第4話 魔物との闘い
辺りに黒が広がっていく戦場で、僕は魔物と対峙する。
魔物の紫色の棘が不気味に光り、地面を踏みしめるたびに低い唸り声を上げる。周囲の木々はその威圧感に耐えられず、かすかに震えているように見えた。
よく見ると、魔物のあちこちに傷がある。
どうやら、クリスがつけたものらしい。
(クリス、こんな化け物と戦ってたのか……)
それでこちらを警戒しているみたいだ。
しかし、それでも奴の目にはまだ余裕があるように感じられた。
僕の手には震える剣が握られており、その刃は獣の巨大な体にはまるで届きそうにない。
(……時間を稼ぐしかない)
「《精神を落ち着かせる魔法》」
心を落ち着かせる。
冷静に、状況を見極める。
僕のゴールは時間稼ぎ。いつか、あの爺さんが助けに来てくれるはずだ。
均衡を破ったのは魔物だった。
凄まじい速度で鋭い爪を振り上げ、僕に襲いかかってくる。
その爪は、まるで夜を切り裂く雷のような速さだった。
瞬間、僕は目を閉じ、全身に力を集中させる。
そして、一瞬にして強烈な光を放つ。
「《身体を発光させる魔法》!!」
獣はその光に目を眩ませ、攻撃を中断し、一瞬の隙が生まれる。
(今だ!!)
僕はその隙を利用して、魔物の身体を足場として飛び上がる。
全身の力を込めて、剣を振りかぶり——
僅かに開いた片目に、剣を突き刺した。
「ギャアアァァァァァ!!!」
魔物が狂ったように暴れ、僕の身体は宙を舞う。
地面が迫る。
「くっ!!」
地面に背中から叩きつけられ、肺の空気が一気に抜ける。
しかし、まだ終わりじゃない。
必死に息を整えながら、魔物の様子をうかがう。
(片目は潰した……でも、まだ動けるな……)
痛い身体に鞭を打ち、なんとか距離を取る。
だめだ、興奮でまともに思考ができていない。
「《精神を落ち着かせる魔法》」
アドレナリンが切れるのか、痛みがより深刻に伝わってくる。
だが、さっきの興奮した状態よりは冷静に思考ができる。
(俺にできるのは、もう一度同じ攻撃……それしかない)
魔物が、口から涎を垂らしながら低い唸り声を上げる。
今にも襲ってきそうだ。
(……来る!!)
ついにその時が来た。
魔物が先ほどとほとんど変わらぬ動作で鋭い爪を振り上げ、僕に襲いかかる。
僕は目を閉じ、全身に力を集中させ——
「おい!魔物が!目を閉じてるぞ!!!」
その声が響いた。
アレクセイの声だった。
(……しまった!!)
咄嗟に僕も目を開け、大きく横に避ける。
しかし、完全には間に合わなかった。
魔物の爪先が僕の肌に僅かに触れる。
すると、まるで豆腐でも切るかのように、簡単に僕の肌は裂けた。
鮮血が飛び散る。
「ぐっ……!!」
意識が朦朧とする。
激痛が全身を駆け巡る。
魔物が、まるで笑っているように見えた。
(こいつ……こんなに強いくせに、知能もあるのか……)
「《精神を落ち着かせる魔法》」
血が抜けていき、身体が震えるように寒くなる。
しかし、意識ははっきりし、冷静になった。
現状、右腕はもう使えないと考えた方がいい。
握力がまともに残っていない。剣を握ることさえ困難だ。
一抹の希望を期待して、クリスを見る。
クリスも少し怪我をしている。浅いケガのようだが、クリスは僕と違い正真正銘の子供だ。
泣いていて、戦力としては期待できそうにない。
(僕だけでなんとかするしかないのか……?)
血が滴り落ちる中、僕は再び魔物と対峙する。
右腕はもうまともに動かせないが、左手で剣を握り直す。
痛みは激しいが、精神を落ち着かせる魔法で何とか冷静さを保っている。
魔物は片目を潰されたことで警戒を強めているようだ。
しかし、その怒りと痛みからか、攻撃はより狂暴になっている。
僕はその動きをじっと観察し、次の瞬間を待つ——
魔物が再び襲いかかってきた。
その速度は以前よりも速く、爪が風を切り裂く音が聞こえる。
僕は目を閉じ、全身に力を集中させる。
魔物は当然、目を閉じ、光を避けようとする。
その隙に、僕は目を開き大きく横に飛び、魔物の攻撃をかわす。
だが、完全には避けきれず、左肩に爪がかすめる。
鋭い痛みが走り、血が噴き出す。
歯を食いしばる。
もう体力の限界が近い。
しかし、せっかくのチャンスだ!
剣を手放し、魔物に向かい突進する。
魔物がすぐに目を開く。
魔物が腕を振り上げる。
(間に合わないっ!!)
その瞬間——
「おい魔物!こっちだ!!!」
アレクセイが石を投げつけ、魔物を挑発した。
魔物の注意が一瞬逸れる。
その隙に僕は魔物の眼の前まで肉薄した。
「クソ魔物っ!この距離は中々効くぞ。《身体を発光させる魔法》っ!!!」
魔物の眼球の目の前で全力で魔法を使う。
「ギュルァァァァァッ!!」
魔物の叫び声が響く。
魔物は目を抑えてのたうち回る。
「今のうちだ!みんな!逃げるぞ!!アレクセイ!アリスを頼む!!」
「あ、あぁっ!!」
アレクセイはしっかりとアリスの肩を持ち運ぼうとする。
「クリス立てるか?」
「ご、ごめん、身体が、動かない…」
涙を流しながら掠れ声でクリスは言う。
「おい、アレクセイの友達の誰かクリスを背負ってくれっ!」
「む、無理だっ!!」
アレクセイの友達は一目散に逃げて行った。
アレクセイはしっかりとアリスを背負ってくれているのに他の奴らっ!!
「クリス、肩かすから立ってくれ。」
僅かに動く左腕をクリスの腰に回し、クリスを立たせ、歩く。
「ご、ごめん、邪魔だよな。置いて行ってくれ!」
クリスは泣きながらそんなことを言う。
「いいから、いくぞ!」
なるべく早く歩いているが、それでも遅い。
魔物が暴れる音が静かになり、ミシミシと小枝を踏み潰しながらこちらに近づいてくる音が響く。
後ろを見ると魔物はニヤリと笑っている気がした。
必死になって逃げる僕らを笑っているのだ。逃げられない...
「うおおおおおっ!!!」
クリスの剣を奪い、その剣で魔物に攻撃を仕掛ける。
魔物は全く避けようともしない。
そして、剣が魔物の鱗に触れた時、キンと音を立てて弾かれた。
確かに利き腕ではないし、怪我もしており、全力では斬りかかれない。
だが、ここまで傷一つつかないなんて……絶望しかけたその時だった。
「坊主、時間かけて悪かったな。」
その声が響いた瞬間、空気が一変した。
爺さんが現れ、その姿はまるで威厳に満ちていた。
彼の手には古びたが鋭い刃を持つ刀か剣が握られており、その剣は闇の中でも微かに光を放っている。
魔物は僕なんかに目もくれず爺さんに注意を向け、低い唸り声を上げる。
しかし、爺さんはまるでそれを気に留めないかのように、ゆっくりと魔物に近づいていく。
「お前のような化け物には、これくらいで十分だ。」
爺さんがそう言うと、彼の体が一瞬ブレた。
次の瞬間にはすでに、爺さんは一気に魔物に肉薄する。
彼の動きはまるで風のように速く、魔物が反応する間もない。
剣が一閃、風を切る音だけが鳴る。
魔物を見るとすでに、首が切り落とされていた。
魔物の体は一瞬静止し、その後、ゆっくりと地面に倒れていく。
その巨大な体が地面にぶつかる音が響き、辺りが静寂に包まれる。
爺さんは剣を振るい、血を払い落とす。
彼の表情は冷静で、まるで何もなかったかのように振る舞う。
「これで終わりだ。坊主、よく頑張った。」
僕はその言葉に安堵し、地面に膝をつく。
爺さんの力は圧倒的で、魔物を一瞬で倒すほどの実力を持っていた。
爺さんが少しでも遅かったら、僕はここで命を落としていた。
「ありがとう、爺さん…」
僕はそう言い、疲れきった体を預け、静かに目を閉じた。