第三話 危機
今日、行商人が村にやってくるということで、アリスと一緒に出かけることにした。
普段は静かな村も、行商人が来る日だけは少しだけ賑やかになる。
村の人々があちこちで立ち話をしており、子供たちは普段見慣れない商品に目を輝かせている。
「バレットたちも来たのか!」
クリスが遠くから手を振っている。
「何か良さそうなものはあった?」
「うん!すごく鋭そうな剣とか、綺麗な石とか、いっぱいあるよ!」
滅多に来ない行商人に、クリスは興奮しているのがよく分かる。
並んでいる品物の中には、剣や装飾品、薬草などが所狭しと並べられていた。
見たことのない植物や奇妙な形の石もあり、見ているだけで飽きない。
「気に入るものはありましたかな?」
突然、優しそうな声が聞こえた。
振り向くと、大きなリュックを背負った、少し小柄な男性が立っていた。
見たことがない人だったので、おそらくこの人が行商人なのだろう。
「おや……君が、あのエルフの……」
「分かるんですか?」
商人はニコリと笑顔を浮かべる。
「えぇ、その少し尖った耳はハーフエルフの特徴ですから。」
自分では気にしていなかったが、他の人から見ると、耳の形はそんなに特徴的なのだろうか。
「お近づきの印にこれをどうぞ。」
商人は箱から小さな袋を取り出し、僕に手渡してきた。
「これは?」
「御守りです。エルフの子供ともなれば、きっと大きく成長するでしょうからね。先行投資とでも思って下さい。」
「ありがとうございます!」
「いえいえ。」
商人はそう言うと、他の客の対応を再開した。
本当はこの御守りの効能などを聞きたかったが、忙しそうなので遠慮することにした。
しかし、これがこの世界の御守りか。
手に持つと、ほのかに香るが、なんだか少し独特な臭いがする。
とりあえず大事な日だけ身につけようと思い、袋を仕舞おうとした、その瞬間——
ヒョイッ
手元から袋が奪われた。
「へへん!犯罪者の子供がこんな豪華なもん持ってんじゃねぇよ!俺が有効活用してやる!」
僕と同年代の男の子だった。
何度か見かけたことはあるが、話したことはなかった。
「ちょっとアレクセイ!何してるんだ!」
「げっ、クリス!!」
クリスがアレクセイというらしい少年に怒り、それを見たアレクセイは露骨に動揺する。
「げ、じゃない!返しなさい!」
「嫌だね!これは俺のだ!!」
そう言って、アレクセイは仲間と共に逃げていく。
「待て!」
クリスは追いかけようとしたが、僕は彼の肩を軽く叩いて制止する。
「別にいいよ。商人の人には申し訳ないけど、タダで貰ったものだし、僕だけがもらうのはズルいと思われるのも当然かもしれないからね。」
「まぁ……バレットがいいなら……」
それに単純にあの袋、臭かったし。
正直、奪われて少しホッとしている自分もいる。
———
次の日。
「おい!魔女の子供!森に行くぞ!!」
家の前にアレクセイとその仲間たち、そしてクリスまでもが訪ねてきた。
「こら、バレットをそんな呼び方するな!」
クリスがアレクセイの頭を軽く叩く。
「痛い痛い!わかった!わかったから!!」
「ならいい。」
クリスは鼻を鳴らし、僕の方を見る。
「森に行くのか?」
「そうだ!」
アレクセイが得意げに答えた。
「大人たちは知ってるの?」
「知られたら怒られるに決まってるだろ!」
なるほど。
態々、母さんがいないこの時間を狙って訪ねてきたのは、そういうことか。
「大人たちがダメって言うのは、危ないからなんだ。そんな場所に子供だけで行くのはよくないよ。」
「へっ、犯罪者の子供のくせに、そんな度胸もねぇのか!」
「煽っても行かないよ。」
「アリスもダメだからね。」
「勿論です!お兄様!」
アリスはしっかりと理解しているようで、力強く頷く。
「なんだよ。お兄様、お兄様って!俺は村長の息子で、すごいんだぞ!」
なるほど、完全に理解した。
アレクセイはアリスのことが好きなのか。
だからいいところを見せたくて、無謀な冒険に行きたがっているのだろう。
「とにかく、ダメだから。クリスもやめた方がいいよ。」
「えー、面白そうなのに。」
納得はしていないようだが、渋々と彼らは帰って行った。
———
そして、次の日。
家に帰ると、机の上に一枚の置き手紙があった。
——『アリスは預かった。山に行く。ビビリは来なくていいぞ。』
「《精神を落ち着かせる魔法》……まずは大人に報告だ。」
魔法のおかげで冷静になれた。
「爺さん!」
「ん? なんだ? 今日は剣を教える日じゃないぞ。」
「これを見てくれ!」
僕は手紙を見せる。
「……はぁ……村長のバカ息子の仕業か。」
「多分。」
「ワシは村長たちに報告した後に向かう。バレット、お前は先に山へ行け。」
「早く行かなくても大丈夫なの?」
「この山の危険な魔物はワシが事前に狩っておる。来るとしても小物が数体程度じゃ。それにクリスもいるのだろう? ならば何も問題はない。」
「なるほど。なら先に行ってるね。」
「うむ、慎重にな。」
爺さんの言葉を背に、僕は山へと走り出した。
血の匂いが濃くなっていく。
魔物の死体がそこら中に転がっていた。
これで“魔物は少ない”と言うなら、この山は普段どれだけ魔物で溢れているのか。
そして、木々の間を抜けた先——そこにいた。
アリスとアレクセイたちは泣きながら地面に座り込んでいる。
クリスがその前方で立っていたが、彼の肩からは大量の血が流れていた。痛みに慣れていないのか涙を流しており、恐怖に支配され戦意は見られない。
そして——
魔物。
深い紫色の棘に覆われた、獣のような怪物。
その目は赤黒く光り、牙を剥いて唸りを上げている。
その場の空気が凍りつく。
これは——
僕には勝てない。
そんな直感が走った。
しかし——
「クリス! アリス! 無事か!?」
叫びながら、僕は震える手で剣を握りしめた。
魔物が、低く唸りながらこちらを睨む。
僕は、覚悟を決めるしかなかった。




