第八話 魔女の本気
ーーー同時期ーー
家の扉が、轟音とともに破られた。
目を覚ました瞬間、僕は目の前に現れた黒い影に気付いた。
「っ危ない!!」
短剣が、僕の喉元へと迫る。
ギリギリで体を横に捻り、布団を蹴って立ち上がる。
目を擦る暇もない。
「アリス!母さん!!大丈夫か!!?」
だが、返事はない。
次の瞬間——
天井が、崩れた。
そこから落ちてきたのは、瀕死の賊と、アリス。
僕は咄嗟に彼女をお姫様抱っこの形で支えた。
「お兄様……! 怖かったです……!」
アリスは震えた声でそう言った。
「アリス……! この敵は、お前が倒したのか?」
「……まぁ、いつの間に!! た、多分、お母様の魔法が当たったんだと思います。」
アリスは驚いた表情をする。
そして、アリスは目の前にいる数人の刺客を見て考えた。
(……本気で戦えば、一応敵は全部倒せる。)
そう思いつつも、彼女は“猫をかぶった”。自身の魔法の有用さ、そして汚さはアリス自身が最も理解している。それ故に、親愛なるお兄様を前にその力を晒すわけにはいかなかった。
「アリス、後ろに隠れててね。」
「はい!」
僕はアリスを背に庇いながら、剣を手に取った。
手のひらが汗ばんでいる。
額にも冷たい汗が滲む。
敵の動きは洗練されていた。
精鋭部隊——戦場を経験した者たちの、それも特に選りすぐられた連中だ。
ただの盗賊とは違う。
彼らは隙を作らない。
一歩でも間違えればーー終わる。
(……僕に勝算なんてあるのか?)
喉の奥がひりつく。
胸が締めつけられるように苦しい。
足が、一歩踏み出すたびに鉛のように重く感じる。
それでも、僕は剣を振るった。
瞬間の攻防
一人目が飛び込んでくる。
短剣が僕の喉元を狙って一直線に伸びる。
その動きに、反射的に体を捻り、なんとか避ける。
次の瞬間——
すぐさま二人目が襲いかかってきた。全く隙を許してくれない。
剣を振るう間もない。
とっさに足を使い、蹴りを放つ。
だが、いとも簡単に避けられる。
そして、低く身を沈めると。
しまった。
次の刹那——
「——ッ!」
僕の視界が揺れる。
腹部に強烈な衝撃を受け、身体が後ろへ吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられる寸前、背中でアリスを庇うために無理に体勢を変え、受け身を取る。
衝撃が全身を襲い、視界が歪む。
それでも、なんとか剣を握りしめた。
「はぁ、はぁ……。」
(このままじゃ、駄目だ……。)
僕は深く息を吸い込む。
喉に刺さるような冷たい夜気が、わずかに頭を冴えさせた。
「《精神を落ち着かせる魔法》」
魔法が発動し、思考が研ぎ澄まされる。
恐怖を切り離し、目の前の状況だけを見る。
——だが、現実は残酷だった。
敵は、五人もいる。
剣の持ち手に力を込めるが、腕が震えているのがわかる。
体のあちこちが痛む。
呼吸が浅くなり、酸素が足りない。
相手の動きは止まらない。
一瞬でも遅れたら——命はない。
それでも、僕はアリスを守らなければならない。
「……来いよ。」
精鋭たちが、無言で僕を見つめた。
目の前の男が、一歩踏み込む。
その動きを皮切りに、残りの四人も一斉に動いた。
目が追いつかない。
気づいたときには剣が、弾かれていた。
どこから攻撃されたのかわからない。
手がしびれる。
足を狙った一撃を避けきれず、バランスを崩した。
その隙を逃さず、一人が僕を押し倒す。
「ぐっ……!!」
床に背中を打ち付けられる。
視界が揺れる。
のしかかる男の膝が、僕の腕を押さえつける。
動けない。
そして——
短剣が、僕の喉元へと迫る——。
その瞬間——
「——これ以上、好きにはさせない。」
母の声が響いた。
床が震える。
壁が軋む。
バキバキバキ……ッ!!
蔦が、家の床や壁から一斉に生えた。
太く、ねじれた蔦が蛇のようにうねり、襲撃者たちを狙う。
「ぐあっ!? なんだこれは……!」
蔦は一瞬にして彼らの体に絡みつく。
鋼のように硬く、動きを封じることすら容易い力で。
「ぐああぁぁぁぁっ!!!」
男たちが悲鳴を上げる。
締めつけられた骨が軋む音が響く。
そして——
バキッ……!!!
襲撃者の腕が、へし折られた。
「ぎゃあああああっ!!!」
男の叫び声が夜の静寂を裂く。
だが、母の魔法はそれで終わりではなかった。
蔦がさらに絡みつき、体を吊り上げる。
彼らの喉元を締め上げる。
「が……っ……!!!」
息ができない。
襲撃者たちの顔が青くなり、口から泡を吹く。
それでも母は止めない。
ただ、冷たく、静かに言った。
「……もう、誰も私の家族を傷つけさせない。」
母の声は低く、冷徹な声だった。
魔女と称された母の、本当の力。
それを、僕は初めて目の当たりにした。
——そして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。