第五話 それぞれの道(主人公は除く)
村は騒然となっていた。
見たこともない魔物が山に大量に現れ、そこへ侵入した子供たちが重傷を負って帰ってきたのだ。村人たちの間には不安が広がり、あちこちで囁き声が聞こえる。
最初は「バレットたち——魔女の子供が災いを招いたのではないか」との噂が飛び交っていた。しかし、それは村に来ていた騎士と、当事者であるアレクセイ、そしてクリスによって明確に否定された。
アレクセイは主犯としての罰を受けた。
彼は村長の息子であり、将来村を継ぐ立場にあったが、「ルールを守れない者に村を治めることはできない」との決定が下され、村長としての資格を失った。
そして、他にも昨夜の出来事によって、運命を大きく変えた者がいた——。
◆
「お母さん。」
家に帰るなり、アリスは母に話しかけた。
彼女の声には普段の無邪気さはなく、どこか固い決意を帯びていた。
母はゆっくりと振り返る。アリスと視線が交差する。
「なに?」
久しぶりの会話だった。
アリスの魔法が発覚して以来、母は彼女との距離を取るようになっていた。そして、アリスもまた、母を避けるようになっていた。
しかし、今日のアリスは違った。
「魔法を教えて。」
その一言に、母の表情がわずかに曇る。
「ごめんなさい。あなたの魔法は——凶悪すぎるの。だから教えることはできないわ。」
それは即答だった。
だが、アリスもまた迷いなく動いた。
彼女は懐から一つの袋を取り出し、母の前に差し出す。
それは、古びた袋だった。どこか不気味な雰囲気を漂わせ、手に取るだけで嫌な気配を感じさせる。
「これ、魔物を誘き寄せる魔道具らしいよ。」
母の眉がピクリと動く。
「それが何?」
「お母さんと因縁のある商人さんが、お兄様に渡そうとした。それで今回の事件が起きて、お兄様はあそこまで傷ついた。」
「……そうだったの。」
母は目を伏せた。
アリスの視線が鋭くなる。
「これからも、同じことが起きるかもしれないよ。お母さんのせいで。」
母は息を呑む。
否定できない。
アリスの言葉は淡々としていたが、その裏には母を責める強い感情があった。
「私がお兄様を守る。だから教えて。私、魔法の才能あるんでしょ?」
アリスはまっすぐ母を見つめる。
その瞳には、これまでにないほどの決意が宿っていた。
母はしばらく沈黙した。
彼女の中で何かが揺れているのが、アリスにも伝わった。
やがて、母は小さく息を吐き、ゆっくりとうなずく。
「……わかった。でも、約束してくれる? その力を使う時は、必ず正しい目的のために使うこと。」
「正しいかはともかくとして、お兄様を守るために使うことは約束する。」
母は一瞬、言葉を失った。
しかし、それ以上は何も言わず、静かに目を閉じた。
「……わかった。教えましょう。魔法の極意を。」
その言葉が部屋に響いた時、アリスの口元は怪しく弧を描いた。
◆
「アトム爺さん。」
夕暮れ時。
村の鍛錬場に向かったクリスは、剣の手入れをしていたアトムに声をかけた。
アトムはゆっくりと顔を上げ、クリスを見つめる。
「なんだ……」
クリスは一歩前に出た。
「剣をもっと教えてくれ。」
アトムは顔をしかめる。
「もう、教えとるだろ。手は抜いておらん。」
「でも、バレットと一緒に教わってるとき、教えるレベルをバレットに合わせているだろ?」
アトムの表情が微かに険しくなる。
「それは、お前は剣が学びたいのではなく、小僧と一緒にいたいのだ? ならば問題はなかろう。」
「今は違う!!」
クリスは拳を握りしめ、大きな声を出した。
「僕はバレットよりも強い。でも少しの怪我で怯んで、あの魔物とまともに戦えなかった。バレットはあんなに傷だらけになっても戦い続けたのに……!!」
自分の無力さが悔しかった。
痛みが怖くて、最後まで戦えなかった。
「俺はバレットを守りたいんだ!!」
強くなりたい——その気持ちは偽りではなかった。
アトムは静かにクリスを見つめた。
「だからお願い!! どれだけ厳しくてもいい。俺を強くしてくれ!!」
その目は、決意に満ちていた。
アトムはしばらく無言でいた。
そして——
低く、しかし力強く言った。
「……わかった。覚悟はできているか?」
クリスは迷いなく頷いた。
「勿論だ!!!」
その夜。
アリスとクリス、それぞれが新たな道を歩み始めた。
一方バレット。
怪我でまともに動けない。
身の回りの世話はアリスが基本してくれるし、不自由はない。
しかし、やれることと言えば、魔法の練習だけ。
(所詮光るだけの魔法だ。変化はあまりない……暇だ。)
そんな時、一人の訪問者が現れた。
アレクセイだった。
「すまなかった……バレット。」
しっかりとした声で謝ってきた。
以前のからかうような口調は全くない。
「……いいよ。俺たち、全員無事だったし。」
「それでも、お前が助けてくれなかったら……俺たちは……」
「もういいって。」
アレクセイはそれ以上言葉を続けられず、俯いた。
「これから……どうするの?聞いたよ、次期村長候補から外されたって。」
「……強くなる。今度は俺が周りの人を守れるくらい。俺、あの時のバレットが眩しく見えた、俺もいつかこうなりたいって……だから父さんの伝手で騎士見習いになるんだ。」
「がんばれよ。応援してる。」
「おう!」
アレクセイは強く頷いた。
その決意に、バレットもまた、力強く頷いたのだった。