第二十四話 束の間の休息
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「よし、今日もクエストに行くぞ!」
朝早く、クリスが元気よく宣言した。
だが——
「いや、今日は流石に休もう。」
僕は布団の中からうめきながら答えた。昨日の戦いの疲れが、まだ身体に残っている。
「は? なんでだよ? せっかく調子がいいのに、休むとかありえねぇだろ。」
クリスが腕を組み、不機嫌そうに僕を見下ろす。
「昨日の依頼、大仕事だったろ? ゴブリンの群れを相手にして、しかもあの黒ゴブリンまで……流石に休むべきだ。」
「そうですね。お兄様の言う通りです。」
アリスがすっとクリスの横に立つ。
「無理に連続で依頼を受けても、疲れがたまるだけですし、しっかり休養を取ることも大切ですよ?」
「……ちっ。」
クリスは渋々といった様子で肩をすくめた。
「なら今日は俺と出かけようぜ、バレット。」
「えっ?」
僕が驚いていると、クリスが強引に話を進める。
「どうせ休むなら、体を動かすくらいはした方がいいだろ? どうせなら買い物でも行こうぜ。」
「なら、私は明日お兄様と出かけますね。」
アリスがさらりと告げる。
「……二日も休むのか?」
クリスが怪訝そうに眉をひそめる。
「じゃあ、三人で一緒に出かけますか?」
アリスが微笑みながら提案すると、クリスは少しの間考え込み——
「……休暇二日でいい。」
と、小さな声で呟いた。
僕は、クリスが折れたことに驚きつつも、内心ホッとした。
「私も今日は一人でやりたいことがあったので助かります。」
アリスがそう付け加えると、クリスは何とも言えない表情を浮かべた。
僕はクリスの表情の変化に気づかない。だが、アリスはしっかりとその視線を見逃していなかった。
(クリスさん、ようやく少しだけ自覚したみたいですね……。)
アリスは静かに微笑んだ。
◆
「結局、鍛冶屋か……。」
「そりゃそうだろ。戦う以上、武器は命より大事だ。」
クリスは何の迷いもなく新しい剣を手に取る。鋭く光る刃を吟味するその横で、僕は店内を何気なく見ていた。
ふと、女性用の鎧コーナーが目に入る。
装飾のついた軽装の鎧や、実用的な革の胴着などが並んでいる。
「……最近さ。」
突然、クリスがぼそっと呟いた。
「ん?」
「俺っていうの……ちょっと変えようかと思ってるんだが。」
「え?」
僕が驚いてクリスを見ると、彼女は鎧の方をじっと見つめたまま、小さく唇を噛んでいた。
「突然変えたら……笑うか?」
緊張したような声音で、クリスが尋ねる。
その瞬間、僕は思わず吹き出してしまった。
「ははっ!」
「……は?」
クリスの眉間に深い皺が寄る。
「お、おい! 何笑ってんだよ!!」
「いや、悪い。別にバカにしてるわけじゃないんだ。」
僕は慌てて手を振りながら言う。
「ただ、前から思ってたんだよ。クリスって外見は完全に女なのに、『俺』って言うのが違和感あったんだよな。」
「……そ、そうか?」
クリスがそわそわと鎧を見つめる。
「じゃあさ、これなんかどうだ?」
僕は、店の奥に飾られているゴツい鎧を指さした。
分厚い金属のプレートが重なり、戦場の歴戦の騎士が着るような威圧感たっぷりの一品だ。
「これなら他の冒険者に『女なのに俺って言ってる』ってバカにされないぞ?」
「は?」
クリスの表情が一瞬で険しくなった。
「おい、バレット。お前……今なんつった?」
「いや、だから、この鎧を着れば——」
「そういう話じゃねぇ!!!」
クリスの怒声が武器屋に響いた。
「じゃあこれは?」
僕は隣の棚に並んでいた、やけに露出の多い女性用の軽装鎧を指差した。
「軽くて動きやすそうだし、見た目も——」
「ふざけんな!! こんなの恥ずかしくて着られるか!!!」
クリスの怒声が再度、武器屋に響いた。
◆
「……ったく、お前のセンスは本当にどうにかならねぇのか?」
店を出た後も、クリスはぷんぷんと怒っていた。
「いや、でも似合うと思ったんだけどなぁ。」
「……くそっ。」
クリスは苛立った、しかし多少照れたような姿で髪をかき上げた。
そして、ふとつぶやく。
「……まあ、少し考えてみる。」
「ん?」
「なんでもねぇ!」
クリスは頬を軽く染めながら、そっぽを向いた。
「……まあ、確かにたまには休みも悪くねぇな。」
そう小さく呟くクリスの姿に、僕は何となく嬉しくなった。
こうして、僕たちの休暇一日目は過ぎていった——。
そして翌日、アリスとの時間が待っていた——。