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セオドア・ヴィヴィアンヌ22歳①

レイラが八歳。前世の記憶を思い出して一年くらい(?)経った頃のお話です。

セオドア叔父様視点です。

コミカライズ版配信&書籍化記念です。詳しくは活動報告にて!

ちなみに、続きます。

 魔術学園の研究室で今日も今日とて研究に明け暮れていた僕の元に、久しぶりに兄上から手紙が来た。

『たまには顔を見せに来い』

 その一言の後には、僕の欲しい書物の名前が羅列してあった。

 僕――セオドア・ヴィヴィアンヌの兄――ウィリアム・ヴィヴィアンヌ伯爵。

 彼は僕を非常に良く理解していた。


「王家精霊伝承記録!? 王家秘蔵の書の写本じゃないですか!? これは!」


 研究室中に声が響いたが、僕以外に人は居ないので問題はなかった。

 卒業してから早数年――二十代前半という若造ながら、学園の研究機関に個室をもらって研究三昧の日々。

 人と交流することがなさすぎて、兄上と話すのが久方ぶりの交流だった。

 正直面倒ではあったが、羅列された書名を見れば、行かない訳がない。

 本のためにも、行きますか。

 いつからか兄上は、僕を呼び出す際に、こうして書物を用意して待つようになった。

 ああ。なんて良い兄を持ったのでしょう。


 そんな経緯があって、久しぶりにヴィヴィアンヌ伯爵家へと赴いたら、兄上は領地で問題があったらしく、なんと視察で留守。

「大変申し訳ありません。旦那様は今、急きょ留守にしておりまして。詳しいことは申し上げられませんが、どうやら不正事件があったと……」

「いつ頃、帰還されますか?」

「二週間後くらいに……」

 かねてから汚職疑惑の容疑者として泳がせていた輩をこの機会に全員引っ捕らえるつもりなのだろう。

 これは、時間がかかりそうだと内心思う。

 居残っていた執事にひたすら謝られながら、談話室へと案内された。

 そして。

 テーブルの上に書物の山があった。

「兄上!! ありがとうございます!!」

 控えめに言って最高ですね!

 これで僕は生きられる。兄上を待つ数週間の間は、読書三昧ですね。

 早速、書物を抱え込み、ソファの上でページをめくり始める。


 精霊との会話内容を記録していたらしい昔の王族には感謝しかない。

 この写本本には、嘘偽りを記すことができないという魔術がかけられているため、全て本当の記録なのだ。

 だから写本するのも費用がかかってしまう訳だ。


 そんな書物に齧り付いているうちに、談話室のドアが開いた。

 ここは談話室なので、誰が入ってきても僕としては構わなかったが、視界の端に、背の低い銀髪の幼女の姿がチラリと入り込んだ。

 伯爵家の長女――レイラ・ヴィヴィアンヌ。

 歳は確か、八歳でしたか。

 僕としては、あまり興味もなかったし、子どもは煩いから好きではなかった。

 騒がなければ良いですけど。

 レイラは、こちらをちらりと見ると、珍しいものでも見たかのような顔をした。

「こんにちは。叔父様」

 レイラが挨拶をして。

「こんにちは」

 僕も挨拶を返した。

 さすがに無視はしないですよ。さすがに。

 最低限のマナーや礼儀は叩き込まれているので。

 ただ、本を読みたいので、話しかけないでくれると嬉しいですけどね。

 これ以上話すつもりはないとばかりに本の方へと目を向けると、レイラはそれ以上声をかけてこなかった。


 ※※※

 一冊読み終えた頃、伸びをして体を解しながら、顔を横に向けて驚いた。

 少し離れた一人がけのソファに座っていたレイラが静かに本を読んでいた。

 綺麗なドレス、幼いながらも隠せない生まれつきのその美貌。

 何より子どもなのに大人しすぎる。

 まるで生き人形のようだなとも思うくらいには。



「……叔父様?」

 僕の視線に気付いたらしく、レイラは顔を上げると、こてりと首を傾げた。

 何でもないと言おうとしたが、ふと口をついて出たのは僕らしくもない台詞。

「随分と静かでしたが、何か面白い本でも読んでいたのですか?」

 兄上が見たら驚愕に目を見開いて目ん玉でも落としてしまうだろう。

 何しろ、この人類嫌いの僕が、自ら子どもに話しかけるなんて有り得ないからだ。

 昔から顔見知り程度ではあったが、珍しく声をかけてきた僕にレイラは少なからず驚いたようだった。

 本を抱えて近付いてくると、何故かレイラは迷うように本の表紙を撫でた。

「どうしました?」

「……いえ、なんでもないです、叔父様」

 何故か逡巡していたが、最終的にレイラは本からカバーを取って見せてくれた。



「魔力回復薬の調合方法?」

「これを調合する方法を学んでいるのです」


 子どもが読むには難しい内容の――って、どこかで見たことある文面だと思ったら、僕が書いた本では?

 レイラは僕の心でも読んだかのように、すかさず付け足した。

「叔父様の本は、初心者向けではないですね」

「そんな馬鹿な」

 こんなにも分かりやすく噛み砕いて書いたというのに!!

 編集担当と様々な議論を重ねた末に発売された『猿でも分かる調合大全』は、各方面から分かりづらいと評されていた。

 何故なのか僕には見当がつかない。

『ヴィヴィアンヌ先生の文章は分かりづらいんですよ……校正する身にもなってください。これを翻訳するの骨折れました』

 そんなことを言われた一年前の記憶が蘇る。

 なんてことでしょう! こんなにも分かりやすいのに!

 レイラは本を閉じながら、子どもらしくにっこり笑った。

「でも叔父様のやり方が一番良いものが出来ますよね」

「!」

 ふと目を落とすと、本の間に挟まれたらしい紙がいくつか飛び出していて、そこには「効率重視」とか「材料削減」、「必要最低限以下の材料」などの文字が見えた。

 僕の本を読んで内容を理解してくれた、のだろうか?

 そう。確かに、効率や材料の選定には拘った製法なんですよね……。

 それを分かってくれるなんて。


「……」


 衝撃と感動に打ち震える僕を他所にレイラは、「他のも読もうかな……」と呟きながら、本を抱えながら先程のソファへと座り直す。

 そういえばレイラが一人なのは珍しいですね。


 恐らく領地の視察には、レイラの兄――メルヴィンも同行しているはずで、つまり彼女は留守番なのだ。


 兄上とメルヴィンが不在で、僕と二人という状況も珍しかった。

 ……いつもなら、妹を愛しすぎているメルヴィンが居るため五月蝿いんですけどね。

 彼女の兄が居ない分、子どもの相手をしなければいけないのだろうかと一瞬辟易したが、意外にもレイラから話しかけてくることはあまりなかった。


 そして、気付けば数日過ぎていた。

 談話室で何を話すでもなく、お互いそれぞれに本を読む日々。

 時折、レイラが使用人に軽食や飲み物を頼んだりする声以外は、何も聞こえない。

 ただ、たまにレイラは昼頃に話しかけてくることがあった。


 この日もちょうど区切りの良いところで終わり、軽く伸びをしていると、レイラから声をかけられる。

「叔父様、昼食です。使用人の方が作ってくれました。あと、飲み物も」

 そう言って、テーブルの上にあった卵サンドなどを僕のソファの近くにある台に置いた。

 ちょうど手が届く距離。

「ああ、ありがとうございます」

 ちょうど喉が渇いていたことに気付いた。

 ふう、一息つきますか。

 ちょうど良い温度の紅茶を飲み、それから片手で卵サンドを摘んで咀嚼しながら、また本のページをめくる。

 空腹感は集中力を阻害する。それがないおかげで、連続して非常に興味深い古書を読み続けられた。

 あ、こっちのサンドのサラダも美味しいですね。

 それにしてもこの密閉された容器。飲み物を入れるのに、とても便利ですね。

 これなら倒しても本を汚さないですし。


 ふとレイラの方に目をやると、彼女の方は行儀良く、テーブルで紅茶を口にしていた。

 ふむ、兄上の教育もかなり行き届いているようですね。

 ここ数日、共にいたけれど、邪魔だと思うことがなかった。存在感は確かにあるのに不思議だ。

 大抵誰かと二人きりになると、向こうから一方的に捲し立てられるか、気まずい空気になって無言になることが多いのに。

 だから誰かと一緒に居るのは疲れるし、煩わしいし、面倒だった。

 愛想を良くするのも、気を使うのも出来ないことはないが、あまりしたくなかった。


 親族だから、ですかね?


 そのあたりはよく分からないが、そういうこともあるのかもしれない。

 確かに、兄上と居る時はそこまで疲れないですし。


 それから数日経つと、今度はレイラとぽつりぽつりと会話をするようになった。

 僕にしては珍しい傾向だった。

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