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第二十二話 戦闘の終焉と後処理

 黒ゴブリンの姿がただのゴブリンに戻った。



「……ふざけるな……っ!」


 カインが剣を握りしめ、悔しそうに震えながら叫んだ。


「お前らが……お前らがもっと早く動いていれば、あいつは死ななかったかもしれねぇだろうが!!」


 その当てる相手のいない怒りの矛先は、僕たちに向けられていた。


 僕はその言葉を真正面から受け止め、静かに答えた。


「俺たちは……できる限り全員が生き残れるように努力した。」


「ふざけるな!! そんなもの、結果がこれじゃ意味ねぇだろ!!」


 カインは怒鳴りながら、今にも剣を振り上げそうなほど荒ぶる。だが、その隣で冷ややかにクリスが口を開いた。


「……お前が突っ込んだせいだろ。」


「なんだと……?」


「忘れたのか?俺たちは慎重に行動しようとしてた。でも、お前が勝手に突っ込んで、戦いを始めたんだ。結果、仲間が死んだ。……その責任は、誰にある?」


 カインはギリッと歯を噛みしめ、クリスを睨みつけた。


 だが、言い返せない。自分が突っ込んだことで戦闘が始まり、仲間を守れなかった。その事実が彼を縛る。


 沈黙が流れる。


「……もう、いい。」


 カインは小さく呟いた。


「は?」


「俺たちは、もう帰る。こんなやつらと組むのはゴメンだ。疫病神どもが!」


 カインはそう言い捨てると、仲間の屍を包み、怪我も治っていないというのに村から去っていった。




 戦いの終わった村の中央には、多くの捕らわれていた人間たちがいた。


 彼らはゴブリンの労働力として扱われていた。木材の運搬、食料の確保、さらに生き残るために強制労働をさせられていた。


「助けてくれて、ありがとう……!」


「本当に……本当に感謝します!」


 解放された人々は、涙を流しながら僕たちに感謝を伝えてくれた。


 だが、その中で一際目を引く人物がいた。


「……あなたは?」


 汚れてはいたが、明らかに一般人とは違う気品を感じさせる女性が立っていた。彼女の衣服は泥まみれだったが、元々は上等なものだったとわかる。


「私は……ロザリア・フォン・エルムハイド。エルムハイド公爵家の娘です。」


 僕は驚いた。

 まさか、貴族の令嬢が捕らわれていたとは。


「あなたが、この村に……?」


 ロザリアは静かに頷いた。


「勿論お礼は致します。ですので、近くの町まで送っていただいてもよろしいですか?」


「……もちろんです。」


 捕らえられていた人々は解放され、彼らの多くは憔悴している。助けて終わりではない。今度は彼らを安全に町へ護送しなければならない。


 カインたちは既に村を去っており、残されたのは僕たちだけ。護送の準備を整え、僕たちはゆっくりと村を後にした。


 助けた人々を護送しながら、森の中を進む。僕はふとアリスの肩にとまっている黒いカラスに目を向けた。


「アリス、そのカラスは?」


 アリスは一瞬だけ僕を見て、微笑む。


「新しい使い魔です。」


「使い魔? そんなのいつの間に……?」


「ついさっきですね。」


 アリスは淡々と答えた。多くの魔物を倒したから力が増したのだろうか。アリスは≪死者から力を奪う魔法≫が使える。きっと僕らよりも早く成長しているのだろう。


「フン、お前が新しい主人か……まあ、前よりは、悪くはないな。」


 カラスは低い声で呟いた。


「……喋るの?」


 バレットが驚くと、アリスは軽く微笑んだ。


「ええ。賢い子みたいです。」


 しかし、その言葉に違和感を覚えたのはクリスだった。


「……どこかで見たことがある気がする。」


 クリスはカラスをじっと見つめる。しかし、その記憶を手繰り寄せようとする前に、カラスは不気味に喉を鳴らした。


「気にするな、人間。」


 その一言で、クリスの思考は中断された。


「……まあ、使い魔なら別にいいか。」


 クリスは首をかしげながらも、それ以上は追及しなかった。


 道中、バレットに妙に近づく存在があった。


「ねえ、バレット様?」


 それは、ロザリア・フォン・エルムハイドだった。


 村で捕らわれていた他の人々とは違い、彼女は明らかに余裕がある様子だった。もちろん、汚れた服装や疲労の色は見えていたが、他の捕虜のような衰弱は感じられなかった。


 彼女はバレットの横を歩きながら、上目遣いで微笑む。


「バレット様は、とても頼りになる方ですね。」


「……そうかですか?他のアリスたちの方がよっぽど活躍してたと思いますけど。」


 悲しいかな現状の現実だ。

 ロザリアはそれでも優しい表情で微笑む。


「そんな卑下しないでくださいな。わたくしに斬りかかるゴブリンをバレット様が目の前で倒してくださいました。そのおかげで助かったんですもの、とても感謝しているのですよ。」


 ロザリアは僕の腕にそっと触れ、話を続けた。腕が少し震えている。貴族の令嬢がいきなりあのような環境だ。きっと怖かったのだろう。


「それにしても……あの黒いゴブリンは不思議でしたね。」


「……何か知っているんですか?」


「ええ、まあ。」


 ロザリアは指先で金色の髪を弄びながら、わざとらしくため息をつく。


「あのゴブリンは、特別扱いされていました。普通のゴブリンは、ただ獲物を襲うだけの野蛮な存在でしょう? でも、あのゴブリンは違いました。」


 彼女はバレットの顔をちらりと覗き見る。


「酒を好み、女を求め、まるで貴族のように振る舞っていたんです。」


「……なるほど。」


 バレットはロザリアの言葉を飲み込む。

 黒ゴブリンはやはり、普通の魔物とは違う何かだったのだ。


「本当に怖かったです。バレット様が助けてくれなかったら私はどうなっていたか……。」


「もう安心してください。僕だけではできることは限られますが、僕には優秀な仲間がいますから。」


「バレット様も本当に頼りになりますよ。」


 そう言ってロザリアは僕の腕に腕を絡めた。

 こんな状況なのに、僕は初めて家族や仲間以外の女性らしい女性との触れ合いにドキドキとしてしまった。





 その様子を、クリスとアリスは少し離れたところから冷たい目で見ていた。


「あれほど私に媚びていたというのに、女というのは本当に怖いな。」


 そんなカラスの声は森の静寂に消えていった。



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