第二十三話 帰還と新たな動き
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町の門が見えてきた。長い戦いと護送を経て、僕たちはようやく目的地へと辿り着いた。
「やっと着いたか……。」
クリスが軽く伸びをしながら呟く。捕虜たちは疲れ果てていたが、ようやく安心できる場所に辿り着いたことで、ほっとした表情を浮かべていた。
町の門兵がこちらに気付き、警戒の色を浮かべながら近づいてくる。
「お前たちは?」
「冒険者のバレットです。ゴブリンの支配していた廃村で捕虜になっていた人々を救出し、護送してきました。」
門兵は驚いたように目を見開いた。
「ゴブリンたちは……?」
「全て討伐しました。」
その言葉に、門兵は安堵した表情を見せる。そして、救出された人々の姿を確認すると、彼らをすぐに町の医療施設へ案内するために動き出した。
「本当に助かった。お前たちには感謝する。」
町の人々が集まり、救出された人々を迎え入れる。歓声が上がる中、ロザリアが一歩前に出た。
「私はロザリア・フォン・エルムハイド。エルムハイド公爵家の娘です。父に連絡を取り、正式な護衛を要請したいのですが。」
門兵たちは驚き、すぐに彼女を迎え入れるための準備を始めた。
「ご無事で何よりです。すぐに迎えを手配いたします。」
ロザリアは優雅に頷きながら、ちらりと僕を見た。
「バレット様、本当にありがとうございました。落ち着きましたら、改めてお礼の連絡をさせて頂きますね。」
僕は軽く頷き、ロザリアと別れた。
◆
ギルドに到着すると、受付嬢が驚いた顔で僕たちを迎えた。
「えっ!? 本当に戻ってきたんですか?」
「ずいぶん失礼な言い方だな。」
クリスが苦笑する。
「申し訳ありません。先に帰還したカインさんたちがあなたたちのことを何も話さなかったので、てっきり……」
様々な会話を挟む。
その後
僕はギルドのカウンターで、今回の出来事を報告した。
通常のゴブリンよりもはるかに多い敵の数。
上位種の存在。
黒い異質なゴブリン。
そして、捕虜となっていた人々。
「……そんなことが。」
受付嬢は険しい表情を浮かべる。
「これは……ギルドだけで対処できる問題ではないかもしれませんね。領主や王国に報告するべき事案ですので、のちほどまた話を伺う必要があるかもしれません。」
ギルドはすぐに王国へ報告を送る手続きを進めた。
「あ、お疲れのところお待たせして申し訳ありません。では、こちらが報酬になります。」
金貨を複数枚受け取る。依頼の難度が跳ね上がったため、報酬も増額されていた。
「まあ、割に合うかは別の話だけどな。」
クリスがぼやく。
「これでしばらくは楽に過ごせますね。」
アリスは静かに微笑んだ。
◆
その夜。
バレットが眠った後、アリスは静かに部屋の窓を開け、肩にとまるカラスを撫でた。
「どう?この世界は楽しい?」
「フン……お前に縛られていなければ、もう少し自由を楽しめたのだがな。」
カラスは低く笑った。
「でも、私の力がなければ、今頃消えていたのも事実でしょう?」
「……それは否定できん。」
「なら、今は大人しくしておきなさい。お兄様の前では、特にね。」
アリスは不気味なほどに穏やかな笑みを浮かべた。
「フン……。」
カラスは静かに羽を震わせ、夜の闇を見つめた。
町の静かな夜に、不吉な気配が漂っていた。
◆
ロザリアが屋敷に帰った後。
彼女はゆっくりと執務室の椅子に腰掛け、指先でカップの縁をなぞりながら微笑んだ。
「さて……どこから片付けましょうか?」
柔らかな口調とは裏腹に、その眼差しは氷のように冷たい。
少しでも自分以外の者に忠誠をささげるメイドや使用人はすでに排除されていた。清掃された床には血の跡一つなく、まるで最初から何事もなかったかのような静けさが支配している。
ロザリアのたぐいまれなる商才によって、実質的にエルムハイド公爵家を支配していたのは彼女だった。そして、今回の救出が遅れた理由も明白だ。
家族はロザリアを疎ましく思い、意図的に彼女の救出を遅らせた。
そんなことをしたらどうなるかは明白であった。
彼女にとって家族愛など、とうに捨て去った物に過ぎない。
「今回、助けに来るよう命令を出さなかった罪……どう償うつもりかしら?」
ロザリアはふわりと微笑みながら、父と兄たちを見渡した。
彼女の美しさはこの上なく洗練されている。しかし、その微笑みには冷たい毒が宿っていた。
「私も優しくなりましたのよ?」
彼女はしなやかな手つきで黒く変色した銀製のティーポットを持ち上げ、紅茶をカップに注ぐ。
「選ばせてあげるわ。ここで私と最後のお茶を楽しむか、それとも……今夜は静かにお休みになるか。」
その言葉に、部屋の空気が一気に張り詰める。
ロザリアは何気ない仕草で、スプーンを持ち上げ、紅茶をかき混ぜた。
「心配しなくても、どちらを選んでも同じこと。……さて、どうされますか?」
父と兄たちは蒼白になり、どちらの選択がより穏やかな死を迎えられるのかを悟る。
「お好きなほうをどうぞ。」
ロザリアの赤い唇から放たれる甘美な声が、死の宣告のように響いた。
◆
また、ロザリアは見目のいいエルフの男たちを、己に奉仕させるために複数飼っていた。
長年、彼らは彼女の気まぐれな慰み者であり、見せかけの寵愛を受けていた。しかし——
バレットという最愛の相手を見つけた今、もはや彼らに価値はない。
「あなたたちの役目は、もう終わりよ。」
ロザリアは濃い睫毛を伏せながら、何の感情も込めずに言い放つ。
エルフたちは息を呑み、顔を見合わせた。
「……お待ちください、ロザリア様。私たちは、ずっと——」
「ずっと何かしら? 私に尽くしてきた、とでも?」
ロザリアは涼やかな笑みを浮かべながら、すっと立ち上がった。
「ええ、そうね。確かにあなたたちは私のそばにいた。私も気持ちいい思いをしたし、させてあげたわね。」
にこりと優雅な笑みをこぼし、ドレスの胸前の生地をそっと引っ張る。その隙間から、ほんのりと谷間が覗き、柔らかな光が照らし、間に影が差す。その僅かな所作で大きな果実は大きく揺れる。その様に果実を味わったことのあるエルフたちは感触を思い出し、ごくりと喉を鳴らす。
「けれど……ごめんなさい。必要がなくなったものを取っておくほど、私は物持ちが良くないの。それに貴方たちよりもまだ、ゴブリンの方が上手かったわ。」
彼女はそう言い笑うと、優雅に踊るような仕草で、手をひらりと振る。
その瞬間、部屋の奥に控えていた黒衣の男たちが音もなく前に進み出る。
「あとは任せるわ。今夜は、処分するものが多いわね。」
「……ロザ!」
エルフの一人が涙を浮かべながら彼女に縋りつこうとした。しかし、触れることもかなわず捕らえられ、無理やり引きずられていく。
「その呼び方を許したのベッドの中でだけよ?」
ロザリアはナイフを手に持ち投げる。それは見事に男の頭に突き刺さった。
「ふぅ、それに、元々テロリストなのだから、当然の末路でしょう?」
そう言い放つロザリアの声は、驚くほどに抑揚がなかった。
彼女の白い指先が、さりげなくテーブルの上の紅茶カップを撫でる。
「紅茶が冷めてしまうわ……。」
微かに舌を打ち、ロザリアはゆっくりと椅子に腰掛ける。
「バレット様……あぁ鮮明に顔が思い浮かびますわ。」
彼のことを思い浮かべると、胸の奥が熱くなる。
叫び声、匂う血と涙の香り。そのすべてを無視し、ロザリアは手を秘所に移し、甘い声を上げた。




