第二十一話 戦いの終結
戦場に冷たい沈黙が流れた。
カインの仲間の頭部が粉々に砕かれ、その肉片が地面に飛び散る。鮮血が戦場の泥と混ざり合い、鉄の臭いが鼻をついた。
「……嘘だろ……?」
カインの仲間の一人がかすれた声を漏らす。さっきまで戦っていた仲間が、一撃で消し飛ばされた。その現実が、カインたちを戦慄させる。
「て、てめぇ……!」
カインが震える手で剣を握り締める。
黒い肌に刻まれた呪印が妖しく光る。黒ゴブリンは騒ぐカインを見つめてニヤリと笑った。
「舐めやがって!」
「カイン! 下がれ!」
僕が叫ぶが、カインはまったく聞く耳を持たない。怒りに支配された彼は、剣を構え直し、黒ゴブリンへ向かって突進した。
「やらせるかよ……!!」
しかし、呪印ゴブリンはそれを嘲笑うかのように、低く笑った。
「愚かだな、人間。」
「……っ!?」
カインの動きが一瞬止まる。
それは——ゴブリンではありえない、人間の言葉だった。
「まさか……喋った……?」
バレットの脳裏に嫌な予感がよぎる。
ゴブリンが人間の言葉を話すことはありえない。少なくとも、通常の個体では絶対にない。ならば、このゴブリンは一体——。
黒ゴブリンの口元が歪む。それは、まるで人間が見せる皮肉めいた笑みだった。
黒ゴブリンの一撃がカインに当たると思ったその時、クリスがその一撃を防いだ。
「なに?」
「へ、雑魚狩りは楽しかったか?ここからが本番だぜ。」
クリスはニヤリと笑う。
「面白い……。」
黒ゴブリンはわずかに後方へ跳び、冷ややかにクリスを見据えた。
「確かに、貴様は……普通の人間とは違うな。」
「そりゃどうも。けどな——」
クリスが一瞬で踏み込み、剣を横薙ぎに振る。
黒ゴブリンの視界が一閃に覆われる。
ギィン!!
その一撃を、黒ゴブリンは辛うじて腕で受け止めた。
「硬さだけは一丁前だな。」
「——なるほど、人間にしては強い。」
呪印ゴブリンの目が、一瞬楽しげに細まる。
そして、その視線はスライムゾンビとアリスに移る。
「突然召喚されたと思ったら、この醜悪なゴブリンの身体。そろそろこの身体にも飽きてきたところだ。ちょうどいい。死ぬ前に楽しませてもらおう。」
黒ゴブリンとクリスの戦いが始まった。
◆
黒ゴブリンの拳が風を切る。空間が歪むほどの速度。だが——
「遅いな。」
クリスは最小限の動きで回避し、そのまま剣を突き出す。しかし、黒ゴブリンはそれを察知し、身体をひねって回避する。
「なるほど……貴様、実に良いな。」
黒ゴブリンの声は嬉しそうだった。黒ゴブリンはクリスに攻撃を仕掛け続ける。
「チッ……!」
クリスは素早く後退し、間合いを取る。
「面倒くせぇ……。」
クリスの手が汗ばむ。相手の速度は彼女と同等、いや、下手をすればそれ以上かもしれない。
「面白い……もっと、もっと楽しませてくれ……!」
黒ゴブリンがさらに加速し、連続攻撃を仕掛ける。クリスはそれをすべて紙一重で避けながら、剣を振るう。
ギィン! ギィン!!
激しい金属音が鳴り響く。剣と拳が交差し、火花が散る。
「お兄様、どうなさいますか?」
僕の後ろで、アリスが静かに問いかける。
「隙をついてクリスの援護をする。」
僕は剣を構え、クリスが攻防を繰り返す中で、黒ゴブリンに一撃を入れる隙を伺った。
しかし——
「おっと、そこまでだ。」
黒ゴブリンの赤い目が、僕の動きを見抜き、黒い炎を放ってきた。
「っ!」
僕はギリギリで躱すことができた。黒い炎の行く末を横目で見る。黒い炎は民家に当たると、瞬時に民家を灰に変えた。
「ちっこの身体ではまともに魔法も使えんな。」
黒ゴブリンはそう溜息を吐く。
「しかし、貴様も加わりたいか?それならば俺も他の力も使う必要が出てくるが。」
ニヤリと笑う。脅しか。僕も参戦するなら、あの危険すぎる魔法も使って戦うと。
「バレット、手を出すな。」
クリスが低く言った。
「でも……!」
「こいつとは一対一でやる。」
クリスの目は戦士のそれだった。バレットは一瞬躊躇ったが、すぐに剣を下ろした。
「……わかった。」
「助かるぜ。」
アリスが小さく微笑む。彼女の目は、戦況を冷静に見極めていた。
「いい判断だ。面白い!!」
戦いが再開する。
黒ゴブリンは速度を増し、まるで影のようにクリスの周囲を駆ける。その速度はまさに異常。だが——
「その動き、もう見切った。」
クリスの剣が鋭く閃いた。
黒ゴブリンの腕をかすめる。血が飛び散る。
「ほう……!」
黒ゴブリンは驚いたように自分の傷口を見る。
「この私に傷をつけるとは……ますます気に入ったぞ!」
だが、クリスは応えない。ただ、冷静に剣を構え直す。
「次で終わりだ。」
「ほう……やれるものなら、やってみろ!」
黒ゴブリンが拳を振りかぶる。クリスは一瞬、深く息を吸い込む。
——そして、次の瞬間。
「斬る。」
閃光のような剣閃が走った。
黒ゴブリンが動きを止める。彼の腕が宙を舞い、やがて地面に落ちた。
「がっ……!」
クリスの剣が、黒ゴブリンの腕を完全に切断していた。黒ゴブリンが苦しそうだが、確かに笑った。
黒ゴブリンが形成を立て直すために、後退しようとする。しかし——
「終わりだ。」
クリスの剣が、もう一閃。
黒ゴブリンの首が、地面に転がった。
沈黙。
戦いが、終わった。
黒ゴブリンの体はゆっくりと崩れ落ちる。
「……倒した……?」
バレットがそう呟く。
その時——
切断された黒ゴブリンの口元が、不気味な笑みを浮かべ言葉を発する。
「……中々に良い時間だった……。」
次の瞬間、黒ゴブリンの体が黒い靄のようなものに包まれ、その姿はただのゴブリンに戻っていた。




