第七話 襲撃者と魔女の子
夜が更け、村は静寂に包まれていた。
だが、その静けさは、まるで何かを隠すかのように不気味だった。
家の中、僕はぼんやりと天井を見つめていた。魔物との戦いで負った傷はまだ完全には癒えていない。体を動かせばズキズキと鈍い痛みが走る。それでも、じっとしているのは苦痛だった。
(……何かが起こる。そんな気がする。)
根拠はない。ただ、肌がざわつくような違和感が胸の奥に広がっていた。
窓の外を覗くと、村は静かだった。いつもと変わらぬ、夜の光景。
——いや、本当にそうだろうか?
夜にうごめくと言いう影、そして母を狙う貴族の存在。どうにも落ち着かない。
「バレット、そろそろ寝る時間よ。早く治したいならまずはしっかりとした休養からよ。」
母の優しい声が部屋に響く。
「うん……。」
僕は無理に返事をしながら、胸の中の不安を飲み込んだ。母には心配をかけたくない。でも、この違和感は消えない。まるで、大きな波が静かに迫ってきているようだった。
◆
一方、その頃、村長の家では密かな会話が交わされていた。
村長の前に立つのは、黒いローブを纏った男。貴族の使用人らしき気品を漂わせながら、彼は薄く笑みを浮かべた。
「さて、村長殿。そろそろ決断していただきたい。」
村長は険しい表情で男を睨んだ。
「……しかし、それは……」
「とある貴族様が“魔女”を正式に迎え入れる準備が整いました。彼女の身柄を渡していただければ、この村には莫大な支援を約束します。だが……もし従わなければ、この村がどのような状況になるか……想像に難くないでしょう?」
村長の額に汗が滲む。
「……しかし、彼女はすでに国の監視下にある。勝手に引き渡すことは……」
「それは問題ない。我々は王には報告しない。あくまで“密かに”彼女を迎え入れるだけのこと。村は間もなく魔物により襲撃を受ける。協力して頂けば、被害は多少減るやもしれませんよ。」
「……っ。」
村長は拳を握りしめる。
村のことを第一に考えれば、この申し出を拒むのは難しい。しかし——
「……少し、考えさせてくれ。」
「時間はありませんよ。決断はお早めに。」
ローブの男は微笑みながら言い残し、静かに立ち去った。
◆
夜更け。
村の外れで警戒していた騎士の爺さんが、森の奥から迫りくる魔物の群れを確認した。
「……これはまずいな。」
騎士としての経験から察するに、これはただの偶発的な襲撃ではない。誰かが意図的に魔物を誘導している。
「村の守りを固めるぞ!」
彼の号令とともに、村の戦える者たちが総動員され、魔物の群れを迎え撃つために集結する。だが、その裏では——。
◆
闇に紛れた影が森の中から村へと忍び込もうとする。
彼らは暗殺者ではない。貴族の手先、密偵の精鋭たちだった。村の騒ぎが起きている今こそが、彼らの最良の機会だった。
静かに動き、足音を一切立てず、鋭利な短剣を手にする。
彼らの目的はただ一つ。
——バレットの母の拉致。
しかし、その動きはすでに察知されていた。
◆
アリスは家の奥の部屋で、静かに窓の外を見つめていた。
誘拐犯たちは森の中を慎重に進む。
彼らは訓練された者たちだった。
無駄な動きも油断も一切ない。
しかし、偵察の兵たちが全て何者かに殺されたのか行方不明となっている。
その事実が彼らの慢心をなくした。
だが、その動きが完璧であるほど、アリスには手の内が読みやすかった。
彼女は目を閉じ、魔力を操る。
成長したアリスにとって、この程度の制御はもはや造作もない。
「——囲いなさい。」
その瞬間、森の暗がりの中で、異変が起こった。
地面が微かに振動する。
次の瞬間——
「ぐっ……!?」
誘拐犯の一人が声を上げる。
だが、それが最後の声となった。
突如として大地は裂け、巨大な顎が土の中から飛び出した。
それは凄まじい威力で誘拐犯の足を嚙み砕く。
骨が砕け、肉が引き裂かれる鈍い音。
男は悲鳴を上げる間もない。顎はさらに大きく開き、男を全身を丸呑みにした。
「ッ……!!」
他の男たちは咄嗟に剣を構えたが、それすらも意味を成さない。
闇の中から這い出るように死者の兵士たちが次々と姿を現す。
腐敗した魔物、そして——かつて人だったもの。
だが、それらは一切の呻き声を発さなかった。
静寂の中、ただ彼女の命令のみに従って動く。
「っ、く……ッ!」
誘拐犯の一人が近くの大きな魔物のアンデットに咄嗟に短剣を振るう。
その刃は腐った腕を見事に斬り裂いた。
だが——それで止まることはなかった。
切られた魔物の腕は短剣が刺さったまま即座に再生し、
そのまま刀身ごと肉に呑み込む。
兵士が後ずさる間もなく、
巨大な魔物の顎が彼の頭部を嚙み砕いた。
生暖かい液体が宙に舞い、
静かな夜に、鈍い破裂音だけが響く。
「クソッ! 何が起こってる!?」
別の兵士が叫ぶ。
「撤退だ! これはこんなの想定外だ!聞いていた魔女の魔法と違う!!!」
「だが……ッ!」
「いいから動け!!」
指揮官らしき男が命じる。
しかし、それすらも遅すぎた。
死者の兵士たちは無音のまま、
血の匂いに導かれるように動き始める。
息遣いも、叫びも、何もない。
ただ“静かに”
無感情に。
全てを喰らうように——
村の暗闇の中で、死者が生者を狩る。
——そして。
アリスはその光景を窓の向こうから冷静に見つめていた。
彼女の表情には、迷いはなかった。
「ふふ……やっぱり、お兄様を守るには、もっと強くならなくちゃね。」
誰にも悟られることなく、彼女はさらに魔力を高める。
この力を持って、彼女は確実に敵を排除する。
ただ、その目的は——兄を守るため。
それだけだった。