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SF(少し・不思議)短編集  作者: 秋月レイ
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「キヌさんの場合」

  「キヌさんの場合」

                      


「お宅のおばあちゃん、また脱走したんですけど」


 病院の看護師さんから、俺のところに電話が掛かってきたのが、午後1時頃だった。


 留守電が入っているのを見たとき、ちょっと嫌な予感がしたんだよな。


「……とにかく、こんな患者さんはうちでは責任取れませんので、他のところへ移って下さい!」


 さんざんくどくど文句を言った挙げ句、最後通告をぴしりとくれて、やっと再生が終わった。


 俺は手で顔を覆う。


「そりゃないぜ、ばあちゃん……」


 この仕事を紹介してくれたのは、元恋人の紀美香だった。


「とにかく、あんたみたいな顔だけの男には、ぴったりなんだから。ちょっと話し相手をするだけで、毎月小遣い貰えて、世話は病院がしてくれるし。……上手くたらし込めれば、遺産もがっぽりよ」


 そんな美味しい仕事。


 渡された住所に行ってみると、『レンタル家族紹介所』の目立つ看板があった。


「――あ、君がつばめ希望の智樹君ね」


 面接の黒縁眼鏡のおっさんが、ちらりと俺の顔を確認して、書類を取り出す。先日、紀美香に書かされた履歴書だ。


「……。つばめ、ですか? ……あの、身よりのないお年寄りの話し相手って聞いてきたんですけど」

 おっさんは分厚い眼鏡の底からじろりと俺を見上げると、ぽつり、と言った。

「――遺産、狙ってるんでしょ? きれい事じゃ無いんだよね、この仕事」

「……はぁ」

 俺はいきなり核心から迫られて、どきりとした。


「あのね、話相手だけだったら、正直言って君より口が上手くて、やり手の小学生なんかも一杯うちには所属してる訳よ。そこを敢えて、20才以上の顔の良い男に限って募集してるのは、先方の希望もあるからなんだけど……相手が金持ちの年寄りだと、問題が多いのよね」


 どうやらおっさん、話が乗ってくると、オネエ言葉が入るタチらしい。気持ち悪いので、ソファの上で俺は少し身を引いた。


「このお仕事、ビジネスライクに割り切るのが一番なのよね。ま、建て前は家族としてつきあう訳だから、お金の事なんか二の次で、お互いの立場を想いやり合って――とか、きれい事に思う人も多いんだけどさ。


 回りを見て見ろっての。そんな家族が何処にいるのよ。お互い好きなこと言い合って、とっとと破綻するか、同じ家に住んでても何日も口きかないなんてざらでしょ?――仕事は仕事って割り切って、サービスに勤める。お客さんは満足、あたし達は儲かる。だからあなたは、つばめ。アーユーオーライ?」


「……はぁ」


「じゃ、決まりね。あんた、条件にぴったりだわ。イイ男!」


 

    * * *



 と、言うわけで、俺は羽山キヌの孫(その実はつばめ?)として、貸し出されることになった。

 面接の間中、おっさんばっかりしゃべってて、俺はほとんど口をきかせて貰えなかったんだけど、俺の人と成りって、この際関係ないんだろうか……疑問だ。


 羽山キヌは、高血圧と糖尿病で大きな私立病院に入院していた。グルメ老人の典型的な病名だ。


 俺はつばめらしく、一回目の面会日に赤いバラの花束を抱えて出向いた。そしたら、豪華な個室の病室は空っぽだった。


 それが2回目の脱走だったらしい。


 結局、隣町の喫茶店でショートケーキとマロンパフェとミックスピザと磯部揚げをブルーマウンテンで流し込んでいるところを捕獲されたのだが、半日汗だくになって探し回った俺や担当の看護婦さんの立場はどうしてくれる。時間外手当は付かないんだぞ。


 で、今回が3回目。

 しょうがないよな、追い出されたって。なんてったて、抜け出す手口が巧妙かつ悪質だし。


 1回目は、布団の中に枕と着替えを詰め込んで寝てる姿を偽装して――隣のばあちゃんと、ベットごと入れ替えて、逃げ出した。

 このときは、近所のパチンコ屋でフィーバーしてるところを夜勤明けのインターンに通報されて、御用になった。その後、個室に隔離された訳だ。


 2回目は看護師さんの制服をチョロまかして変装。

 医局の前に並んでいた医療セットのカートごと駐車場から脱出。どうでもいいけど、病院側も70過ぎた白衣の天使、おかしいと思えよなぁ。


そして、今回。

ナースセンターと守衛所に要注意人物の手配書が、でかでかと張り出してあるにも関わらず、関門突破。


 何と、不幸にして亡くなった方の棺桶に死体の替わりに潜り込んで、葬儀屋に運ばせたらしい。催事場に着いてから、棺桶の蓋が開いて中身が蒸発しちまってたんで、葬儀屋は腰を抜かしたらしいけど――それって犯罪じゃないのかなぁ。


 とりあえず、俺はおキヌばあさんを捜しに出かけた。

 今回は看護師さんの応援は無し。俺の足取りにも熱意がこもらない。


 近隣のパチンコ屋は全て立ち寄った形跡なし。


 喫茶店、飲食店、屋台も手がかり無し。どうやら同じ轍は踏まないらしい。……となれば、俺に思い当たるのはもうあそこしかない。


 羽山邸。大きな石造りの門柱の上を赤い蔓バラが枝を伸ばしている。で、人を自然と誘う様な石畳のアプローチの奥に、立派な輸入住宅の瀟洒な屋敷がある。


「ごめんくださーい」

 返事はなし。――む? 鍵掛かってないぞ。

 試しにちょっと引いてみると、ガラスの覗き窓のある扉が、簡単に開いた。


 外観に違わず、中も徹底的に洋風。キヌばあさんの趣味は宝塚風らしい。

 中央にそびえる白い螺旋階段(!)を昇って、右手の白い扉。その中にはお姫様――ではなくて、ナイトキャップを被った小柄な老婆の後ろ姿があった。


(ビンゴ!)


 俺は呼吸を整えて、まずはコンコン、と既に開けてしまったドアをノックすると、おキヌさんに声を掛けた。


「キヌさん、また病院抜けだしたんですってね。僕が行くのを待ちきれなかったんですか……」


 我ながらキザだとは思うんだけど、こういうのが好みだって言うんだから仕方がない。つばめとまで断言されれば、俺にだって意地がある。役に徹してやろうじゃないの。


 俺の声に、おキヌさんが振り返った。

 きゃ、と小さく悲鳴を上げて毛布を胸元まで引き上げ、頬を染める。


 たらり。

 ササさサぁ――

 冷や汗をかく、とはこう言うことか。血の気が引く、とはこう言うことか。


 昼日中からナイトガウンに身を包み、可憐に恥ずかしがる老婆は、おキヌばあさんとは似ても似つかない、全くの別人だった。


「どうしたの、誰か来たの~?」

 後ろから声がする。


 いかん。振り返ってはいかん、と第6感が警告を発したが、首がそちらを向いてしまう。

 果たして。そこには大正時代のハイカラさんよろしく袴を粋に着こなし、頭に特大のリボンを付けた老婆が一人。――その後ろからは皴々のオスカルが……。


 3人、雁首揃えて俺を取り巻いた。ばばぁが3倍体――

 俺は泡を吹いて、ぶったおれた。


 いや、一瞬だよ? でも、目を覚ましても、悪夢は終わっていなかった。

 俺を心配そうにのぞき込む3つの妖怪の顔。


「おぎゃー!!」

 絶叫が喉から漏れて、またも気を失いそうになる。だが、いかん。このままでは食い殺されて……


「智樹くん、しっかりしなさい!」

 オスカルが俺の名を呼んだ。


 なっなぜ、オスカルが俺の名を知っているのだ。俺はオスカルに知り合いは……いや待て、この顔には見覚えが……


 どす青いシャドウに縁取られた目に見覚えがあった。オスカルは、おキヌばあさんだった。心臓に悪すぎる冗談だ。


「何て顔してるのよ。いい男の子がお化けでも見たみたいに――」


 だから見たんだって。


「あ、紹介するわね。こちらがおサヨさん、こちらがおタマさん。これから一緒に住むことにしたの」

 ナイトガウンがおサヨさん。ハイカラさんがおタマさん。あ、ども、よろしく――じゃ、なくて。


 ――はぁ?


「きゃー、これが噂の智樹くん?」

「かっわいーぃ」


 待たんかい。妖怪ばばあが三人だぁ?


「きっキヌさん……ぼっ僕何も聞いてないんスけど」


「だって言ってないもの。今日決めたとこだから」


 あっさり言うな――!!



 つまり、こう言うことだ。

 キヌばあさんは、寂しかった。

 病院の人はみんな意地悪で冷たくて、ちっとも話し相手になってくれない(自分のやったこと棚に上げてよくもここまで言えるもんだ)。

 頼りの智樹くんは、3日に一度しか会いに来てくれないし(ホントは週一回のところを、心配だから回数増やしてんだぞ、おい)。


 で、例によって病院を抜け出して、身の隠し場所を探すうちに。老人ホームが目に入った。

 婆は婆の中に隠せ。

 カモフラージュのつもりで潜り込んだその場で、意気投合する仲間を見つけちゃった、と。


「やっぱり女は女同士よねー。寝込んじゃったら、智樹くんにはちょっと下の世話頼めないしねーぇ」

「誰かか先に死んじゃっても、残りの誰かが毎日お線香あげてくれるしねーぇ」

「最後の一人がいなくなる前に仲間を次々増やしとけば、永久に拝んでもらえるかもねぇ」


 まるでマルチ商法ばばあバージョンだ。

「じゃあ、もしかして……僕、もうお役御免ですかね」

 俺はほんの少しの期待を込めて聞いてみた。


「あら、だめよ。力仕事ならいくらでもあるんだから。それに、若い子がいてくれなきゃ、張り合いがでないじゃないの」


 そうですか。――がっくり。


 契約では、雇い主も雇われる方も、ちょっとやそっとの適当な理由では、契約を解除出来ないことになっている。あんまり頻繁にそれをやると、社会問題になりかねないからだそうだ。――俺、蒸発でもしようかなぁ。


 俺は、それからも三人の婆さんの元に通った。


 庭にバラ園と噴水を造ったり、通信販売の怪しげな道具を組み立てたり、車で洋服やら何やらの買い物につきあって荷物持ちをしたり。


 女三人寄れば姦しいと言うが、おババ三人寄せれば、じゃかましい。

 おまけに、都合の悪い事に対しては、年寄りの伝家の宝刀、勝手つんぼが炸裂する。


 話相手、というより、召使いだ。下僕だ――と、最初は思っていたんだけど。

 仕事の後には美味しいお茶と手造りのお菓子を出してくれるし。

 買い物も、本人は思いきってるつもりらしいけど、良く考えりゃ、ささやかなものばかりだし。何より、やったことに対して、ちゃんと礼を言ってくれる。


 うーん。俺が今までつきあった若い女の子達よりも、よっぽど扱い易いのかもしれない。

 それに、他の人には内緒よ、と言って、全員が小遣いくれるし。

 むむむ。つばめってのも悪くないかもしれない。別にカラダ要求される訳でもないしさ。



「ホントにいつも悪いねぇ」

 おキヌさんは、最近お気に入りのGパンとセーターに颯爽と身を包んで、通りすがりざま、ぽんと俺の頭を叩いて去っていく。そういえば、脱走する事とコスプレする事(それで充分という説もあるが)以外は、まともな婆さんだったのかもしれない。


 病院でも顔色だけは悪かったのに、最近じゃあ、つやつやしてるし。こうなって案外良かったのかもしれないな。


 見送る俺の視線の向こうで、おキヌさんは、最近乗れるようになった自転車に軽やかにまたがり、家を出て――堤防で飛んできた野球のボールにぶちあたって、心臓発作を起こし、あっけなくそのまま帰らぬ人となってしまった。



      * * *



「えー、では。故人羽山キヌ氏の遺言状を読み上げさせて頂きます」


 きっちりと背広を着こなした格幅のいい顧問弁護士が、声をあげる。

 キヌばあさん、しっかりと公証人まで立てて、正式な遺言状を残していたのだという。


「あー、まず。故人が生前所有していた家屋敷及び土地は、故人が生前生計を共にしていた友人、奥山サヨ氏と山田タマ氏に譲渡致します」


 おサヨさんとおタマさんが涙ぐむ。


「あー、で。故人の実の孫であり、故人に良く尽くしてくれた相川智樹氏には……」

 ちらり、と弁護士がこっちを見る。


 え、俺? ――俺はただのレンタルつばめ、じゃなくて便宜上の孫で、実の孫なんかじゃないんですけど。


「不幸にして事故で亡くなった場合は、生命保険から。病死及び老衰による死亡の場合は貯金の中から、月々10万円を支払うものとする。残りは全て先程の2名に譲渡するものとする。但し、相川智樹氏については以下の条件を実行し続けた場合にのみ、その権利を所有するものとし……」


「ちょっと待って下さい。それ、おかしいです。僕は羽山キヌさんの実の孫じゃないですし、契約では死亡時に遺産を与えるのは自由だけど、死後にまで束縛することは出来ない筈じゃ……」


 弁護士はまじまじと俺を見た。


「あなた、お母様の名は相川静香さんとおっしゃいますよね」


「えっ……ええ。僕が5才の時に他の男と駆け落ちしちゃいましたけど」


「その方が、羽山キヌ氏の実のお嬢さんです。17才の時に駆け落ちされたそうですが」


 嘘だろ。脱走コスプレ婆さんが俺の実の婆ちゃん? ……いや、まてよ。お袋、駆け落ちまでしてたのか。それじゃ、すぐ逃げ出す性分は遺伝なのか?




 衝撃の事実に混乱する俺を他所に、弁護士は淡々と話を進めた。


「詳しくは、こちらにも書かれていますが――ま、こちらの方が判りやすいので、見て頂きましょうか」


 一本のビデオテープが取り出される。今時、VHSの再生機、探すの大変でしたよとか何とか呟きながら弁護士は設定を終えると、それの再生を始めた。



<はぁい、皆さん。元気ですか~?>


 おキヌ婆さんのアップが元気にブラウン管に映し出された。


<あー、これを見てるって事はあたしゃもうおっ死んでるんだろうけどねぇ……今はまだ元気だから、今のうちに言っとくね。


 まず、智樹君~、黙ってて御免なさいね~! 実はホントのお婆ちゃんだったんですよ。驚いた~ぁ!>


 おう、驚いたわい。さぞ満足だろうな。


 それにしても、一々カメラに向かって、叫ぶなよな。


<そのお金はね~、優しくしてくれたお・れ・い。でもタダではあげませんよ~!


 条件があります。まずね、これからもおサヨさんとおタマさんのところへ今まで同様に通うこと。あの人達に続く人がいれば、その人たちにも同様にしてあげること! そしたら、毎月今まで通りお小遣いあげますからね~!!



 た・だ・し。(どアップ)



 もし嫌だって言うんなら強制は勿論しないわ。他のつばめ君を雇うだけのことだから。でもこれだけは、哀れな実のお婆ちゃんの最後のお願いを聞いてくれるかしら。もし、あんたの薄情な母親に巡り会えたら……(息を吸い込む)



 『このおおたわけ~、あたしだって負けずに好きに生きてやったわよ~!!!』



 って、伝えといてちょうだい。(ばちん、とウィンク)>




 ザー、ザー、ザ――



 うう。死んでもただの婆さんじゃないぜ。……でも、その心意気、しかと受けとめたぜ。


 おサヨさんとおタマさんの面倒はもとより、行方不明のお袋も見つけ出して、その言葉伝えて、墓前に線香の一本も手向けさせるよ。……だから、成仏してくれよな。


 ――くれぐれも化けて出んなよ。




 俺がその決意を胸に、部屋を出ようとしたとき。


 背後でプツ、とテープの続きが始まった。


<――と、言うわけで智樹君の身柄は確保したからね~!!>


 ビデオの続きが、残された友人達に陽気にメッセージを送る声がした……。




                    完



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