表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SF(少し・不思議)短編集  作者: 秋月レイ
4/4

「選ぶのはだれ?」


 お腹の子の、父親にしてもらえないかな


 心安らぐせせらぎが聞こえるいつものデート場所、日当たりの良い公園にて。


 ある日、彼からこう切り出された。

 彼とは、もう2カ月もおつき合いしている。

 それはどちらかと言うと、ステディな関係に限りなく近いと言って良いと、思う。


 銀縁の眼鏡の奥の目はいつになく真剣で、わたしが好きなやや痩せた実直そうなその頬は、ほんの少し上気してさえいる。

 わたしはしばらく、そんな彼の目を何も言わずにじっと見つめ返していた。


 すぐにお返事はむつかしいわね。

 わたしは、良識のあるむすめらしく、つつましやかにそっと彼に返事をする。


 本当は、彼でもいいかな、と思うんだけど。

 すぐにイエスと答えてしまうのは、やっぱり初めてこどもを産むおんなとしては、はしたないことですもの。

 わたしは出来るだけ彼を傷つけないように、精いっぱいかわいらしい笑顔をつくって、ちょっと考えさせて下さい、と答えた。


 今の顔、ちゃんと魅力的に見えたかしら。


 ちらっと彼の目を見上げて確認したけど、そこにはお約束通りの軽い失望と、ほんのちょっぴりの希望が映し出されていたので、わたしは安心した。


 じゃあまた近いうちにね、とささやいて、わたしは静かに背を向ける。


 丁度、側を通りすがった若い男性も、遊んでいたやんちゃそうな少年も、あわててわたしの為に道をあけてくれた。


 周囲には、昨日までとはちょっと違う、暖かい日差しが降り注いでいた。

 行き交う街のあちこちに、今日はおなかの大きな女性の姿が目立つ。


 だってそろそろ春ですものね。

 今日の様な小春日和には、のんびりとひなたぼっこを兼ねて、散歩をするのが一番良い。

 生まれてくる、こどもの為に。

 幸せそうに暖かい光線を全身に浴びる、まろやかな姿態の数々が、とても美しい。


 わたしは、街路樹の梢の間から差し込む光をまぶしく見上げた。


 と。後ろから誰かに声をかけられた。


 よう。かわいこちゃん。俺、その子の父親になってもいーぜ。

 どっかでお茶でもしにいかなーい?  


 見覚えの無い、軽薄そうな顔。

 何のセンスも感じられない、派手なだけの衣装をひけらかす様にして、身をくねらせている。

 ばかね。そんな誘いかたで、ほいほいついていくおんながいるものですか。


 私は間に合ってます、とだけ答えて、やんわりと彼を振りきった。


 後ろで、ちぇ、と舌打ちする声がする。でも、すぐにまた、他のひとに誘い掛ける声も。


 この時期には、ああいうのが増えて、ほんとうに困っちゃう。

 わたしの部屋は、希望ヶ丘団地の朝日が差し込む側、11階にある。

 淡い緑と黄色でコーディネートされた、居心地のいいお洒落な部屋。ここでわたしは、もうすぐこどもを産む。


 わたしは楽な姿勢にくつろいで、ゆっくりと考えをめぐらせた。


 父親は……誰にしようか。

 今日プロポーズしてくれた彼は、もちろん候補だけど。

 スポーツジムでいつも一緒になる彼は、たくましくて頼りになりそうだし。

 弁論サークルで優等生の彼は、知的だし。

 お作法教室の先生は、とても物腰が優雅だし。


 そうそう。最近散歩の途中、ガラス越しにいつも目が合う青い服の彼も、気になる。

 ああ、だめだめ。ここは、慎重に、慎重に……


 今日も散歩の途中で、また青い服の彼と目が合った。

 でも、今日はガラスのこちら側で、はにかむ様に微笑っている。


 あの。きみ、良かったら名前を教えて頂けませんか。

 と言って、まず自分の名前を名乗る。


 声のかけ方も、スマートね。

 思った通り感じのいい青年だったので、わたしも礼儀正しく挨拶を返して、お互いの自己紹介を簡単にした。

 まあ、余所の国からいらしたの。

 わたしは目を見張って、彼の顔を見返した。

 そういえば、どことなくエキゾチックな雰囲気。

 わたしとそう年は違わなそうだけど、健康そうな体には力が漲っていて、広いひたいには知性が感じられる。

 本当のエリートに違いないわ。

 そして何よりも、わたしを見つめるまっすぐで情熱的な瞳。


 初めて君を見かけてから、ずっと気になっていて。

 上気した頬が、桜色に染まっている。


 わたしは賢明な女性ならば誰もがするように、頭の中で計算をした。

 他の彼氏は取り合えず保険、ということにして……こどもを産む日までは、まだしばらくある……今から交遊を深めても、間に合うわよ、ね。



 旅人のハンサムな彼の唯一の欠点は、いつまでも一緒にはいられないってこと。

 彼はすぐまた、余所の国へ旅立ってしまった。


 ま、仕方がないわ、これが僕の宿命だって言ってたもの。

 もともと、男のひとに子育ての協力なんて期待してもいないし。

 いいの。わたしはこどもにとって、最高のものを手に入れたから。


 一級の頭脳と体格、優れた運動神経、真摯な気性……優秀な遺伝子。

 わたしがこどもにしてあげられる、最高の贈り物。


 ……あとは、無事に孵るだけよ。ね、マイ・ベイビー。


 わたしは、薄いペパーミントグリーンの揺りかごに収まった、愛しいたまご達に頬ずりをした。

 ああ、いい父親を選べて本当に良かった。おんなにとってこれ以上の幸せは無いわよね……


 ブルーグリーンの泡が、静かに虹色の光をたたえた遥かな水面へ登って行く。

 もうすぐ、子供達の季節がやってくる……    

    ※


「やったぁー、お父さん、やっぱりこっちのオスとペアリングしたね!」

「当たり前だ、こいつは高かったんだぞ。さ、今度は別の水槽だ」  

 青い服のハンサムなお魚は、今日もどこかでかわいいメスを口説いている。   


               -fin-


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ