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第十七話 揺らぐ日常

 それから数週間、僕たちは順調に依頼をこなしていた。


 ギルドで受ける仕事は主に討伐や運搬、時には護衛など、そこまで危険なものではない。だが、それでも僕たちは経験を積み、ランクをEにまで上げた。


 以前よりも危険な依頼ばかりだが、全く手こずることなく順調に進んでいる。


「バレット、今回かなり多く狩ったな。」


 依頼帰りの道中、クリスがそう言いながら肩を叩いてきた。


「まあな。」


 僕は照れ隠しに鼻をこすった。まだ二人には及ばないが、それでも以前より戦いの感覚が掴めてきている。剣の振り方、敵の動きを読む力、魔法の使いどころ……。戦闘に慣れるにつれ、無駄な動きが減り、倒すスピードも上がってきた。


 だが、僕の成長以上に、クリスとアリスの成長が著しかった。


 クリスは最近になって女性用の鎧に変えた。防御力はあまりないが、軽量な革の鎧は体にフィットしており、より洗練された技になっていた。彼女自身の動きも以前より鋭くなり、剣技のキレも増している。


「まあ俺には及ばないけどな?」


 クリスは腕を組み、得意げに笑った。今までは少年っぽさが残っていたが、女性らしい姿になったことで、周囲の目を引くことが多くなっていた。


 一方、アリスもまた美しさに磨きがかかっていた。


 元々、彼女は目立つ容姿をしていたが、最近はさらに魅力が増し、ギルド内でも視線を集めることが多くなっていた。彼女が微笑むだけで、冒険者たちがつい見惚れてしまうほどだ。


「お兄様、そんなに見つめてどうしました?」


 アリスが首を傾げながら、にっこりと微笑む。その仕草に、周囲の男たちはこっそりとため息を漏らしていた。


 しかし、美しくなった彼女たちが注目を集めるようになったことで、面倒ごとも増えてきた。


 カインたちギルドで同じランクEの冒険者グループが、僕たちに絡んでくる頻度が増えたのだ。


「おい、今日も依頼達成か?」


 ギルドのカウンターで報酬を受け取ろうとしていた僕たちの前に、カインたちが立ちはだかった。カインは腕を組み、僕たちを値踏みするような目で見ていた。


「ちょっとおかしくねぇか? 新人がそんな順調に依頼をこなせるもんかね。」


 その言葉に、僕は眉をひそめた。


「何が言いたいんだ?」


「……何か裏があるんじゃねぇのか?ほら、他のやつの報酬を身体を対価に貰ったりよ。」


 カインの仲間たちがクスクスと笑いながら周囲を囲む。いつものことだが、カインは僕たちの活躍を素直に認める気はないようだった。


「特に、あの白髪の美人な。」


 カインの目がアリスを値踏みするように細められる。その視線に、僕は苛立ちを覚えた。


「スライムゾンビ……だっけ? あんなもんがあるなんて聞いたことねぇし、インチキでもしてんじゃねぇの?」


「インチキって……何を言ってるのですか?」


 アリスが微笑みながら首をかしげる。だが、その目には冷たい光が宿っていた。


「依頼は正式に受けたものですし、戦闘の腕も実際に私たちが培ったものです。」


「へぇ、そりゃすごいな。」


 カインは皮肉げに笑いながら言った。


「ならさ、俺たちと一緒に依頼に行かねぇか?」


「……どういう意味だ?」


 僕は静かに問いかけた。


「お前らがどれだけ実力があるのか、俺たちがしっかり見届けてやるってことさ。」


 カインの挑発的な言葉に、クリスがわずかに眉をひそめる。


「ふーん、つまり俺たちの実力が本物かどうか確かめたいってことか。」


「ま、そんなとこだな。」


 カインの仲間たちはニヤニヤと笑っている。


「やろうぜ、バレット。いつまでも絡まれて面倒だ。」


 クリスが僕の腕を軽く引きながら、そう言う。


「確かにここで逃げるのは無駄です。どうせまた絡まれるのですから、一度彼らと行動を共にして、その実力の差を見せつけてあげればいいのでは?」


 アリスの煽るような言葉に、僕は小さくため息をつく。案の定、カインたちに怒りの表情が見て取れる。


「……わかった。」


 こうして、僕たちはカインたちと共に、次の依頼を受けることになった。




 ギルドのカウンター前。


「せっかく俺たち二組いるんだし、Dランクの依頼を受けてみようぜ。」


 カインが腕を組みながら提案する。


「Dランク?」


 僕は眉をひそめた。Dランクの依頼は、Eランクよりも格段に危険度が上がると聞いている。


「おいおい、ビビってんのか? Eランクの依頼ばっかじゃ、いつまで経っても強くなれねぇぜ。」


 カインがニヤリと笑いながら、クリスの方を見る。


「なあ、クリス。お前もつまんねぇだろ?」


「……ま、確かにDランクの依頼ならいい鍛錬になりそうだな。」


 クリスが頷く。僕は内心でため息をついた。こいつ、煽られるとすぐ乗っかるんだよな……。


「すみません、Dランクの依頼についてですが……。」


 僕たちのやり取りを聞いていた受付嬢が、少し険しい表情で口を挟んできた。


「確かに、Eランクパーティー二組ならDランクの依頼に挑戦することは可能です。ただし、今残っているDランクの依頼はどれも危険度が高く……。」


「どんな依頼があるんだ?」


 カインが話を促す。


「……最も適しているのは『ゴブリンの群れ討伐』ですね。」


 受付嬢が依頼書を手に取り、説明を続ける。


「ギルドから少し離れた廃村にゴブリンが巣を作り始めており、商隊のルートに被害が出ています。すでに数件の襲撃が確認されており、放置すれば被害が拡大する可能性があるとのことです。」


「へぇ……廃村ってことは、そこそこ数がいそうだな。」


 クリスが依頼書を覗き込みながら言う。


「はい。ゴブリンは基本的に群れを作って生活する生き物です。それに、巣があるということは、そこに何らかのリーダーがいる可能性があります。」


「リーダー?」


「ゴブリンチーフですね。」


 受付嬢の説明に、僕は思わず息を呑んだ。


「ゴブリンチーフは普通のゴブリンよりも体が大きく、知能も高い個体です。戦術を使い、時には魔法を使うこともあります。統率されたゴブリンの群れは、単なる雑魚の集まりとは異なり、非常に危険です。」


「はい。しかも、それだけではありません。すでに別のEランクパーティーが小さなゴブリンの群れであるいう報告から討伐に向かいましたが……生還したのはたった一人です。」


 その言葉に、僕たちは息を飲んだ。


「へぇ……。」


 アリスが静かに呟く。彼女の表情は変わらないが、目の奥には何かを考えているような光があった。


「つまり、危険な依頼ってわけか。」


 クリスが腕を組みながら呟く。


「おいおい、それならなおさら俺たちがやるべきだろう。チャンスじゃねぇか!」


 カインが得意げに笑う。


「そんなに難しいって言うなら、俺たちが解決してやるよ。俺はEランクのままでくすぶるつもりはねぇしな。」


「そう簡単に言わないでください。あなたたちが全滅する可能性もあります。」


 受付嬢はカインに真剣な視線を向けるが、カインは気にも留めず肩をすくめた。


「大丈夫だって。俺たちは今まで生き残ってきたんだ。それにこいつらの実力が本物かどうか試すいい機会だろ?」


「は、楽勝だ。お前たちこそ逃げるなよ?」


 クリスは挑発する。


 僕は不安を覚えながらも、二人のやる気を見て反対はできなかった。


「わかりました。それでは準備をしっかり整えて向かってください。」


 受付嬢が念を押す。


「もちろんです。」


 僕は溜息を吐きながら、受付で手続きを済ませた。



「明日の朝、ギルド前な。ビビッてにげてもいいんだぜ!」


 カインがニヤリと笑いながら言う。


「そっちこそ、ちゃんと来いよ。」


 クリスが軽く言い返すと、カインたちは笑いながら去っていった。



「準備しに行こうか。」


 僕はギルドを出た後、アリスとクリスに声をかけた。


「なんだよ、今さら怖気づいたのか?」


 クリスが呆れたように肩をすくめる。


「違う。慎重になってるだけだ。」


 僕は真剣な表情で答えた。


「ゴブリンの群れが相手だぞ? しかもリーダー格がいて、魔法まで使うかもしれないんだ。これまでのゴブリン討伐とはわけが違う。」


「まあ……確かにな。」


 クリスも少しだけ真面目な表情になる。


「でも、私も賛成です。万が一があったらいけませんもんね。」


 アリスが優雅に微笑みながら言う。



「回復薬や包帯くらいはいつもより多めに持っておこう。」


 僕は二人の反応を見ながら続けた。


「それに……これも持っていきたいんだ。」


 そう言って、僕は回復会と共に一つの石を道具屋の主人に渡した。



「爆発石?」


 クリスが興味深そうに手に取る。


「そう。これは魔力を込めた状態で衝撃を与えると爆発する石だ。戦闘での奇襲や、逃げ道を作るのに使えるらしい。」


「へぇ、こんなのあったのか。でも、ちょっと高いな?」


 クリスは値札を見て眉をひそめた。


「確かに安くはない。でも、ゴブリンチーフが何をしてくるかわからないし、魔法を使われたら厄介だろ?」


「まあ……それもそうか。」


 クリスは少し考え込んだ後、納得したように頷いた。


「使わなかったら、また売ったり別の機会に使えばいいだけですしね。」


 アリスが笑顔で言った。

 僕は爆発石を購入し、さらに最低限の回復薬と包帯を揃えた。


「これで準備は万全だな。」


 クリスが満足げに腕を組んだ。


「さて、今日は一度解散するか。」


「わかった。」


 クリスは軽く手を挙げて別れ、アリスも微笑みながら僕の腕をそっと握る。


「お兄様、夜はしっかり休んでくださいね。」


「ああ、アリスもな。」


 こうして、僕たちはそれぞれ宿へと戻った。


 明日の戦いに備え、しっかりと準備を整えた。万が一が起きないことを祈り。



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