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第三十四話 策謀の果て(2)


 夜の静寂の中、遠くで響く微かな異音に、僕はふと目を覚ました。宿の窓から見えるロザリアさんの屋敷の方角に、ぼんやりとした影が揺らめいているような気がした。


「……?」


 何かが胸騒ぎを起こさせる。


 アリスはすでに寝息を立てていた。クリスもまた、訓練の疲れからかぐっすりと眠っている。


 僕は静かにベッドを抜け出し、そっと扉を開ける。


(なんだろう……嫌な予感がする。)


 屋敷へ戻るべきかどうか、一瞬迷った。しかし、もし何か異常があるのなら、ロザリアさんが危ないかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎった瞬間、僕の足は自然と屋敷の方向へ向かっていた。



 ロザリアさんの屋敷に着くと、玄関の扉が半ば開かれていた。灯りは消え、屋敷の中は不気味な静寂に包まれている。


(誰かいるのか……?)


 心臓の鼓動が早まる。僕は慎重に足を踏み入れた。床には倒れたメイドや使用人たちの影が見える。皆、生きているのか分からないほど静かだった。


 剣を握る手に力がこもる。これはただの異変ではない——敵が屋敷を襲撃している。


(ロザリアさんは……?)


 僕は足音を忍ばせながら奥へと進んだ。すると——


 ロザリアさんは、薄暗い廊下の中央で静かに立っていた。


 そして、怪しい黒装束の者たちに取り囲まれていた。


 周囲には、黒装束に身を包んだ刺客たち。彼らは無言で剣を構え、ロザリアさんを包囲している。しかし、彼女は微動だにせず、ただ淡々と状況を受け入れているように見えた。


 僕は歯を食いしばり、駆け出した。


「ロザリアさん!!」


 その声が響いた瞬間、刺客たちの視線が一斉にこちらへ向いた。


「……バレット様?」


 ロザリアさんは驚いたように、ゆっくりと僕の方を見た。その目には、期待も希望もなく、ただ淡々とした静けさが宿っていた。


「どうして……ここに……?」


 彼女の声は驚きよりも、諦めが混じっていた。


「……何か危ない気がしました!!」


 僕はすぐさま剣を抜き、最も近くにいた刺客へと斬りかかった。相手は反応し、素早く後退する。しかし、僕は追いすがり、次々と敵を薙ぎ払っていく。


 数人が崩れ落ちるが、それでも敵の数は多い。周囲を警戒しながら、僕はロザリアさんへと向かって走った。


「立ってる場合じゃない! 一緒に逃げますよ!」


「……逃げる? バレット様、私は——」


「いいから!!」


 僕は彼女の手を強引に引いた。ロザリアさんはしばらく動こうとしなかったが、僕の手の強さに気づき、ゆっくりと足を動かし始めた。


「あなたは……本当に、面白い人ですわね……。」


 ロザリアさんは微笑んだ。


 廊下を駆け抜ける。刺客たちが追ってくる足音が背後から響く。


「バレット様、このままでは追い詰められます。」


「分かってる! でも、諦めるわけにはいかない!」


 このままでは逃げ切れないかもしれない。しかし、それでも僕はロザリアを守ると決めた。


 刺客たちの刃が迫る中、僕は歯を食いしばり、目の前の出口を目指して突き進んだ——。




 廊下を駆け抜ける中、背後から追ってくる刺客たちの気配を感じる。足音が響き、鋭い刃がわずかに空気を裂く音がした。彼らは容赦なく、僕たちを仕留めるつもりで迫ってきている。


 ロザリアさんは、それでも落ち着いていた。まるで自分の運命をすでに受け入れているかのように、僕の手を引かれながらも軽やかに足を運んでいる。


「バレット様、どこへ逃げるおつもり?」


「とにかく外へ! このままじゃ囲まれる!」


 屋敷の廊下は広いが、刺客たちは屋敷全体に潜んでいるはずだ。いつか完全に囲まれる。その前に、外へ出る必要があった。


 僕は正面の扉を蹴り開け、暗闇に包まれた庭へと飛び出した。月明かりがわずかに地面を照らしている。後ろを振り返ると、刺客たちはすぐに追ってきていた。


「屋敷の門を目指すぞ!」


 僕はロザリアさんの手を引きながら、まっすぐ門へ向かって駆けた。しかし——


「無駄だ。」


 低く冷たい声が響いた。門の前に、黒装束の男たちがずらりと並んでいた。その中心には、一際目立つ男がいた。彼は漆黒のローブを纏い、口元に冷笑を浮かべていた。


「私たちの目的はロザリア・フォン・エルムハイドの抹殺。それを邪魔するな。」


 僕は剣を構え、歯を食いしばる。


「そんなこと、させるわけないだろ!!」


 次の瞬間、男が手を上げると、周囲の刺客たちが一斉に襲いかかってきた。



 僕は剣を振るい、襲い来る敵を迎え撃つ。刃と刃が交わり、火花が散る。相手の攻撃を受け流しながら、隙をついて一人、また一人と斬り伏せる。


 しかし、数が多すぎる。息をつく暇もないほど、敵が次々と襲いかかってくる。


「バレット様、無理をしないでください。私の運命はここで潰えています。」


 ロザリアさんは、微笑みながらも僕を見つめていた。その瞳には、どこか冷たい諦めの色が宿っている。


「何言ってんだよ! 僕がいる!!死なせるものか!!」


 僕は叫び、さらなる敵を斬り伏せた。だが、相手の攻撃も激しさを増していく。剣を交えるたび、身体にじわじわと疲労が蓄積していくのを感じた。


「くそ……!」


 敵の剣が腕をかすめ、鋭い痛みが走る。しかし、倒れるわけにはいかない。ここで負ければ、ロザリアさんを助けることができない。


「まだまだ、やれる……!」


 息を整え、僕は再び剣を構えた。ロザリアさんはそんな僕の姿をじっと見つめ、ふっと微笑んだ。


「……バレット様。ふふ、これが本当に恋をする。というものなのですね。アリスさんには悪いことをしました。」


 彼女はそう呟き、静かに手を僕の肩に添えた。

 次の瞬間、ロザリアさんはふっと微笑んだ。そして、耳元のイヤリングにそっと手を添える。


「正直、この魔法は人生をつまらないものにするので、あまり好きではないのですが。」


 言葉とともに、彼女はイヤリングを引きちぎった。すると、それまで何の変哲もなかった宝石が淡く光り始める。


「な、何を……!」


 僕が言葉を発するより早く、ロザリアさんは僕の手を取った。


「バレット様、どうか使いこなしてください。≪未来を予知する魔法≫」


 その瞬間——


 世界が一変した。



 視界がぐるりと歪む。色彩が反転し、目の前の刺客たちがスローモーションのように動き出す。いや、それだけじゃない——僕の脳内に、彼らの行動が手に取るように理解できた。


(この男は次に左から斬りかかる——)


(この女は僕の視線を逸らせるために飛び道具を——)


(後ろのやつは背後を取ろうとしている——)


 すべてが見えた。予測ではなく、まるで確定事項のように。


「……これが……」


 僕は息を呑んだ。自分の動きが、完璧に相手の攻撃をかわし、最適な一撃を繰り出せることを確信した。


 次に近づく敵の剣の軌道が見える。左側から打ち下ろす、その反復で逃げ道を削るように刺突を込んでくる刺客。素早く次の動きを考える暇もないはずなのに、僕は落ち着いたままだった。


 本能的に、僕の体が「次」の運動を導き出す。僕は感覚の通りに体を捨てるようにして一歩後退。


 次の瞬間、敵の剣が滑り越して空を割った。そして次の、カウンターの持つ刀が僕の肩を狭くかすめるのを見ながら、僕は指先をそちらに向けて≪体を発光させる魔法≫で相手の目を潰す。


 結果として敵の次の動きが止まる一瞬の隙を、僕は見逃さなかった。僕の剣は敵を切り裂いた。



 気づけば、屋敷の中には静寂が戻っていた。僕の呼吸は荒く、手の中の剣が少し震えている。だが、それでも敵はすべて倒れた。


 ふっと、意識の中で何かがほどけたような感覚がした。未来が見えていた力が、急に霧が晴れるように消えていく。


「……っ」


 僕は膝に手をつき、深呼吸をする。魔法の効果が切れたせいか、急に身体が重く感じた。


「バレット様……」


 その声に顔を上げると、ロザリアさんがこちらを見つめていた。彼女の顔は青ざめており、足が震えている。


「怖いです……」


 彼女はそのまま僕に倒れ込むようにもたれかかってきた。


「……ロザリアさん?」


 普段の彼女らしからぬ態度に、僕は戸惑いながらも、彼女の肩を支えた。確かに、あれほどの襲撃を受けた後なら、恐怖を感じるのも無理はない。


「今日は……一緒にいてください。」


 ロザリアさんの声はか細く、震えていた。僕はどうするべきか考えながら、少しだけ距離を取ろうとした。しかし——


「バレット様は、『いや、流石に一緒には寝られません』と言おうとしていますね。」


「え?」


 僕の思考を読んだかのように、ロザリアさんが先回りして言葉を発した。


「それから、『ちゃんと別々の部屋で休みましょう』とも言うつもりですね?」


「……どうして分かるんですか?」


「私の魔法は常に未来を知ることができるのです。自分の意思に関わらず。ですから、封じていたのですが。ふふっ、あなたが何を言おうとしているのか、もう知っていますわ。」


 ロザリアさんの微笑は甘く、どこか意地悪だった。そして、彼女は僕の腕をぎゅっと握る。


「そして、お優しいバレット様は最終的には一緒に寝てくださると分かっていますが、どれほど抵抗なされますか?」


 僕は……何も言えなかった。

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