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第二十九話 誘い

 朝日が窓から差し込み、静かな空気が屋敷に満ちる。俺はまだこの生活に慣れきれてはいないけれど、それでも朝の食卓に足を運ぶのは少し楽しみでもある。


 食堂に入ると、いつも通り豪華な朝食が並んでいた。こんな贅沢な食事が毎日用意されるなんて、まるで貴族の暮らしみたいだ。いや、実際そうなんだけど。


「おはようございます、お兄様。」


 アリスが席に着きながら俺に微笑みかける。その表情は柔らかくて、なんだか安心する。


「おはよう、アリス。」


 席につくと、ロザリアさんが優雅に紅茶を口に運んでいた。まるで絵に描いたような貴族の姿だ。


「バレット様、よく眠れましたか?」


 ロザリアさんの声は心地よくて、なんとなく落ち着く。


「ああ、ぐっすりと。」


 僕がスープをすすっていると、クリスが大きな足音を立てて入ってきた。


「おっす! 今日もメシがうまそうだな!」


 相変わらず元気なクリスに、場が一気に明るくなる。


「クリス様、今日も騎士団の方々と訓練をなさるのですか?」


 ロザリアさんが優雅に尋ねると、クリスは得意げに頷いた。


「もちろんだ! それにな、今日はバレットも一緒にやるんだぜ!」


「僕も?」


 いきなりの話に驚いた。


「当たり前だろ! ここにいるだけじゃ鈍るし、強いやつと戦うのはいい経験になるぜ!」


 クリスの言うことはもっともだ。僕はまだまだ強くならなきゃいけない。


「……確かに。体を動かすのも悪くないな。」


 そう答えると、ロザリアさんが微笑んだ。


「素晴らしいことですわ。でも、お怪我には気をつけてくださいね。」


 僕はその言葉をありがたく受け取った。



 訓練場に来ると、すでに騎士団の人たちが準備を終えていた。ここは広くて整備も行き届いていて、まさに鍛錬のための場所といった感じだ。


「よし、準備はいいか?」


 クリスは剣を軽く回しながら僕に確認する。僕はしっかりと柄を握りしめ、頷いた。


「……強そうな人ばかりだな。」


「そりゃあな! ここは貴族の騎士団だぞ!」


 クリスが楽しそうに笑う。


 すると、クリスは訓練場に立っている騎士団の隊長へと歩み寄り、笑みを浮かべながら剣を肩に担いだ。


「隊長、俺と一戦やらねぇか?」


 隊長は驚いたように眉を上げるが、すぐに口角を上げた。


「いいでしょう、クリス様。その自信、確かめさせていただきましょう。」


 試合が始まると、空気が一変した。クリスは躊躇なく攻め込んでいく。隊長も応戦するが、互角以上の戦いになっていた。


 一方、僕は一般の騎士と手合わせをすることになった。


「よろしくお願いします!」


 相手は経験豊富な騎士だった。僕は全力で戦ったけど、途中までは拮抗していたと思うけど、最後の一撃で押し負けた。


 剣を絡め取られ、体勢を崩すと同時に、相手の刃が喉元にピタリと止まる。


「……くそ、負けたか。」


 悔しいけれど、それでも相手は本当に強かった。僕は自分の剣を見つめながら、もっと強くならなきゃいけないと改めて思った。


「バレット様は十分に強いですよ。まだ子供言ってもいい年齢なのに、ここまで戦えるのは驚きです。」


 そう言われたけど、僕は納得できなかった。同い年のクリスは隊長と戦っているのに、僕はまだ一般の騎士にすら勝てない。これじゃあ、僕の夢は……。


 そう、僕には夢がある。


 幼いころ、僕は強くなってたくさんの女性に囲まれたいと思っていた。戦士として名を馳せて、美しい女性たちが僕を支えてくれる——そんな夢を抱いていた。


 ハーレムを作るという夢。それは子どもっぽいかもしれない。でも、まだどうしようもなく憧れてしまう。僕にとってはどうしても捨てられないものだ。そのためには、もっと力が必要だ。



「……もっと強くならなきゃな。」


 僕は剣を握り直した。





 静かな夜の帳が屋敷を包み込み、窓の外には冷たい月の光が降り注いでいた。屋敷の中はすでにほとんどの明かりが落とされ、静寂の中に僅かな燭台の灯りが揺れている。


 僕はロザリアさんの招きに応じ、彼女の私室へと足を踏み入れた。


「遅い時間ですみません。」


 部屋に入ると、ロザリアさんはすでに用意を整えたように椅子に腰掛け、手元には二つのワイングラスが置かれていた。そのうちの一つを優雅に持ち上げ、僕を見つめながら微笑む。


「いいえ、むしろお時間をいただけて嬉しいですわ。」


 彼女の声は柔らかく、しかし、どこか心の奥底に響くような魅力を持っていた。


「バレット様、あなたは強くなりたいと思っていらっしゃいますわね?」


 その問いに、僕は思わず息を呑む。


「……まあ、そうですね。でも、それが?」


 ロザリアさんは静かに立ち上がり、サイドテーブルの上に置かれた小箱を開ける。その中から取り出したのは、小さなガラス瓶だった。瓶の中では淡い紫色の液体が揺らめき、まるで月光を閉じ込めたかのように妖しく輝いている。


「この薬を使えば、あなたの力は今よりも何倍にも増しますわ。」


 ロザリアさんは怪しく笑う。

 僕は瓶をじっと見つめた。瓶の中の液体は、どこか神秘的でありながら、手を伸ばせば取り返しのつかない何かに触れてしまうような気がした。


「……本当に?」


 ロザリアさんは静かに微笑みながら、僕のグラスにワインを注いだ。その動作はまるでこの会話が特別な儀式であるかのように優雅で、そしてどこか妖艶だった。


「ええ、間違いなく。ただし、効果を最大限に引き出すには、定期的に摂取する必要がありますわ。」


「定期的にですか?」


「そうですわ。この薬は、あなたの魔力を増幅し、身体の潜在能力を引き出します。しかし、一度摂取すると、その効果を維持するためには、定期的に服用し続けなければなりませんわ。」


 僕は迷った。確かに強くなれるのは魅力的だ。でも、薬に頼るというのは……。


「……副作用は?」


 ロザリアさんは優雅に微笑みながら、ワインを一口飲む。


「副作用といえば、もし服用をやめた場合、魔力の流れが鈍くなり、体が鈍くなることがあるかもしれませんわね。」


「……もし、服用できなくなったら。」


「バレット様は命の恩人です。この力を求め続ける限り、私が提供いたしますわ。」


 ロザリアさんはグラスを傾けながら、ゆっくりと僕を見つめた。その瞳には確信が宿っていた。


「バレット様、自身の夢のためにあなたはこの力を手に入れますか?それとも、この程度の決断はできなほど、あなたの夢は小さいものですか?」


 僕は喉を鳴らした。目の前の瓶が、まるで僕の答えを待っているかのように、月の光を受けて静かに輝いていた——。

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