今年の春だけのアイスクリーム生
今年の春限定フレーバーさんがお店にやって来た。
「チェリーミルクブロッサムといいます。よろしくお願いします」
礼儀正しいひとだった。
名前が長いのでチェリーさんと略すが、彼女は春らしくあかるい香料を漂わせ、春らしい軽快なピンクと白の混ざりあった色合いに、おどろおどろしいチェリーの果肉の散りばめられたひとだった。
なぜ……、果肉が生々しく、血の色をしてるのだろう。
やっぱりさくらんぼをアイスクリームで表現するのは難しく、生の果肉を入れなければ言い訳ができなかったのだろうか。
どうにも人間の身体の中の一部を連想してしまうような赤色の、その果肉を。
でも彼女は春の陽気のようにあかるい性格のひとで、にこにこしながらあたしたち全員に挨拶をしてくれた。
「わたしは春限定の命ですけど、限定の命だからこそ、美しく散る桜の花びらのように、この一瞬を全力で美しく生ききりまっせ!」
どうやら関西から来たひとのようだ。
お店の開店時間がやって来た。
チェリーさんはポスターで積極的に販売促進されて、でも、ほとんど売れてなかった。
やっぱりおどろおどろしいチェリーの果肉が仇となったのか……。
「元気出しなよ」
オレンジソルベくんが彼女を遠くの席から慰めてあげてる。
「僕なんかこの三日間、一食も出てないんだから、まだましだよ」
オレンジソルベくんの慰めのことばは、酷だと思った。
彼は確かに今は不人気だが、夏になれば人気ランキングの真ん中あたりまで食い込むほどに人気が上がる。それに何より彼は、季節限定商品ではない、レギュラーなのだ。
「わたし……産まれて来なければよかった」
チェリーさんが早速弱気なことを言いはじめた。
「このまま売れ残りのアイス生を、『アイス捨ての海』に捨てられて、無為に終わるんだわ」
あたしたちアイスクリームは人気を競い合い、自分が売れることが一番の興味ごとだ。
でも、さすがに気の毒になって、あたしはなんとかしてあげたいと思った。
いつもあたしを単体のレギュラーカップで買ってくれる素敵なおじさまの部屋で、おじさまと熱烈に見つめ合いながら、あたしは彼に念を送った。
「明日はあたしとチェリーさんをダブルで買って」
「明日はあたしとチェリーさんをダブルで買って」
「明日はあたしとチェリーさんをダブルで買って」
その念が通じたのか、次の日フォーティーワンのお店を訪れたおじさまは、暗示にかかったように壁のポスターに目を向けた。
「ああ……。たまには季節限定フレーバーでも買ってみようかな」
かかった!
そしておじさまは、チェリーさんだけを、レギュラーシングルで、カップにお迎えして帰っていった。
ひとりだけを愛する主義だったようだ。
あたしは寂しく取り残された。
チェリーさんを食べた人たちが、SNSなどでその味がとてもいいことを拡散したようだ。
お店に入って来たお客さんたちが、声を揃えたように、口にする言葉が似通うようになった。
「あっ、これ。春の限定フレーバー。見た目はちょっとキモいけど美味しいんだって」
「見た目のキモいものほど美味しいって、よく言うもんね」
「買ってみよう」
そうやってどんどん、またたく間にチェリーさんの評価は世間的に上がっていった。
「さようなら、みなさん」
春がそろそろ終わる頃、チェリーさんがあたしたちに礼儀正しく挨拶した。
「お陰様で、一度も空っぽになることなくアイスクリーム生を終わるかと思っていたら、何度もとろけるような最高の死を味わうことが出来ました」
「よかったね」
「いっぱいとろけたね」
「最高のエンディングを迎えてね」
アイス仲間に笑顔で声をかけられ、チェリーさんは感動したようだった。
果肉からドロドロと涙を流しながら、お礼を言う。
「みなさん、アイスクリーム生って最高ですね。これからもどうか、楽しく死に続けてくださいね」
「おう!」
「もちろんだ」
「アイスクリーム生こそ正義!」
みんなが歌うように、声を揃えた。
「アイス生こそ正義!」
「アイス生こそ正義!」
「アイス生こそ正義!」
「アイス生こそ正義!」
窓の外では桜の花びらが、掃除をする人を困らせるほどに降り注いでいた。