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第三十一話 目覚めと新たな訓練

 意識がゆっくりと浮上していく。

 まるで長い夢を見ていたような、そんな感覚だった。


 目を開けると、目の前には柔らかい金色の髪があった。

 ロザリアさんが僕の隣に寄り添い、微笑んでいる。彼女の指がそっと僕の髪を梳き、額に優しく触れる。


「お目覚めですのね、バレット様。」


 その声は甘やかで、どこか安心感を与えるものだった。


「……おはようございます、ロザリアさん。」


 喉が渇いている。体は軽く、痛みはもうない。それどころか、今までとは違う感覚がある。力が満ちている。血の中に何か新しいものが流れているような……そんな錯覚。


「気分はいかがですか?」


「……なんだか、体が軽いですね。」


 ベッドからゆっくりと起き上がる。全身にみなぎる力を感じた。拳を握ると、昨日までとは違う、より強い感覚があった。


「ふふ、それは当然ですわ。この薬は、あなたをより強くするためのものなのですから。」


 ロザリアさんがそっと僕の手を取る。その温かさが、不思議と安心感を与えてくれた。


「バレット様、もう少し休まれてもよろしいのですよ?」


「いえ、もう大丈夫です。……朝食を食べたいです。」


「では、行きましょう。」


 ロザリアさんに促され、僕はベッドを降りた。


 朝食の席に着くと、すでにアリスが待っていた。

 彼女は何も言わず、ただ静かに僕を見つめた。その視線には、いつもの優しさの中に、どこか険しさが混じっていたような気がする。


「お兄様……おはようございます。」


「ああ、おはよう。アリス。」


 いつものように朝食が始まる。だが、アリスは食事の手を止めがちだった。何かを言いたそうな素振りを見せるが、結局は何も言わない。


 その沈黙を破るように、扉が勢いよく開いた。


「……おい!大変だ!!」


 クリスが大股で入ってくる。表情には戸惑いが浮かんでいた。


「ん? どうした、クリス?」


「……騎士たちが倒れてた。血まみれでな。いったい何があったんだ?」


 その言葉に、食卓の空気が一瞬止まる。アリスが微かに肩を震わせたが、ロザリアさんは動じることなく微笑んだ。


「ご安心くださいませ、クリス様。」


 ロザリアさんは上品な所作でフォークを置き、優雅に言葉を紡ぐ。


「昨夜、暗殺者が屋敷に侵入したのですわ。私の護衛騎士たちが応戦し、どうにか撃退いたしましたの。」


 ロザリアさんの言葉に、クリスは眉をひそめる。


「暗殺者? そりゃ大事じゃねぇか。」


「ええ。ですが、もうご心配には及びませんわ。屋敷の安全は確保されました。」


 その優雅な微笑みの裏に、何かを隠しているような気がした。

 本当は——昨夜、アリスが騎士たちを全滅させたのだ。


 アリスは何も言わなかった。反論したい。しかし、ロザリアさんの手には、お兄様の薬が握られている。ここで下手に騒げば、バレット様の命を危険に晒すことになる。


 だから——黙るしかなかった。


「……じゃあ、もう依頼は終わりか?」


 クリスが素直な疑問を投げかける。


「はい、そうですね。」


 ロザリアさんは微笑みを絶やさず、僕の方を見た。


「ですが、バレット様、もしよろしければこの屋敷でしばらく訓練なさいませんか?」


「えっ?」


「強くなるには、ここは良い環境ですわ。」


 その言葉に、クリスが真っ先に反応した。


「それいいじゃねぇか! ここならちゃんとした環境で訓練できるし、バレットももっと強くなれるぜ!」


 クリスの目は輝いている。クリスにとっては、今の冒険者ランクで戦うような魔物は雑魚だ。雑魚狩りをするより、ここの方がずっと有意義な訓練になると考えたのだろう。


 僕は考え込む。確かに、僕はもっと強くなりたい。でも……ずっとお世話になるのもどうなのだろうか。


「アリス様も、ご賛同いただけますか?」


 ロザリアさんがアリスに問いかける。


 アリスの指がわずかに震えた。


「……ええ、いいと思いますよ。」


 搾り出すように、アリスは答えた。


 その光景にロザリアは満足げに微笑んだ。

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