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第十一話 道中の試練

 母とアトムとの別れを終え、僕たちは村を後にした。朝焼けの下、家々が小さくなっていくのを見つめながら、僕の胸の中には妙な虚無感が広がっていた。


 母さんはもういない。


 アリスとクリスがそばにいる。それでも、母がいなくなった現実は重かった。


 「バレット、歩くの遅いぞ?」


 クリスが少し前を歩きながら振り返る。その顔は明るく、村を離れた悲しさは微塵も見せていない。


 「悪い。ずっと暮らしていた村なんだちょっとは感傷もあるだろ?」


 クリスは剣を背負いながら、理解できないとばかりに肩をすくめる。こいつ人の心はあるのか?彼は相変わらず体力が有り余っているのか、歩きながらも軽く素振りをしていた。


 「まあ、旅は始まったばかりだからですから。ゆっくり行きましょう。」


 そうアリスが締めた。


 道中は穏やかだった。森の道を抜け、丘を越えながら、僕たちは順調に進んでいく。


 「……あんまり魔物に遭遇しないな。」


 クリスがぼそっと呟いた。


 確かに、村の周囲にはもっと魔物がいるはずだった。襲われることを警戒していたが、ここまで何もない。


 「不思議ですね?」


 アリスが何気なく言う。けれど、その目はどこか楽しげだった。


 「つまんねー……。」


 クリスはそう口にした。戦闘を求めているみたいだ。



 その夜、僕たちは森の中で野営をすることにした。


 焚き火の炎が揺らめき、木々の影を不気味に踊らせる。パチパチと薪が爆ぜる音だけが響く静かな夜だった。


 「ちょっとだけ手合わせしてみるか?」


 クリスが剣の手入れをしながら、僕にそう提案した。


 「え……今?」


 僕は少し戸惑った。旅の疲れもあるし、今は休む時間のはずだ。でも、クリスの目は本気だった。


 「そろそろ、バレットがどのくらい戦えるのか知っておきたいんだよ。これから先、戦いになることもあるだろうしな。」


 その言葉には確かに一理あった。僕は剣を使えるわけでもなく、魔法もまだまだ未熟だ。けれど、今の自分がどこまでやれるのか試しておくのは悪くない。


 「……わかった。でも、手加減してくれよ?」


 僕がそう言うと、クリスはニヤリと笑った。


 「考えとくよ。」


 いや、絶対手加減しない気だ。



 アリスが近くの切り株に腰掛け、僕たちの戦いを見守る。焚き火の明かりが届く範囲で、僕とクリスは向かい合った。


 クリスがゆっくりと剣を構える。


 「じゃあ、いくぜ——」


 言い終わると同時に、クリスが踏み込んできた。


 速い。


 僕は慌てて横に跳んで回避する。けれど、クリスはすぐに間合いを詰めてきた。


 「甘いっ!」


 鈍い衝撃が腕に走る。木剣は僕の防御なんて全く影響しない、僕の体勢が崩れた。そのまま倒れ込みそうになったが、なんとか踏みとどまる。


 「防御ばっかりじゃ勝てねえぞ!」


 クリスは攻撃の手を緩めない。


 焦った。このままでは一方的にやられる。


 (落ち着け……冷静になれ。)


 そうだ、僕には魔法がある。


 「《精神を落ち着かせる魔法》!」


 僕の体に温かい光が広がる。冷静さが戻る。


 「ほう……それでどうする?」


 クリスの動きは止まらない。


 しかし、僕はようやくまともに戦える状態になった。冷静に動きを読み、彼の攻撃を最小限の動きで避ける。


 「いいじゃねえか!」


 クリスが楽しそうに笑う。


 僕はまだ攻撃に転じられない。でも、避け続けるうちに、彼の動きのパターンが少しずつ見えてきた。


 (……ここだ!)


 クリスが右に踏み込む瞬間、僕は左に回り込んで距離を取る。そのまま木剣を振るう。


 「おっ!?」


 クリスは驚いた顔をしたが、すぐに受け流す。


 そして——


 「悪くねぇ……でも、まだまだだな!」


 再び一瞬で間合いを詰め、僕の木剣を弾き飛ばした。


 「ぐっ……!」


 次の瞬間、クリスの木剣が僕の肩に軽く当たる。


 「俺の勝ちだな。」


 くそ……やっぱり強い。



 僕が肩をさすりながらため息をつくと、クリスが笑いながら肩を叩いた。


 「でも、意外とやるじゃねえか。魔法と動きを組み合わせれば、そこそこ戦えそうだな。」


 「……まぁ、ありがとう。」


 正直、勝てるとは思っていなかったけど、ここまで戦えたのは少し自信になった。


 「でも、もっと鍛えないとだな。」


 クリスがにやりと笑う。


 「……そうだな。」


 僕も剣を拾いながら、小さく笑った。


 そのやり取りを見ていたアリスが、ふわりと笑みを浮かべる。


 「お兄様、クリスさん、お疲れ様です。」


 そう言って、僕たちのために水袋を差し出してくれた。


 「ありがとう、アリス。」


 水を飲み、息を整える。


 旅はまだ始まったばかり。


 でも、少しずつ強くなれるかもしれない。そんな希望が胸の奥に灯るのを感じながら、僕たちは焚き火を囲み、しばし休息を取るのだった。




 夜の静寂が森を包み込む。焚き火の炎が揺らめき、木々の影を長く伸ばしていた。僕たちは野営の準備を終え、交代で見張りをすることに決めた。


「夜の監視か……俺が最初にやろうか?」クリスが剣を軽く肩に乗せながら言う。


「私がやりますよ。」


 アリスがそう言って小さく手を上げる。いつもの無邪気な笑顔を浮かべているが、その口元には微かな企みの色が滲んでいた。


「アリス? 夜は危ないぞ。」僕が心配そうに声をかけると、彼女はくすくすと笑いながら首を横に振る。


「大丈夫です、お兄様。私には頼もしい相棒がいますから。」


 そう言うと、アリスは背後の影を指さした。その瞬間、ぬるりとした音を立てて、何かが闇の中から這い出してきた。


「な、なんだこれ……?」


 それはスライムのような形状をしていた。だが、ただのスライムではない。その半透明な体の中には、無数の骨片が漂い、時折ゆらゆらと動いている。僅かに発光するそれは、異様な威圧感を放っていた。


「これが私の“スライムゾンビ”です。」アリスが得意げに紹介する。


「は? いや、待て……ゾンビ!?」


「まあ、死体に力を与えて動かしてるだけですから♪」


 軽く言うなよ……。


 僕が言葉を失っていると、クリスは腕を組みながらスライムゾンビを観察していた。


「……なんか強そうだな。」


「そうでしょう?」アリスが得意げに胸を張る。「私が《死者に力を与える魔法》で強化したので、見張りくらいは余裕です。夜目も効くし、周囲に動くものがあればすぐに察知してくれます。」


「おお、それなら楽できるな!」クリスが感心したように頷く。


「ふふ、頼れる子なんですよ♪」


 僕は苦笑しながらも、確かに頼もしいと思った。これなら夜中に奇襲を受けてもすぐに察知できる。



 夜、僕たちは眠りについた。アリスのスライムゾンビが見張ってくれるということで、僕たちは少し気を緩めていた。


 それからしばらくして——。


 静寂を破るように、遠くから何かが近づく音が聞こえた。


「ん……?」


 焚き火のそばで横になっていた僕は、微かな違和感を覚えて目を開ける。


 ガサガサ……ガサッ……。


 森の奥で、何かが動いている。


 僕は身を起こし、剣を手に取った。すると、スライムゾンビがぬるりと動き、アリスが静かに目を開ける。


「……来ましたね。」


 その言葉に、僕の背筋が凍る。


 次の瞬間——


 「ギャハハハ! なあ、兄弟、こいつらガキばっかだぜ!」


 不意に、粗野な笑い声が響いた。


 木々の間から、暗い影がいくつも姿を現す。汚れた革鎧をまとい、剣や斧を手にした男たち盗賊だ。


 僕は歯を食いしばった。


 「ガキども、おとなしく捕まれや。抵抗するなら……まあ、わかるよな?」


 リーダー格らしき男がニヤリと笑う。その背後には10人ほどの手下が控えていた。


 「いいじゃねぇか!」


 クリスが剣を抜く。


 そして、アリスは静かに指示を出す。


 一瞬だった。


 スライムの体が勢いよく弾け、その粘液が盗賊の一人に襲いかかった。次の瞬間、男の体が溶けるように崩れた。


(これで、また魔力が増える……♪)


 だが、バレットの前ではそんな本性を見せるわけにはいかない。すぐに顔を青ざめさせ、震える声を作り出す。


「こ、怖い……! お兄様、なんとかしてください……!」


 バレットはそれを見て、ぎこちなく剣を握り直した。


「大丈夫だ、アリス! 俺が……俺が守るから!」


「何をしてる! そいつを斬れ!」


 リーダーが叫ぶが、その瞬間——


 「おらああああああ!!」


 クリスが猛然と駆け出し、盗賊の一人を剣で吹き飛ばした。


 「なっ……こいつ、強い……!?」


 盗賊たちは怯んだ。


 「バレット! お前もやれるか!?」


 クリスが叫ぶ。僕は剣を構えながら、大きく息を吸い込んだ。


 「やるしかないだろ!」


 盗賊との戦いが始まった——。



 僕は剣を構え、一人の盗賊と対峙する。


 相手はナイフを構えながらゆっくりと間合いを詰めてきた。


(落ち着け……冷静に……!)


 そう自分に言い聞かせながら、相手の動きを見極める。


 盗賊が一気に踏み込んできた。僕はとっさに剣を振るうが、相手は素早くそれを避け、ナイフで僕の腕を狙ってきた。


「っ……!」


 紙一重でかわし、後退する。


「へへ、素人か?」


 盗賊がニヤリと笑う。


 だが、その瞬間、僕は思い出した。


(……僕には、魔法がある。)


 僕は間合いを詰めると魔力を込めた。


「《体を発光させる魔法》!!」


 次の瞬間、僕の体が眩い光を放つ。


「ぐぁっ!?目が、目がぁ!!」


 盗賊が光に目を焼かれ、怯んだ隙に——


「はぁぁっ!」


 僕は全力で剣を振るった。


 鋭い一閃が、盗賊の肩を切り裂いた。


「ぐあっ!」


 相手はよろめき、ナイフを取り落とす。僕はすかさずもう一撃を叩き込み、盗賊は地面に倒れ込んだ。


「やった……!」


 僕は息を切らしながら振り返る。


 だが——


 戦いは既に終わっていた。


 スライムが数体の盗賊を溶かし、クリスは残りをあっさりと斬り伏せていた。


 僕が一人の敵に苦戦していた間に、全てが終わっていたのだ。



 「クリスそんな強かったのか。」


 僕が呆然と呟くと、クリスはばつが悪そうに頬を掻いた。


 「悪いな。魔装っつって魔力を体と剣にまとわせる技なんだが、手合わせに使うにはまだ制御ができないんだ。」


 そう言って、クリスは剣を鞘に収める。


 こうして、僕たちの最初の戦いは終わった。

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