オレンジソルベくんの季節
暑すぎる夏が終わった。
あたしはずっと氷点下の冷凍ケース内にいるけど、お客さんに買われて外に出ると、袋の中で寄り添ってくれるドライアイスさんに守られながらも、外の地獄は感じていた。
大抵は涼しいどこかに連れ込まれたけど、たまに屋外の日陰であたしを食べる人がいて、そんなところでは熱い舌でとろけるより先に、太陽の熱であたしは汗をかくように溶けていった。
「かき氷が食べたいなあ……」
アイスクリームのくせに、そんなことを思ってしまった。
あたしはバニラ。基本形。
アイスクリームショップ『フォーティーワン』のショーケースの中で、色とりどりのライバルさんたちに混ざって、お客さんに買われるのを待っている、幽閉の姫だ。
あたしたちは喧嘩はしないけど、それぞれに競い合ってる。お客さんが来たのを見ると、みんなでぷんぷんといい香りを含んだ冷気を発して、お客さんを誘惑する。
「あたしを買って」
「ぼく、ぼくが美味しいよ」
「見てよ私のここ、美味しそうでしょ?」
そしてめでたく買われたら、お客さんの口の中でとろけて死ぬのが最高の幸せだ。
「フローズンソーダください」
「あっ。こっちもフローズンソーダで」
「フレーバーはトロピカルソルベで」
暑すぎる夏には、飲み物の上にアイスクリームをトッピングしたフローズンソーダが人気だった。
メロンかオレンジ──二種類のドリンクを選んで、その上に乗せるアイスクリームもまた、お客さんが好きなものを選ぶ。
バニラのあたしもそこそこ人気だったけど、一番人気はなんといってトロピカルソルベくんだった。
「いいなあ、トロピカルソルベくんは。人気者で」
あたしの後ろのバルクの中で、オレンジソルベくんが爽やかに呟いた。
「やっぱり見た目がいいよね、トロピカルソルベくん。オレンジ一色のぼくと違って、三色の派手派手だもんね。ハハハ……」
「大丈夫、8月27日までだから」
あたしは振り返り、オレンジソルベくんを元気づけた。
「トロピカルソルベくんはそれまでの期間限定商品だから! あの子が消えたらオレンジソルベくんの人気も戻るよ!」
自分で言っといて、自信がなかった。
ドリンクの種類がオレンジとメロンなのだ。オレンジにオレンジソルベだと一色になってしまう。メロンにオレンジソルベはなんかおかしい。
白、オレンジ、グリーンの三色のトロピカルソルベくんは、どちらにでも見事に合うのだ。
オレンジソルベくんにとってはあまりにも強力なライバルだった。
しかも暑すぎるとあたしがアイスクリームのくせにかき氷が食べたくなったように、単品アイスクリームよりもフローズンソーダにアイスクリームを乗せて買うお客さんが激増する。
オレンジソルベくんは一年中活躍する定番商品だけど、夏に一番売れる。……いつもなら。
夏はオレンジソルベくんの季節だと思ってたのに……。
今年はライバルと暑すぎる外気温が彼に試練を与えていた。
「大丈夫、オレンジソルベくんは人気者なんだから」
あたしは毎日、彼を励まし続けた。
「そのうちきっと、あなたの季節がやって来るから。例年通り、爽やかなあなたが求められる時がやって来るから」
何しろオレンジソルベくんは恩人だ。あたしが人間のOLからアイスクリームに転生してここち初めて来た時、色々と教えてくれた。それにとてもいいアイスだ。爽やかで、イカしたすっぱさがあって、いつも陽気でにこやかで。
あたしはオレンジソルベくんのことが大好きなのだ。
人間に戻れたら、毎回彼を買ってあげたい。
「ありがとう、バニラちゃん」
彼はにこやかな声で言った。
「君がもし、また人間に戻れたら、お店に来るたびぼくを買ってね」
「今、ちょうどそう思ってたとこだよ!」
あたしが本心でそう言うと、彼はお世辞を聞くようにハハハと笑った。
そして暑すぎる夏が終わった。
まだ暑い日もあるだろうけど、期間限定商品のトロピカルソルベくんは、フローズンソーダとともにお店からいなくなった。
「みんな、楽しかったよ」
そんな満面の笑みとともに、姿を消しちゃった。
「ライバルがいなくなると……」
オレンジソルベくんは呟いた。
「なんだか寂しくなっちゃうよね」
そこそこまだ暑さの残る季節になると、オレンジソルベくんの人気が爆発した。
「あー、なんかこのぐらいの気温だと、爽やかなシャーベット系食べたくなるよね」
「オレンジソルベください」
「オレンジソルベとバニラのダブルで」
オレンジソルベくんはショーケースの中から次々と分裂し、コーンやカップの中に入って店外へ持ち出され、お客さんの口の中で盛大にとろけた。
みんなが笑顔だった。お客さんも、あたしも。
「ほら、やって来たでしょ? あなたの季節!」
得意げにあたしが言うと、
「うん。凄く嬉しいけど……」
オレンジソルベくんは寂しそうな笑いを浮かべて、言った。
「トロピカルソルベくんにもずっといてほしかったな」