セオドア・ヴィヴィアンヌ22歳②
本日、8/23は書籍版の発売日なので、記念に投稿です!
ひとまず、②で叔父様視点は終わりです。
ある日のレイラは、こんなことを言った。
「叔父様の発明品の人工魔石結晶、もし買うならまずは火と水が良いです」
僕が他の属性の精霊を見たいがために自分の属性を一時的に変えられないかと試行錯誤した結果、出来た副産物が人工魔石結晶だ。
過去、暇だから論文にして発表したら、「魔術界隈は震撼した!」とか言われて騒がれた。
レイラはその人工魔石結晶についても知っているらしく、今日この日はこの話題だった。
「どうしてですか?」
理由を聞いてみると、しっかりとした答えが返ってきた。
「火は野宿で必須だし、水は生命線ですし。あと、野外で洗浄魔術できます!」
「良い目の付け所ですね。採取や採集の時は、よく使いますからね」
「叔父様はどっちか一つと言われたら、水ですか?」
「まあ、最悪、火は摩擦でどうにか出来ますからね。風の魔術の応用で――」
レイラは興味深そうに目を輝かせている。
……ここ最近知りましたけど、僕はもしかしたら子守りの才能があるのかもしれないですね。
読書の合間にそんな会話を少しした後は、また読書読書読書。
台の上を見ると、いつの間にか大量の本が既読と未読に分かれている。
記憶にはないが、もしかしたら無意識に僕がやったのかもしれない。
整理整頓は苦手だったが、もしかしたら僕の中の何かが目覚めた?
兄上が帰ってくるまで、そんな日々が続いた。
ちなみに兄上は、きっかり二週間後に帰還した。
さすがに出迎えくらいはしないと五月蝿いので、僕も読書を一時的に止めた。
レイラと階段下に顔を出したところで、得体の知れない不審者がすっ飛んできた。
「レイラ―――――――!!」
「ひゃっ、お兄様!?」
得体の知れない不審者とは、レイラの実兄メルヴィン・ヴィヴィアンヌその人である。
「レイラと会えないこの二週間!! 精神がすり減っていったせいで、正気を少しずつ失っていったよ!! 発狂するところだったよ!!」
いつも正気ではないし、いつも発狂しているのでは?
顔に笑顔を貼り付けながらも、僕は素でそう思った。
「毎日、ペンダントの写真のレイラにお祈りしていたんだよ? いつも可愛いねって。そうしたらレイラは夢に出てきて、僕に微笑んでくれた! まさしくこれは! 両想い!! ハッピーエンドはネバーエンド!! ネバーエンドはハッピーエンド!!」
レイラを抱き上げて、クルクルと回りながら、メルヴィンは何か理解不能なことを言っている。解読不能かつ、相互理解も不可能。
これでは、レイラもさぞかし呆れているのでは――、おや?
「お兄様が笑ってくれて、嬉しいですわ」
抱き締められながらも、兄の頭をなでなでしている。
撫でられて幸せそうな兄。
「レイラが、よしよししてくれた!? なんだこの神展開は! 現実? 現実とは素晴らしすぎる!!」
「お兄様にも頭を撫でてもらいたいので、とりあえず下ろしてくださいますか?」
「うん! 下ろすよ! うん!」
そう言いながらレイラはメルヴィンの手を掴むと、自分の頭の上に乗せている。
メルヴィンは感動で、ふるふると小刻みに震えていた。ついでに感極まって言葉が出ないため、静かになっている。
「メルヴィンの扱い上手いんですね、レイラって」
「ああ見えて、メルヴィンも領地関係の仕事を手伝わせれば有能なんだ……いや、嘘じゃないんだ……本当に」
「兄上、目が死んでますよ」
「目が死にたくもなるだろう……」
確かにメルヴィンのレイラ好きは異常すぎるし、病的なため見ていられないものがあった。
「そういえば、セオドア。お前にしては調子が良さそうだな。いつもなら食事を抜いて読書に没頭しては、飢え死にしかけているのに」
「そういえばそうですね」
確かに今回は、体の調子がすこぶる良かった。
二人が帰ってきてからは、レイラはメルヴィンの傍に居ることが増えた。
いや、メルヴィンが付き纏っているの方が正しいですね。
数日前は一緒に読書をしていた仲とは思えないほど、僕とレイラの接点はなかった。
朝すれ違った時も、レイラは「おはようごさいます」と言ったきり、それ以上は話しかけては来なかった。
いつもレイラの傍にはメルヴィンが居て、何かと構っている。
「読み聞かせしてあげようか、レイラ」
「お兄様、ありがとうございます!」
「この間読んだ童話の続きにしようか。可愛らしいお話だったよね! ああ……! もちろんレイラの可愛らしさ、麗しさ、尊さの足元には及ばないけれど……具体的に言うと、レイラの瞳は宝石のように煌めいていて、頬は夢見る薔薇のように――」
「お、お姫様の絵、可愛いですよね! 本も可愛いので好きです」
読み聞かせ?
レイラは読み聞かせなどしなくても、大人と同じくらい読み書きが出来るはず。
周りの家族には、そういったことをあまり知られないようにしているのだろうか。
……それにしても前はあれだけ談話室に来ていたというのに、兄が帰ってきてからは全く寄り付かなくなった。
別に寂しいとか、そういう訳ではないですが、何か……釈然としないものがありますね。
少し前には研究について語り合っていたというのに。
もやっとしつつも、僕はまた数百年前の研究日誌の古書へと向き直った。
書物の世界は良い。気分が乗らない時や、納得がいかない時、複雑な気分になった時、そういった負の感情を丸ごと洗い流してくれる代物だ。
それから時刻がどれだけ過ぎ去ったかしらないけれど、次に意識を取り戻した時、僕はベッドの上に居た。
「おや、点滴? 確か、本を読んでいたような……?」
「やっと起きたか、セオドア!! 点滴? じゃない! 今回は自重してくれていると思っていたのに!!」
どうやら食事を抜いた上に、脱水症状や不眠なども重なってぶっ倒れたらしいことに気がつく。
ここ最近はなかったので油断していた。
「いつも言っているだろう。食事はせめて――いや、水は飲めと!!」
「点滴しながら読書だけしていたら楽なんでしょうね」
「お前改善する気ないな!?」
しこたま叱られてしまった。
長そうですね、これは。
しかも僕にとっては不都合なことに、兄上は僕が本を読む度に何やら眦をつり上げるようになった。
仕方ありませんね。明日は登城することにしますか。
やることリストの中から消去法で決めた。
王城の研究員に人工魔石結晶の次の試作品を渡しに行く用件だ。
発明というものは一度作ったら終わりではなく、効力を上げるだとかコスト減だとか、やることは山積みだった。
面倒だなと後回しにしていましたが、まあ社交をするよりはまだマシでしょう。
そんな軽い気持ちで次の日はしっかりと余所行きの貴族服に身を包み、王城へと出向いた。
「セオドア殿!!」
何が何だか分からないが、たぶん騎士団長(名前は忘れた)らしき男が僕の姿を見て目を輝かせていた。
「貴重な魔石結晶ですが、耐久力によっては武器に取り付けるのも可能かと思いまして! そうなりましたら、こちらとしても戦力の幅が広がりますので。特に風属性なら剣とは相性が良いので――」
あ、長そうですね。面倒そうです。
その男(名前忘れた)には緑色の人工魔石結晶をドサッと与えて、「壊しても別に良いですよ。未来の発展のためには犠牲は付き物ですから」とか適当に言ってその場を去った。
「セオドア殿!! 後日、研究成果をお送りしますので、是非!」
「はい、分かりました。それでは僕はこれで」
王城の研究機関は、裏庭を突っ切っていけば近かっただろうか。
さすが王城。こんなところにも警備が、しっかり。
ちなみにこの時の僕の頭の中は、昨日読んだ新しい資料の余韻でいっぱいだった。
「あの中から無作為に主題を抜き出して良い感じに繋げれば、何か良い感じに運良く新しい商品が出来そうですね。限定基準値を決めるのは面倒です、それはサイコロを振って決めて、なんとなく良い感じに効力を上げていけば、仮のものは出来そうですし」
頭の中に成分表と百通りの事例が鮮明に過ぎる。
カードを切る時と同じ要領で、上手く分散させることが出来れば、無効化に近い効果が出そうだ。
発明品をどうやって作るのか良く聞かれるが、運が良ければ、なんとなく出来るものだと僕は思う。
ぶつぶつ呟いていたら、中庭を小さな人影が通り抜けて行くのが目に入った。
あれは。
「もしかして、フェリクス殿下では?」
少し離れた場所に居る彼は明らかにお忍び風味の服装だった。
レイラと同い年だから八歳。
意外とヤンチャな面もあるんだなと思う。
クレアシオン王家秘蔵の王太子は、非常に優秀だと耳にしたことがある。
どこから調達してきたのか、適度にしなびた黒のローブを深く被っているが、王家特有の煌びやかさは隠し切れていなかった。
と、そのフェリクス殿下が顔を上げてこちらを見た。
「ヴィヴィアンヌ博士?」
話しかけるつもりはなかったが、気付かれてしまったらしい。
ちなみに、うちの親族で博士と言われれば、僕のことを指すので人違いでもない。
国王陛下に謁見する機会は何度かあり、以前登城した折に顔は合わせたことがあった。
「久しぶりですね。博士は仕事? そういえば、新しい人工魔石結晶についての新しい論文読んだけど、また新たな改良点を見つけたみたいだね。すごく興味深かった」
子どもらしくない完璧な微笑みを浮かべながら、フェリクス殿下は僕を見あげていた。
八歳の子どもから社交慣れした気配を感じる。
若い頃から大変そうだなと他人事のように思う。
というか、最近八歳頃のお子様の間では論文を読むことが流行っているのでしょうか。
何しろ、論文だ。それなりの専門知識がある前提で書かれた代物。
一般向けに書いていないので、一般には分かりにくいというのに。いや、むしろ専門用語しか書いてない。
人工魔石結晶は、自分の魔力を他の属性へと変換する代物で、それぞれの属性ごとに石が六つあった。
火・水・風・土・闇・光。
ただ、判明していないことも多く……。
光属性の魔力持ちの人間は歴史上でも数える程しか現れないとか。
闇属性の魔力でも回復魔術や治癒魔術を、光属性ほどではないとはいえ、使えるということなど。これも不思議な点である。
まあ、個人的には人間の自然治癒力の不思議も気になるところなんですけどね。
「そういえば」
フェリクス殿下は軽く首を傾げる。
綺麗な髪がサラリと揺れて、フードから僅かに零れる。
笑みを浮かべてはいるけれど、今フェリクス殿下が何を考えているのかは、よく分からない。
愛想は良いし、大人相手に物怖じしない性格なのは分かる。各方面から評判が良いのも納得だった。
「光属性への変換は難しいのかな、もしかして。途中経過を見る限り、かなり苦労しているみたいだから」
フェリクス殿下は私の論文をそこまで読んでくださっている!?
「……!? そこまで読んでくださった!? ありがとうございます! 殿下! そう! そうなんですよ! それがまた不思議なところなんですよ! 光属性に属性変換したところであまり治癒・回復の魔術の効果は闇属性とあまり変わらないのです。やはり、光属性は選ばれし属性なのかもしれません! ええ、興味が湧きますね!」
確かに光属性に変換したはずなのに、実験結果では、そこまでの出力は出なかったのだ。
光属性の回復魔術は圧倒的な回復量だと記録にはあったが、人工魔石結晶でただ変換するだけでは意味がないのかもしれない。まだまだ謎が多い。
「不思議だよね。使う人によりけりってことなのかな? ……それにしても博士って研究のことになるとやけに饒舌になるね」
「それ、レイラにも言われました」
「レイラ?」
「私の姪です」
「へぇ」
おや?
お茶会で顔を合わせていてもおかしくないはずなのに、顔も見たことがないらしい。
レイラが王太子を避ける必要性も感じられないし、会わないのは偶然だとは思いますけどね。
フェリクス殿下の瞳は、興味無さげな色を帯びていたが、それはほんの一瞬のこと。
数秒後には、人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「どこかで会う機会もあるかもね」
「まあいつかは会うのでは?」
普通の親族なら、ここぞとばかりに王太子に身内の令嬢を売り込むのだろうが、僕は面倒は御免なので、適当に流した。
兄上には見られてないし、別に問題はないだろう。
「じゃあ僕は忙しいので、これで失礼します」
「ああ、またね」
最低限の礼儀は尽くしたので、さっさと別れた。
本当ならお忍びを咎めるべきかもしれないが、フェリクス殿下の理知的な瞳を見ていたら、それも必要なさそうな気がした。
※※※
そうしてやるべきことを済ませてからヴィヴィアンヌ邸に戻ると、家族全員が談話室にて歓談していた。
歓談、のはず。
「メルヴィン、最近のお前は目に余るから明日は仕事に付いてきてもらう」
兄上は息子を屋敷から連れ出して、今度は事業の方に関わらせるつもりらしい。
「レイラも連れて行って良いですか?」
メルヴィンは、真顔で呆れるようなことを言ったが、彼の母上によって一刀両断された。
「駄目です」
母親であるレイチェル様は、レイラの髪を撫でたり梳いたりしながら、メルヴィンを軽く睨みつける。
「メルヴィン、貴方の世話を押し付けられるなんて、レイラが可哀想だわ。この子は優しいから何も言わないけど、そろそろ離してあげなさい。そして、いい加減自立しなさい」
「そんな……! 母上!」
「情状酌量の余地はナシです」
何があったのだろう。明らかにメルヴィンが少し前にやらかしたような空気が漂っている。
精神衛生上のためにも深くは聞かないでおくが、恐らくメルヴィンの発言がとち狂っていたに違いない。
まあ、いつものことですね。
取り込み中のようだし戻ろうかと踵を返す前に、兄上に話しかけられた。
「セオドアか、王城に行った割には早かったな」
「兄上。それはもう、やることだけやってサッサと帰ってきましたからね」
チラリと僕たち以外の三人を見やると、兄上は溜息を吐いた。
「いつものメルヴィンの発作だ」
「発作」
「しばらくしたら治まるだろう」
「なるほど」
「アレさえなければ、メルヴィンはどこに出しても恥ずかしくない息子なのだがな……」
アレは病気だと誰か言ってあげた方が良いのでは?とたまに思うけれど、それを言った後のメルヴィンの反応が面倒そうな気もする。
やり取りを兄上を遠くから見守っているのも飽きたので、ふと私は個室から持ち出した本を持ち上げる。
特に、理由はない。持ってきたのは気が向いたから、というのが一番近い。
『王立研究所発行 薬効植物調合大全 公式版』
幼い頃、絵本替わりにこれをペラペラめくっていたことを思い出す。
注釈も、前書きも、後書きも、引用も全て細かいところまで。
「レイラ。この本でも読みませんか?分からないところ教えますよ」
ギュンと僕以外の家族が一斉に僕の方へと向いた。
レイラ以外の三人は目をかっぴらいて僕を見ている。
正直言って怖いんですが。
「あのセオドアが、自分から! 誰かに、しかも子どもに話しかけた! だと!? お前は本物か!? 本当にセオドア・ヴィヴィアンヌか?」
「あのセオドア様が! 本を読もうなどと子どもに声をかけるなんて! もしかして体調不良なのでは?」
「ああ、変なものを拾い食いしたに違いない! 我々が知っているセオドア・ヴィヴィアンヌは子どもに教えてあげるなんて普通のことを言わない!」
この夫妻、何気に酷くないですか?
そして肝心のメルヴィンはというと。
「レイラ! 僕を! 僕を捨てるの!?」
飛躍しすぎて異次元の思考をしているなと思っていれば、彼の両親が両脇から拘束した。
「セオドアが普通の叔父になる良い機会なんだ! 邪魔をするな。あの研究狂がようやく他のことに目を向けたんだ、時機を逃す訳にはいかない!」
「そうです! その通りです。レイラのためにも、貴方以外と交流させるべきだわ。少しはメルヴィンも他のことに目を向けなさい!」
控えめに言って混沌としている。僕が当事者だなんて認めたくないこの状況。
「癒しが癒しが足りない! レイラ! レイラ―――――!!」
もはや発狂かもしれないと事態を見守っていたら、ちょんと僕の手を指先で触る小さな手。
レイラは僕を見上げながら、手を握ってきた。
小さい手だなと思っていたら、メルヴィンの狂気度が増した。
「ちょんって! 可愛い!! レイラの方から手を握ってくれるなんて、僕もされたことありませんよ、叔父上!!」
飛び火した……。こればっかりは面倒というか、レイラはよくこれに付き合っていられるなと、本気で思う。
メルヴィンを取り押さえる両親たちを遠い目で眺めていれば、手を引かれる。
「行きましょう、叔父様」
「……そうですね。キリがないですし」
こうして僕とレイラは時折、ぽつりぽつりと語り合う仲になった。
メルヴィンを自立させたい、そして僕の交友関係を不安に思っていたという兄上を良い機会とばかりに、レイラと僕を交流させるようになった。
そして僕たちはいずれ、医務室で共に仕事をするようになるのだけど、それはまた別のお話である。