第十二話 水浴びと秘密
朝日が昇り、森の奥を静かに照らし始めた。昨夜の戦いで溜まった疲れを癒すために、僕たちは川の近くで休息を取ることにした。
「ふぅ……やっと汗を流せるな。」
川辺に到着すると、クリスが大きく伸びをした。僕も汚れた服を見て、そろそろ身体を洗わないと不快になりそうだと思った。
「お兄様、私はちょっと……遠慮しておきますね。」
アリスは微笑みながら断った。猫をかぶっている彼女は、当然ながらバレットと一緒に水浴びをすることはない。
「じゃあ、俺とバレットで入るか!」
クリスが気軽に言う。その言葉に僕は一瞬躊躇したが、普段からこいつとは風呂にも入っていたし、特に問題ないと思い頷いた。
「そうだな。ちょうど汗も流したかったし。」
僕たちは服を脱ぎ、川へと入る。冷たい水が火照った体を一気に冷やし、心地よい感覚が広がる。
「っくー! 気持ちいいな!」
クリスがざばっと頭まで浸かり、水を弾かせる。僕も肩まで沈み、全身を洗うように手で擦った。
ふと、僕はクリスの体に違和感を覚えた。
クリスの体が妙に滑らかで、腹筋も前に見たときより柔らかく見える。
え、待って、こいつ——
「……クリス、まさか……女?」
思わず口にしてしまうと、クリスはあっさりと頷いた。
「ああ、そうだぞ?」
「……は?」
しばらく、僕の頭は理解を拒んだ。クリスが、女? あの、鍛錬を一緒にしてきたクリスが?
「いや、普通に答えるな!?」
僕は思わず川の水をむせそうになった。
「なんで驚いてんだ? 別に隠してたわけじゃねえし、言う機会がなかっただけだぞ。」
なんだその言い方!? どう考えても今さらすぎるだろ!
「……待てよ、じゃあ今まで女なのに時々俺と一緒に風呂入ってたのか!?」
「そりゃそうだろ。お前と一緒にいるのが普通だったし、気にしてねえよ。」
さらっと言うクリスに、僕はますます混乱する。
「いや、クリス……もう少し恥じらいとか持てよ……!」
「なんで?」
真顔で聞き返され、僕は頭を抱えた。こいつ、どういう思考回路してるんだ!?
その時——
「お兄様、あまりクリスさんをジロジロ見ないでください!」
川辺に座っていたアリスが、からかうように言った。僕はハッとして視線を逸らす。
クリスはニヤリと笑い、
「おいおい、そんなに見つめられると照れるな?」
と軽口を叩いた。
「……よくそんなこと言えるな……。」
僕は溜息をつくしかなかった。
アリスはそんな僕たちをじっと見つめながら、
(お兄様が私以外を意識するのは面白くないですね……)
と内心で思いながらも、いつもの猫をかぶった笑顔で微笑んだ。
「まぁ、とりあえずさっぱりできたようでよかったです。」
そう言いながら、アリスは僕にそっとタオルを差し出した。
こうして、水浴びという何気ない時間が、僕にとっては衝撃的なものになったのだった。
◆
川から上がると、アリスが焚き火を前に座って待っていた。僕たちの姿を見ると、にっこりと微笑んだ。
「お帰りなさい。ご飯作っておきましたよ♪」
「おお! 最高じゃん!」
クリスが嬉しそうに駆け寄り、鍋の中を覗く。
「アリス、なんかいい匂いするな。何作ったんだ?」
「森で見つけた野草と、昨日の戦いで手に入れた獣肉を煮込んでスープにしました!」
「……戦いで手に入れた……?」
僕が妙な引っかかりを感じながらスープを見つめると、アリスは悪びれずにニコニコと笑う。
「大丈夫ですよ! ちゃんと食べられるものだけ選んでますから♪」
「……それなら、まあ……。」
よく考えたら、食料が限られる旅なのだから、狩ったものを食べるのは普通か。
僕たちは鍋からスープをよそい、一口すする。
「……うまい!」
「だろ!? アリスって、料理上手いよな!」
クリスが豪快にスープを飲み干し、満足そうに笑う。
「えへへ、ありがとうございます♪」
僕も少しずつスープを飲みながら、ふと考える。
これから、どんな旅になるのだろう。
村を離れて初めての夜。
まだまだ、僕たちの旅は始まったばかりだった。