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SF(少し・不思議)短編集  作者: 秋月レイ
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「花粉進化論」

 「花粉進化論」               


 それは、約2億年に一度の周回軌道を持つ彗星の氷の中から発見された。


 氷の缶詰になっていたのは、地球の植物に酷似した形態を持つ、植物の実。

 調査の結果、その植物は特異な環境適応能力と、実に可塑性に富んだ遺伝子パターンを有することが判明した。


 つまり平たく言うと、この植物にプラスミド注入等による遺伝子操作をする事によって、いとも容易く、人間に都合の良い物質を多量に含んだ実を付けさせる事が可能なのだということだ。


 これは産業、特に医薬品業界にとっては大いなる福音であった。

 これまで量産が困難であった、インシュリンをはじめとする各種酵素やホルモン、果ては美容液やダイエット物質までもが、その実を収穫して抽出するだけで、大量に、しかも良質な状態で手に入れることが可能になったのだ。


 早速、地球政府はこの植物をコメット=プラントと名付け、大規模に栽培する計画に乗り出した。   環境に適応する能力が高いと言うことは、素晴らしいことである。

 コメット=プラントは温帯ではもちろんのこと、熱帯雨林でも南極でもしっかりと根付き、たわわに実を付け、人類を歓喜させた。

 しかも成長が早く、生産効率の良いことこの上ない。


 しかし。

 非の打ち所のないコメット=プラントにも、一つだけ欠点があった。


 浮気性なのである。

 品質改良したコメット=プラント同士、いとも簡単に交雑してしまうのだ。

 犯人は、花粉。こればっかりはどんなに遺伝子操作しても、上手く行かなかった。

 黄色い、微細な粉。

 コメット=プラントは、辺りが黄色くけぶる程大量に花粉を振りまく。

 そして、風に乗って、どこまでも遠く旅をする。

 栽培地域同士が近ければ、あっと言う間に農園は全滅だ。

 ビニールハウスにしても、エアーシャワー付きの厳重に出入りを管理したドーム内でも、状況ははかばかしくない。

 奴等はいつのまにか忍び込んで、大事に育てた箱入り娘達を手込めにしてしまう。



   *  


 地球連邦政府厚生省産業技術院生命工学技術研究所首席研究官。

 この長ったらしくも名誉ある役職に、私は就いている。

 現在は、主にコメット=プラントの開発・管理局の局長を拝命している。

 火星と木星の間に広がる微細惑星群にコメット=プラントの栽培プロジェクトが発足して以来、50年になるが、これまで全く問題は起こっていない。


 数を間引きし、軌道を修正された微細惑星群は、望遠鏡で覗いて見ても、整然と気持ちよく並んでおり、地表を覆う緑が目にすがすがしい。

 今日も、収穫を終えたコンテナ船が忙しくそれぞれの星専用のステーションへ帰って来ていた。

 この後、船体は洗浄され、入念に薬品処理や放射線照射等の厳重な処置を繰り返しながら、入れ子式形状になった船体から、コンテナが取り出される。


 乗務員の作業着も全て取り替えさせた上、地上での取り扱いは全て地上待機の専任スタッフが行うという念の入れ様だ。

 これで花粉のコンタミネーションなど起こる筈はない。

 私は満足して、監視スコープから目を離し、毎日の課題に取り掛かる……筈だった。


「緊急報告が入っています」


 卓上の赤いパネルが点滅し、無味乾燥なコンピューターの声が、私の朝の優雅なひとときに冷水を浴びせ掛けた。

「何だね?」

 私が応答すると、画面が切り替わり、第306星にいる私の義理の甥に当たる研究員の顔が映し出された。

「間男が出ました!」

「何だと! ――まさかエリカが?」


 エリカというのは、彼に嫁いだ私の姪だ。

「君たち、だってまだ結婚してから2年だぞ」

「……その間男じゃありません、局長」

 彼は渋い顔をして訂正した。

「うちの娘達がやられちまったんです」


 ――なんだ、そうか。一瞬ぎょっとなった私は、胸をなで下ろした。

 結婚早々の二人を引き離す、単身赴任の辞令を彼に出さねばならなかった私は、こういう事態を少々懸念していたのだ。

 収穫用の作業ロボット以外は、ほとんど人手が要らないうえ、出来るだけ出入りは少ない方が良いため、自ずと星に滞在する人員は限られてくる。

 叔父の私が言うのもなんだが、エリカはなかなか色気があって、男が放っておけないタイプなのだが。

 仕方ないじゃないか。彼が優秀なのが悪いのだ。


 ……しかし……ん? ちょっと待て。何だって……ええ?!


「コメット=プラントか!」

「……他になんだと思われました?」

 そうだった。

 我々は自分たちが育てている植物を、愛情を込めて娘達と呼び、他品種の花粉の被害を恐れて、間男と呼んでいるのだった。

「どっどっどっ……どうして? 何が原因だね」

「それが……まだ判らないのです。でも、絶対に他の栽培星からの進入じゃありません。交流は一切ありませんし」

「じゃあ……」

「可能性としては、この星の中で突然変異を起こした株があるというのが一番有力な説ですが。現在全ての株の遺伝子データを検索中です。調べが付き次第、連絡します」

「そうか……頼んだぞ」


 ぷつり、という音と共に画面が消えた。

 よりによって私の在任中に、とんでもない事が起こってしまった。

 ――さて、この事態をどう処理しよう。

 取りあえず第306星への船の出入りは、当分中止しなければなるまい。

 私は卓上インターホンに手を伸ばした。なんだ? まだパネルが点灯したままだぞ。


「緊急報告が入っています」

 画面が第209星の研究員の顔を映し出す。

「……間男が出ました!!」


 悪夢の始まりだった。


    *  


 栽培星から、続々とデータが送られてくる。

 いずれも、星の中での変異株の存在は否と解答していた。

 替わりに、明らかに別の種の花粉による被害である事をデータは示唆していた。


「……一体どこから潜り込んだと言うんだ」

 会議の席は、眉間に皺、額に青筋を立てた研究員で一杯だった。  

 空気が重々しい。

「やっぱり、地球以外に各々の星を結ぶ媒体はありえません」

「馬鹿を言え! 搬出入マニュアルの徹底は完璧だぞ」

「どこかに見落としがあるのかも知れん」


 その時、若い研究員がぽつり、とつぶやいた。

「ひょっとして、地球の植物からでは……」

 皆が一斉に彼を凝視した。

 頭の隅にはあったが、決して誰も自分からは口にしなかった疑問。


「地球の植物とは交雑が不可能な事を、君は知らんのかね」

 年輩の研究員から、非難めいた言葉が飛ぶ。

「宇宙での栽培プロジェクト発足の折に、全てのコメット=プラントは焼き尽くされたんだぞ。今地上にあるのは、センターの地下に眠るプロトタイプだけだ」

「しかし、地球上の全ての土壌や環境に花粉が残っていないか、点検出来た訳ではないでしょう。地球の在来植物への影響も全くなかったと、本当に言い切れるのでしょうか」


 若い研究員の反論に、一同は水を打ったように静まり返った。

 彼はおもむろに立ち上がった。

「少し、話を変えさせて頂いてよろしいでしょうか。

 皆さん、”花粉症”という言葉を耳にされたことはおありですか? 

 20世紀後半以降より大流行した一種の過剰な抗原抗体反応によるアレルギー症の一種です。21世紀後半になって根絶されましたが、その過程をご存じでしょうか。

 そもそも、世の中に抗原となる病気や害虫が少なくなったために、持て余した人間の身体の抗体が、身近な物質に過剰な反応を起こすようになったのが原因と言われています。ならば、抗体が攻撃する対象の代替として体内に寄生虫を入れよう、という説も出ましたが……」


 おげぇー、という声がそこかしこから上がったが、彼は無視して話を続けた。

「結局、ほとんどの場合は症状に合わせて適当な抗原を接種する形に落ちつきました。

……しかし、例外があったんです。杉です。

 これは、材木用や防風林として、かなり以前から計画的に植え付けが行われていましたので、これを機にと、花粉を出さない品種の幼木のみを植え付ける形に移行したのです。

 同様に、ブタクサ等の主要アレルゲンとなる植物にも花粉を出さない様なホルモン剤が開発され、以後、花粉症と呼ばれる症例は徐々に姿を消して行きました」


「……で? その話が、今回の件とどう関係あるのかね」

「僕は、地上に残っていたコメット=プラントの花粉が栽培星に移ったという説も考えてみました。でも、それだとこの50年間に一度も事件が起こらなかったという事実を見ても無理があるし、そもそもコメット=プラントの花粉の寿命はせいぜい3ケ月であることから、やっぱり違うと思ったんです。

 ……そんなとき、妙な話を聞きました。最近、やたらとくしゃみが出たり、目がかゆくなったり、涙が止まらない症例が多発していると」

「それがまさか……」

「至急、地球の全植物の生態をチェックしてみることを提案致します」


   *  

 各々の栽培星では、父親の顔をした研究員が、当惑顔で手塩に掛けた植物を見上げていた。

 ある星では、使い物にならない、青くて堅いだけの実が農場一杯、たわわに実った。

 別の星では、赤く熟れた実が収穫を待たずに次々ぽんぽんと音を立てて、星形の種をはじき飛ばして周囲を真っ赤に染め上げた。

 高級な化粧水に成る筈の果実水が、酸っぱい匂いを放つだけの泥水と化した。

 焼くだけで、香ばしいパンに成る筈の実が、焼くと爆発する危険な実へと変化した。


 ある日、突然に態度を豹変し、見慣れぬ実をつけ始めた娘達。

 一夜のアバンチュールをひた隠しにし、頑なに相手の名を明かそうとしない娘達。


 ――彼女達を目の前にして、男親達はやり場のない怒りを辺りに吐き散らし、時にただおろおろと娘の顔色を窺う……


   *


「局長、調べがつきました」

 会議で発言した若い研究員が、私のところにやってきた。

「やはり、地球の植物が変種の花粉を飛ばす様になっていたのか……」

「恐らく、コメット=プラントとの交雑は一部の植物にとっては全く不可能という訳では無かったのでしょうね。

 50年かけてゆっくり世界中に蔓延していったのでしょう。

 そして今年、一気に爆発した……地球の植物は大丈夫だと言うことで、出るときはチェックの甘かった研究員の私物等にそんな花粉が付着して、植民星に進入したのでしょう」


「当分の間、完全滅却処置の出来ない生命体の植民星への出入りは中止だな」

 それに、汚染されてしまった星は、完全に閉鎖しなければならない。そうなれば、第306星の義理の甥は、あと数年は帰ってこれなくなるだろう。

 エリカの顔が私の目に浮かんだ。

 もしかしたら、その間に本当に夫婦の間に亀裂が生じてしまうかもしれない。


「それから、まだ問題があるんです」

 目の前の研究員は、てきぱきと説明を続ける。若いのに有望な人材だ。もし本当にダメになったら、彼にエリカをやっても良いかもしれない――


「ライフサイクルのスピードを極限まで上げてある100番系列の栽培星からの報告なんですが……なんと、実に異常の出なかった品種からも、別の異常が発生しています」


 私ははっと我に返った。

「なんだって?」

「花粉の射出スピードが異常に早い株が現れているそうです。しかも加速度的に増えています」

「それはつまり……」

「はい。なに分、小さな星のことですから……引力圏を脱出したものも有る様です」


 天井が、がらがらと崩れ落ちて来るような気がした。

「太陽風に乗って、やがては他の星へ……?」

 「可能性は否めませんね」


 その時、デスクの上で私専用の電話のベルが鳴った。

 のろのろと取り上げて、耳に当てる。

 久しぶりに聞く高校生の我が娘の声だった。

 受話器に接した耳から、徐々に全身に赤い色と小刻みな震えが広がっていく。


 とうとう私は我慢が出来なくなって、絶叫した。

「どうして最近の娘は、どいつもこいつも、そう節操が無いんだ!!!」


 呆気にとられていた研究員が、報告書の最後のページをめくりながら、恐る恐るつけ加えた。

「それから、今後は太陽系レベルでの花粉症対策も必要になってきますよ、ね……?」  



                     - 完 -

アブラナ科の植物は、花粉によってとても交雑し易い性質を持つのだそうです。

種を収穫する目的のダイコンや白菜は、瀬戸内海の島々に点在する栽培所で、花粉が混じらないように個別に厳格に育てている――という話を聞いたことが有って、思いついた作品です。

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