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第三十五話 褒美?


 結局、僕はロザリアさんの部屋に連れてこられてしまった。


 部屋に足を踏み入れた瞬間、甘い花の香りが鼻をくすぐる。豪奢な天蓋付きのベッド、柔らかな絨毯、繊細な刺繍の施されたカーテン——すべてが彼女の気品と美しさを象徴しているようだった。


「バレット様、どうぞ。」


 ロザリアさんがベッドの隣をぽんぽんと叩く。その胸元の谷間が揺れ、思わず目を逸らしてしまう。


「いや、僕は床で寝ますよ……。」


 なんとか正気を保ちながら言うが、ロザリアさんはふっと微笑むと、ゆっくりと僕に歩み寄ってきた。夜の薄い寝間着が体のラインをはっきりと浮かび上がらせている。まるで絹のように滑らかな肌が僅かに透けて見え、僕の鼓動は高鳴るばかりだった。


「それはいけませんわ。あなたが私を守るためにここまで頑張ってくださったのに、冷たい床で寝かせるなんて、そんな無慈悲なこと、私にはできません。」


「でも……。」


「それに、私が本当に怖いんです。」


 ロザリアさんはそっと僕の手を握り、切なげな表情を浮かべる。


「夜中に何かあったらどうしましょう? また襲撃があったら? もし、私が……また狙われたら?」


 彼女の声はかすかに震えていた。今日の襲撃の恐怖がまだ彼女の心を支配しているのだろう。今にも泣き出しそうな彼女の表情を見てしまうと、僕は何も言えなくなる。


「……分かりました。じゃあ、端っこで寝ます。」


 僕が折れると、ロザリアさんは満足そうに微笑みながら、ベッドの隣を開けた。


「ええ、ふふ。素直になってくださって嬉しいですわ。」


 ベッドに横たわると、ロザリアさんはそっと僕の腕に手を絡ませてきた。


「ちょ、ちょっと近すぎませんか……?」


「いけませんか?」


 僕が動揺しているのを楽しむように、ロザリアさんは微笑む。そして、そっと僕の肩に頭を乗せ、胸が僕の腕に押し当てられる。


「バレット様の体温、とても落ち着きますわ。」


 甘い囁きが耳元で響き、僕の体がびくっと震える。ロザリアさんの吐息が首筋にかかり、心臓が跳ねる。


(お、落ち着け……!)


 しかし、そんな僕の焦燥を知ってか知らずか、ロザリアさんは腕を絡ませたまま、さらに密着してきた。


「バレット様は……こういうの、慣れていないのですか?」


「う……あの……。」


「ふふっ。可愛らしいですわ。」


 ロザリアさんはくすくすと笑い、指先で僕の頬を優しく撫でた。


「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ……私はただ、あなたと一緒に眠りたいだけですから。」


 言葉とは裏腹に、彼女の手は僕の頬から首筋へと滑り、そっと僕の髪を撫でる。その指先の動きが妙に心地よく、頭がぼんやりとしてくる。


(……あれ?)


 身体が妙に重い。まぶたがじわじわと落ちてくる。


「ロザリア……さん?」


「はい、バレット様。」


「……なんか、眠い……。」


「ふふ……お疲れでしょう? どうぞ、ゆっくりお休みなさい。」


 彼女の声が遠のく。僕の意識は、甘い香りに包まれるようにして、ゆっくりと沈んでいった——。


 そして、その夜、僕は深い眠りに落ちた。


 朝の陽光が窓から差し込み、部屋を金色に染め上げる。揺れるカーテンの隙間から風が入り込み、肌に心地よい冷たさを運んでくる。


 ぼんやりとした意識の中で、まず最初に感じたのは、肌に残るかすかな熱。全身がじんわりと火照っている。特に、下半身には妙な重だるさがあり、どことなく普段とは違う感覚があった。


(なんか……体が変な感じがする……。)


 頭がぼうっとする。寝ぼけているせいか、体を動かそうとしても、どこか鈍く感じる。


 そして、次に気づいたのは、唇に残るわずかな湿り気。舌を動かすと、ほんのり甘い味が広がった。


(……夢? いや、そんなはずは……。)


 記憶を手繰ろうとするが、昨夜の出来事は曖昧だった。確かにロザリアさんと一緒に寝ることになったはずだ。でも、途中からの記憶がどうにもはっきりしない。


「ん……」


 その時、身体にまとわりつくような柔らかな感触に気づいた。布団の上に投げ出された僕の腕を、するりと何かが撫でる。


 寝ぼけ眼で横を見ると、そこには満ち足りた微笑みを浮かべたロザリアさんがいた。彼女は絹のような艶やかな白い肌を露わにしながら、僕の隣でくつろいでいた。胸元はゆっくりとした呼吸に合わせて穏やかに上下している。長い睫毛が微かに震え、唇には艶が残っていた。まるで昨夜の余韻がそのまま刻まれたかのように。


(……ちょ、ちょっと待って。)


 昨夜、僕たちは……?


 脳裏を駆け巡るのは、はっきりしない記憶。たしか、ロザリアさんと一緒に寝て……そこから先がぼんやりと霞んでいる。


 しかし、微かに思い出せるのは、熱に浮かされたような感覚と、柔らかな感触。そして僕の体は——


(……裸!?)


 一瞬で目が覚めた。僕の脳内で警鐘が鳴る。焦って布団を引き寄せようとすると、ロザリアさんが軽くクスクスと笑った。


(いや、まさか……そんなこと、あるわけが……!)


 混乱する僕をよそに、ロザリアさんは甘やかな微笑みを浮かべた。


「……おはようございます、バレット様。」


 その声は、どこか甘く、そして満ち足りた響きを帯びていた。


 彼女の瞳が絡みつくように僕を見つめ、唇がゆっくりと綻ぶ。


「よく眠れましたか?」


「え、えっと……はい。」


「そう? 昨夜はとても頑張ってくださいましたものね……やはり疲れがたまっていましたか。」


 彼女の囁きに、僕は思わず顔を背ける。何をどう頑張ったのか、記憶が曖昧なだけに余計に気になる。


「そ、そんなに僕、寝相悪かったんですか?」


 無理やり話題を逸らそうとした僕に、ロザリアさんはくすくすと笑った。


「ええ、とても……情熱的でしたわ。」


「じょ、情熱的って……!」


 まともに言葉が出てこない。


 そんな僕の様子を見て、ロザリアさんはふっと笑った。そして、指先を僕の頬へと滑らせ、そっと撫でる。


「なんだか、少し疲れたようなお顔をなさっていますわね……ふふっ。」


 僕が口ごもると、ロザリアさんはくすりと笑い、指を絡めるように僕の手を取った。そのまま、彼女の胸元へと導かれる。


「……これで、元気になられますか?」


 柔らかな感触が掌に広がり、僕の喉がごくりと鳴る。


「いや……その……。」


 どう言葉にすればいいのか分からなかった。思考がまとまらないまま、ロザリアさんの指がそっと僕の肩をなぞり、鎖骨に沿うように唇を落とす。


「……夢中で、私にしがみついていらっしゃいましたわよ?」


 ロザリアさんが指先で僕の唇の中に指を入れる。


「この柔らかさ、昨夜も何度も感じましたわね…………素敵な時間でしたわ。」


 その言葉に、僕の心臓が跳ね上がる。


 何がどう「素敵」だったのか、問い詰めたい気持ちはあった。しかし、彼女の指が僕の髪を撫で、そっと耳元へ囁かれると、言葉が出てこなかった。ロザリアさんの微笑みと指先がそれを封じ込める。どこか意味深で、こちらの反応を楽しんでいるような表情。


「バレット様、とても可愛らしいお顔をなさっていますわね。こうして間近で見ると、まるで宝石のよう。」


 しかし、ロザリアさんはさらに僕の手を握り直し、僕の手の甲で彼女自身の肌をなぞる。


「ふふっ……バレット様、お顔が真っ赤ですわね?」


 彼女は満足げに微笑みながら、ゆっくりと僕の首に腕を回し、もう一度甘い吐息を漏らした。


「でも、今日はもう起きませんと……ね?」


 そう言いながらも、ロザリアさんの唇が額に触れ、さらに頬を伝い、ゆっくりと首筋へと降りていく。その感触が余計に昨夜の何があったか連想させる。


「あの……昨晩って……?」


「さあ、なんのことでしょう?」


 ロザリアさんはふわりと微笑みながら、僕の胸元に顔を寄せる。


「でも、バレット様、とてもかわいらしかったですわ。」


 その囁きに、僕の顔は一瞬で赤く染まった。


(……僕は、一体、何を……!)


 昨夜の記憶が曖昧なまま、僕の鼓動は早まるばかりだった。



 僕はなんとか布団を引き寄せて身を包みながら、ロザリアさんから距離を取るようにそっとベッドから抜け出した。


(……とにかく、着替えなきゃ)


 ベッドサイドのテーブルには、昨日の僕の服が畳まれて置かれていた。ロザリアさんが用意してくれたのだろうか?


 脚を通し、シャツを羽織ろうとしたところで、背後からふわりと腕が絡みついた。


「バレット様、そんなに慌ててどうなさったのです?」


 ロザリアさんの温かい吐息が耳元にかかる。彼女の胸が背中に押し当てられ、柔らかな感触が直接伝わる。まるで意図的に僕を惑わせるかのように、彼女の指先が僕の肩からゆっくりと滑り落ちた。


「せっかくの朝ですのに……もっとゆっくりなさってもいいのですよ?」


 僕は全身がこわばるのを感じながら、なんとか理性を保とうと深呼吸をした。


「い、いや、そろそろ朝食の時間ですよね?僕おなかすいたなって……!」


 ロザリアさんはクスッと笑うと、そっと僕の腕を解放した。しかし、僕の前に回り込むように立つと、微笑みながら首を傾げる。


「そうですわね。でも、その前に……」


 彼女の手が僕の顎に触れ、優しく持ち上げられる。深紅の瞳が絡みつくように僕を見つめ、ゆっくりと顔を近づけてきた。


「もう少しだけ、私にお付き合いしてくださいます?」


 その言葉とともに、彼女の唇が再び僕の頬に触れた。昨夜のことがフラッシュバックし、僕の理性が危うく崩れかける。


「ろ、ロザリアさん! もう本当に行きますから!」


 僕は彼女からそっと距離を取り、急いでシャツのボタンを留めた。ロザリアさんは肩をすくめ、少しだけ不満そうな顔をしながらも、最終的には楽しそうに微笑んだ。


「ふふ、仕方ありませんわね。では、食卓に行きましょうか。」


 彼女は優雅に髪を整えながら、ドアへ向かう。僕はようやく深く息を吐き出し、手で額を押さえた。


(……なんなんだ、この朝は……)


 ようやく服を整え、気を取り直して食堂へ向かう準備を始めた——。





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