟いていた。


◆壊れた夜とネックレス◆


 その夜、シュンが不在の時間。

ミライはふと、彼の作業部屋に足を踏み入れた。

机の隅に、小さな箱が置かれている。

何気なく開けると、そこには光沢のあるシルバーのチェーンと、長方形のブラウンのペンダントトップ。


「……これ……」


ずっと、気になっていた。

シュンが時折、無意識に胸元を触れていたあのネックレス。

あえて見て見ぬふりをしていた。

それがどんなものであろうと、私には関係ない。

私と会う前にシュンが誰と何をしていようが関係ない。

今は私がそばにいるんだから——でも…。

シュンが帰宅すると、ミライはその箱を手に取ったまま、静かに尋ねた。


「ねえ、これ……誰にもらったの?」


シュンは一瞬動揺し、目を伏せる。

そして、何も答えなかった。


「どうして、黙るの?」

「……。」


ミライの声には、苛立ちと、寂しさが混じっていた。


「そんなに大切なら……どうして、隠してたの?」


沈黙。

それが、何よりも答えだった。

ミライはそっとネックレスを持ち上げ、キッチンへと歩いていく。


「……捨てておくね。」


ごく小さな音で、金属がゴミ箱に落ちた。

乾いた金属音。

まるで、それがふたりの関係の終わりを告げる鐘のようだった。

シュンは止めなかった。


——止められなかった。


その夜、ふたりは別々の部屋で眠った。

眠れたかどうかは、分からない。

ふたりの距離が離れていく音が、静寂の中に横たわっていた。


◆最後の夜◆


 次の日の夜。久しぶりに、ワインを開けた。


「ねえ、どうして怒らないの?」


ミライがぽつりと訊いた。


「何が? ああ、ネックレスの事?」

「そう。捨てても、何も言わなかった。言ってくれなかった。私、もっと怒って欲しかった」

「怒っていいほど……ちゃんと君を愛せてたか、分からないから。」

「……そういう優しさが、一番つらいよ。」


ふたりの言葉は、優しくて残酷だった。


「ねえ、最後に名前で呼んでくれる?」


しばらく沈黙が流れた後——


「……ミライ。」


その名前は、どこか遠くの音のように響いた。


「ありがとう。」


それは、別れの言葉だった。


◆別れと旅立ち◆


 数日後。 引っ越し業者が荷物を運び出す中、ふたりは無言で部屋を整理していた。

最後に、空港までシュンがミライを送った。


「じゃあね。」


ミライは涙も見せずに、笑って言った。

ほんの少し唇が震えていたことに、シュンは気づいていた。

でも、その震えに触れてしまえば、ふたりとも崩れてしまいそうで——見て見ぬふりをした。


「うん。またな。」


そう返したシュンの笑顔は、どこかぎこちなく、けれど本物だった。

搭乗ゲートへ向かう彼女の背中を見送りながら、シュンは心の中で呟いた。


——君を、嫌いになんてなれなかったよ。


◆余韻◆


 夜。

シュンはひとり、ベッドサイドの机を開けた。

中には、小さなノート。

1ページだけ、筆記体のような柔らかい文字で書かれていた。


「ありがとう」


ただ、それだけ。

シュンは、そのページをそっと閉じた。

その手が、微かに震えていた。


——まだ、何かが終わった気がしなかった。


(第13話へつづく)


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