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第二十八話 悪女たちの夜


 静寂が支配する深夜の屋敷。その中で、二人の女性が向かい合っていた。


「バレット様について、ですか?」


 ロザリアは優雅に髪をかき上げながら、ゆったりとアリスを見つめた。淡く光る燭台の炎が彼女の長い睫毛に影を落とし、その表情に微かな陰りを生じさせていた。彼女の口元には微笑が浮かんでいたが、それは単なる礼儀ではなく、どこか楽しげな色を帯びていた。


「はい。」


 アリスもまた笑みを浮かべていたが、それはロザリアのものとは対照的に冷たく、静謐なものだった。彼女の指が軽く膝の上をなぞる。まるで時間の流れを操るかのような、慎重な動作だった。


「私は常にお兄様の幸せのために生きています。」


 彼女はそう言いながら、ロザリアの瞳を見据えた。その言葉はまるで事実の再確認のように淡々としており、余計な感情の揺れを感じさせなかった。


 ロザリアはその視線を真正面から受け止める。そして、静かにカップを持ち上げ、優雅に紅茶を口に含んだ。


「なるほど。」


 一口飲み、カップを戻す。


「それで、本題は?」


 彼女の声音は変わらぬ穏やかさを保っていたが、その奥には確かな興味が宿っていた。


「ロザリア様。私は知っていますよ。」


 その呼びかけは静かだった。しかし、次に紡がれる言葉が、この場の空気を一変させた。


「あなたは、ご自身の家族を手にかけましたね。そして……あのゴブリンたちに身体と知恵を差し出し、媚びを売っていた。」


 ロザリアの指が止まる。わずかに長い睫毛が揺れたが、すぐに彼女は微笑を崩さなかった。だが、カップを持つ指先には力が入りすぎ、わずかに震えていた。


 しかし、次の瞬間には、何事もなかったかのように唇の端を持ち上げる。


「……まあ。」


 その声には驚きも否定も含まれていない。まるで、とうに予測していたことを聞かされたかのようだった。


「脅すつもりかしら?」


 彼女はアリスの反応を探るように、細い指をカップの縁でなぞる。わずかに角度を変えた視線が、アリスの表情を探るように揺れる。


「いいえ。」


 アリスは軽く首を横に振った。


「協力ができないかなと思いまして。」


 ロザリアの動きが止まる。ほんのわずかだが、手元のカップを置く動作に一瞬の間が生まれた。


「協力?」


 その言葉を吟味するように繰り返す。


「はい。」


 アリスはゆっくりと手を組み、そのまま椅子の背に寄りかかった。


「私はお兄様を守るための武力的な力は持っています。しかし、現状では政治的な力はありません。あなたには、それがあるはず。」


「なるほど。」


 ロザリアは再び微笑を浮かべる。しかし、今度のそれは少しだけ鋭さを帯びていた。


「アリスさんもバレット様のことを好いているのでしょう? 独占したいという気持ちはないの?」


 アリスは静かに首を振る。


「ええ、私はお兄様の幸せが最上の喜びですので。それに……お兄様にはハーレム願望があるようです。叶えてあげるのが最高のパートナーだと思いませんか?」


 ロザリアの指先がカップの取っ手を軽く叩く。乾いた音が静寂の中で響く。


「……いいでしょう。」


 彼女はカップを持ち上げ、一口紅茶を飲む。


「あなたと戦うのは私としても避けたいものですから。その代わり、バレット様が私一人を愛すると言われた時は……ごめんなさいね。」


「売女にそれが可能ですか?」


 アリスの言葉にロザリアは眉を上げる。しかし、すぐに表情を崩し、くすくすと笑った。


「……蜘蛛の巣が張っているような女性よりは、まだマシではなくて?」


 しばらくの沈黙。二人の間には、言葉以上の何かが漂う。



「ちなみに、どのようにしてゴブリンの情報を? あれはあなたの仕業というわけではないのでしょう?」


 ロザリアがカップを置きながら問う。


「この使い魔のおかげです。」


 アリスの肩に留まっていたカラスが、嘴を開いた。


「すべて話させられた。」


 その声は低く、どこか湿り気を帯びていた。


 ロザリアはカラスの目をじっと見つめる。


「……なるほど。」


 ロザリアは軽く目を伏せ、微笑んだ。


「アリスさんの新しい使い魔……黒ゴブリンの中身なのですね。」


「どうでしょう?」


 アリスはにこりと微笑む。


「あれほど俺に好きと言っていたのに……怖い女だなぁ、お前は。」


 カラスがロザリアに向かって呟く。


 ロザリアは、その言葉に笑みを深くする。


「……ふふっ。力は強くても、私の言葉に騙されて踊らされるなんて、滑稽でしたわ。」


「人間の女はろくなやつがいないな……。」


 カラスはアリスの肩を離れ、窓から外へと飛び立った。


 アリスは立ち上がり、ロザリアを見下ろした。


「裏切るなら……容赦しませんわ。」


「ふふ、私も同じ考えですわ。」


 扉が静かに閉まり、ロザリアはひとり静かに紅茶を飲んだ。


「さて……出し抜くには策を弄する必要がありますわね。」


 その唇には、まるで獲物を捕らえる寸前の猛獣のように弧を描いた。


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