petit four
私の顔を見て「もう大丈夫そうだね」と言った小豆田さんは、
「じゃあ僕は先に駅まで行くから。またね」
私達を追い越して歩き出す。
「待て小豆田。明日の天気、雨に変わってるぞ」
「え、嘘!」
振り返って柏森さんが差し出すスマホ画面を凝視した。
明日と明後日は定休日だ。そのうち明日は、生憎の雨らしい。
「雨の予報は明後日だったのに!」
「俺に言われても」
「あ、でも明後日が曇のち晴れか。じゃあ明後日に行こうかな。香坂さんにも連絡しないと」
初めて聞く名前だ。思わず訊ねてしまった。
「どなたかと会う約束ですか?」
「会う約束っていうか、製菓学生時代の後輩の旦那さんが花屋でね。おかげで花言葉にも少し詳しくなっちゃったよ。明日予約してたんだけど、明後日に変更できないか聞いてみないと」
それだけ言うと「じゃ」と言って、再び駅に向かって進んで行く。今度は小走りだ。
「駆け込み乗車だけはするなよ」
その背に向かって柏森さんが呼び掛けると、彼は片手を上げて少し後ろに腕を倒して、こちらに振るようにヒラヒラと振った。
「ったく、早く家に帰ったところで、明日や明後日が早く来るわけじゃないのにな」
「小豆田さんでも、雨の日に出掛けるのは嫌なんでしょうか」
「都さんのところに行くとなると、晴れた日の方がいいだろ」
「あぁ、奥さんのところですか」
ということは、花はお見舞い用の花だろうか。出産を控えているだけだから、「お見舞い」という言葉も変かもしれないが。
「でも、病院に行くんだったら雨でも晴れでも、そんなに関係ない気がしますけどね」
「え?」
わらびさんが驚いたように私を見た。
「え? 奥さん、出産のために入院されてるんですよね?」
わらびさんはさらに驚愕の表情になる。柏森さんの顔も険しくなった。
「……それ、小豆田が言っていたのか?」
「小豆田さんが言って……?」
いや、彼からは、何も聞いていない。
私はただ、写真と指輪を見せてもらっただけだ。
「ない……、です」
わらびさんはホッとしていた。
それ以上に柏森さんが安堵の溜め息を吐いた。
「……あの、どうかしたんですか?」
「ついに小豆田の頭がおかしくなったのかと思って、心底心配しただけだ」
まずそれだけ言って、息を整える。そして、
「甘樂、小豆田は――」