表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/38

第十九話 野営と影

 カインたちと僕たちは少し距離を取ってテントを設営し、それぞれの野営の準備を進めていった。


 焚き火の明かりが暗闇を照らし、薪がパチパチと弾ける音が響く。夜の森は静かだったが、ときおり獣の遠吠えが聞こえ、不気味な気配を感じさせた。


「ふう……。」


 クリスが腰を下ろし、剣を手入れしながら息をつく。


「明日は、いよいよ本格的な戦闘になりそうだな。」


「そうですね。」


 アリスが静かに頷く。彼女はスライムゾンビを小さくし、手のひらに乗せながら何かを考えているようだった。


 僕たちは最低限の野営の準備を終え、食事の支度に取り掛かった。


「今日は私が作りますね、お兄様。」


 アリスが微笑みながら、準備を始める。彼女は村にいた頃から料理が得意だった。ギルドで稼いだ金で買った調味料と保存のきく食材を組み合わせ、手際よく鍋の中に材料を入れていく。


 やがて、食欲をそそる香りが立ち込めた。


「おぉ……すげぇいい匂い。」


 クリスが鼻をひくつかせながら呟く。


「お兄様、もうすぐできますよ。」


「助かるよ、アリス。」


 やがて、完成した料理を囲み、僕たちは夕食を取った。アリスの作る料理は、旅の最中とは思えないほど美味しかった。具材の旨味がしっかりと染み込んでいて、胃にじんわりと温かさが広がる。


「これ、うまいな。」


 クリスも満足げに頷く。


 ふと、カインたちの方を見ると、彼らがこちらをじっと見つめているのがわかった。彼らの手には硬い干し肉と黒パンが握られている。


「おい、お前ら、食うか?」


 僕が声をかけると、カインは一瞬だけ目を丸くした。しかしすぐに眉をひそめ、不機嫌そうに顔を背ける。


「……ふん、甘やかされたやつらだな。」


「何がだよ?」


 クリスがカインを睨む。だが、カインはニヤリと笑いながら言った。


「活躍したのはクリスと、あの気味の悪いスライムだけだろ。それに比べて、バレット、お前は最低限の活躍。アリスは何もしてねぇじゃねえか。」


「……は?」


「せいぜい炊事と男に媚びることしかできねぇだろ? まるで娼婦みてぇだな。」

「俺たちが守ってやるから今夜こっちのテント来いよ!」


 カインやその仲間が汚い言葉を放ち、笑う。


 流石にありえない。僕が立ち上がろうとすると、アリスが静かに微笑みながら静止した。


「こちらは私というお荷物がいますから、カインさんたちの廃村ではさぞ活躍してくださるのでしょう。期待していますね。」


 アリスは微笑しながらそう答えた。


「……チッ。」


 カインは舌打ちしながらそっぽを向く。アリスが態々、僕を制止したんだ。僕が今怒るのはただのエゴだ。


「まぁまぁ、いいじゃねぇか。これ以上は無駄な口論になるだけだ。」


 クリスがどうでもよさそうに僕にそう言う。

 ≪精神を落ち着かせる魔法≫こっそり魔法をかけて落ち着く。



「とにかく、明日は気を引き締めていこう。」


 こうして、僕たちはそれぞれの思惑を抱えながら、夜が始まる。


 焚き火の明かりがゆらめき、森の静寂を切り裂くように薪が弾ける音が響く。夜の帳が完全に降りた頃、僕たちはそれぞれの陣営で野営を整えていた。


 カインたちは手際よく見張りの順番を決め、交代で夜を警戒する体制を整えた。彼らの仲は決して悪くなく、長く共に戦ってきた分、阿吽の呼吸で役割を分担していた。


 一方で、僕たちの方は——


「お兄様、見張りはスライムゾンビに任せていいですよね。」


 アリスが静かに言うと、スライムゾンビがぬるりと動いた。夜目が利く上、魔物の気配を感じ取る能力もあるスライムゾンビは、夜間の見張りには最適だった。


「まぁ、俺たちが見張るより確実だよな。」


 クリスが肩をすくめながら言う。クリスは確かに戦闘能力は凄まじいが、見張りの面では流石にスライムゾンビに軍配が上がる。


「それなら、少しは安心して休めそうだな。」


 僕はスライムゾンビを頼もしく思いながら、寝袋に潜り込んだ。



 深夜の森は、静寂に包まれていた。薪がパチパチと音を立てる焚き火も、今はほとんど熾火となり、微かに揺らめくだけだ。


 そんな中、異変を察知したのはスライムゾンビだった。


 アリスが目を開け、ゆっくりと立ち上がる。彼女の掌の上で蠢く小さなスライムが、じわりと震えながら波打っている。




 がさと音がした。目を開けてみるとアリスが立ち上がっていた。


「どうした?」


 そう尋ねると、アリスは答える。


「スライムゾンビが、森の奥に小さな気配を感じ取ったようです。……ゴブリンの斥候かもしれません。」


 その言葉に、僕は一気に目が覚めた。


「ゴブリンの斥候? つまり、敵の偵察ってことか?」


 僕も寝起きで頭が回らないが、何とか理解する。


「ええ。頭のいいリーダー格がいると聞いているので定期的に偵察隊がいても不思議ではありません。」


「どこだ?」


 アリスは指を森の端に向けた。


「野営地の端、あちらの木陰です。距離にして15メートルほど。」


 僕はつばを飲み込んだ。


「……気づかれているか?」


「カインたちは火を消していません。なので当然気づいているでしょう。ですが、まだ、その場にいます。情報を探っているのかと。」



「どうしますか?」


 クリスはまだ寝ている。彼女が少し天然なところがある。起きた時や斥候を知った時声を上げかねない。


「何とか二人で処理しよう。」


「カインさんたちはどうしますか?」


 アリスが静かに尋ねてくる。


「……いや、まずは僕たちだけで片付けよう。知らせて目立つのは嫌だし、できるだけ静かにやるべきだ。」


「了解しました。」


 アリスが頷くと、スライムゾンビが音もなく動き出した。


 僕も剣を構え、ゴブリンの斥候を迎え撃つため、夜の闇へと溶け込んでいった——。



 僕たちは足音を立てないよう慎重に近づく。


 ゴブリンは二体。夜闇に溶け込むように潜んでいたが、スライムゾンビには通用しなかった。


「このまま、一気に仕留めよう。」


 僕が小声で言うと、アリスは頷き、指を軽く動かす。スライムゾンビがするりと地面を這いながら、一体のゴブリンに忍び寄る。


「グギャ……ッ!」


 スライムゾンビが音もなく絡みついた瞬間、ゴブリンの小さな悲鳴が漏れる。しかし、次の瞬間にはその体はじわじわと溶かされ、抵抗する暇もなく消えていった。


 僕も剣を構え、もう一体に向かっていく。≪精神を落ち着かせる魔法≫をゴブリンに発動した。突然の感情の変化にゴブリンは戸惑う。


 その隙に、剣を滑らせるように振り、ゴブリンの喉元を斬った。


 ゴブリンは小さく短い悲鳴を上げ、地面に崩れ落ちる。


「これで終わりか……?」


 息を整えたその時——


 きらりと光る物が草むらに見えた。


 瞬間、背筋が凍る。


「くそっ!」


 僕は咄嗟にアリスの前に飛び出した。


 ——ビュッ!


 鋭い音とともに、矢が飛び出し、僕の肩を貫く。


「ぐっ……!」


 衝撃で後ろに倒れ込みそうになるが、踏みとどまる。


 ゴブリンは、僕が矢を受けた隙に素早く後退し、森の奥へと走り去っていった。


「逃がした……!」


 悔しさがこみ上げる。これで、ゴブリン側にこちらの情報が伝わってしまう。


「お兄様……大丈夫ですか?」


 アリスが僕の肩の傷を心配げに見つめる。


「まあ……なんとか……。」


 僕は傷を押さえながら立ち上がる。アリスの手が僕の肩に触れた瞬間、一瞬だけ彼女の肌が黒く光を反射した。まるで魔物の鱗のように。いや、暗いから気のせいだろうと考える。


「……ありがとうございます、助かりました。」


 アリスが言う。


 僕は静かに森の闇に目を向ける。


「……戦いが厄介になるな。」


 僕は、自身の失態を感じ、深く息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ